動物農場 ジョージ・オーウェル
動物農場 ジョージ・オーウェル
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第一章
マナー農場[1]のジョーンズ氏は夜になると鶏小屋に鍵をかけたが少しばかり飲みすぎていたので家畜用の出入り口を閉じるのは忘れてしまった。ランタンの光を左右に揺らしながら庭を横切り、裏の戸口を蹴り開けて台所の樽から「最後の一杯」とビールを飲むとジョーンズ夫人が既にいびきをかいているベッドへ向かっていった。
寝室の灯りが消えるとすぐに農場中の建物からがやがやと羽音や鳴き声が起きはじめた。品評会で入賞したこともあるミドル・ホワイト種の豚のメージャーじいさんが昨夜みた奇妙な夢について他の動物たちと話し合いたがっているという話が昼間のうちに広がっていたからである。そんなわけでジョーンズ氏が去ったらすぐに大納屋に皆で集まることが取り決めてあった。メージャーじいさん(彼の本当の名前はウィリンドン・ビューティーだったがいつもそう呼ばれていた)は彼の話を聞くために皆が睡眠時間を一時間削るくらい農場では一目置かれていたのだ。
大納屋の一方の端は演壇のように一段高くなっていた。梁から吊るされたランタンの下、メージャーはその上の藁のベッドに落ち着いていた。彼は十二歳で最近ではかなり太ってきていたが、牙を切られていないにもかかわらず賢くて優しい外見をした健康で元気そうな豚だった。そろそろ他の動物たちが到着し始めていて、それぞれのやり方でくつろいでいた。最初に来たのはブルーベル、ジェシー、ピンチャーの三匹の犬と豚たちで演壇の前の藁にすぐさま落ち着いた。雌鶏たちは窓枠にとまり、鳩たちは垂木まで飛び上がっていた。羊と牛たちは豚たちの後ろに横たわって反芻をしていた。一緒にはいってきた二匹の馬車馬、ボクサーとクローバーは彼らの大きな毛むくじゃらの蹄のせいで小さな動物が藁の中に逃げ込まなくてもいいようにとてもゆっくり歩いてきて座った。クローバーは中年に近づいた雌馬で四匹の子馬を産んで以来かなり太っていた。ボクサーは十八ハンド[2]近い背の高さの巨体で普通の馬二頭を合わせたくらい力が強かった。鼻先の白い縞が彼の外見をバカっぽく見せていて確かに彼は少し頭が悪かったが、その粘り強い性格と仕事での驚異的な力量によって皆に尊敬されていた。馬たちが来た後、白ヤギのミュリエル、ロバのベンジャミンが来た。ベンジャミンは農場で一番年寄りの動物でとても気難しかった。彼はめったにしゃべらず、しゃべればそれは何か皮肉だった。例えば、神様はハエを追い払うために尻尾をくれたらしいけど尻尾もハエも無くしてくれたらよかったのに、といった具合だった。農場の動物の中で唯一、彼は笑わなかった。もしなぜかと尋ねれば、笑うようなものを見たことがないからだと彼は言っただろう。皆に認めようとはしなかったが、それでも彼はボクサーには心を開いていた。二頭はよく日曜日には果樹園の先の牧草地でなにもしゃべらず並んで散歩して過ごしていた。
列を作って納屋に入ってきた親鳥を見失ったあひるの雛たちがぴよぴよ鳴きながら踏み潰されない場所を探して右往左往している脇で二頭の馬は横になった。クローバーが彼女の大きな前足を壁にして彼らを囲って抱き寄せるとあひるの雛たちはすぐに眠り込んでしまった。最後の方になってジョーンズ氏の軽馬車を引いている馬鹿な白い雌馬のモリーが角砂糖を噛みながら気取って歩いてきた。彼女は最前席近くに陣取ると自分のたてがみを振ってそこに結ばれた赤いリボンに注目を集めようとした。一番最後に来たのは猫だった。何気ない様子で周りを見渡して暖かそうな場所を探し、結局ボクサーとクローバーの間に潜りこんだ。メージャーの演説の間、彼の言葉も聴かずに彼女は満足そうにそこで喉を鳴らしていた。
裏木戸の後ろの止まり木で眠りこけている飼い慣らされたワタリガラスのモーゼスを除いて全ての動物たちがそこにいた。メージャーは彼ら全員が落ち着くの見ると彼らの注目が集まるのを待ってから咳払いをして話し始めた。
「同志諸君。私が昨晩みた奇妙な夢については既に聞いているだろう。しかしその夢のことは後に回そう。まず話しておくことがある。私が死ぬまでの君たちと過ごせる月日はそう長くはないだろうと思う。私は私が得た英知を君たちに伝えるのが義務であると感じている。私は長く生きた。獣舎で独り横たわって考える時間は多いにあった。そして現在生きている全ての動物たちとこの地上での生活の本質について理解できたと言えると考えている。私が君たちに話したいのはそのことについてだ。」
「さあ同志諸君。我々の生活の本質とは何か? それについて話そう。我々の一生は悲惨で困難に満ち、短い。我々は生まれると我々の体を生かすために多くの餌を与えられる。そして我々のうちそれが可能な者は精根尽き果てるまで働かされる。やがて我々の利用価値がなくなるとその瞬間に我々は恐るべき残酷さで屠殺される。イングランドにおいて幸福の意味や老後の余暇というものを知っている動物は存在しないのだ。イングランドにおいて自由な動物は存在しないのだ。動物の一生は悲惨で隷属的である。これが率直な真実である。」
「しかしこれは単純に自然の摂理と言えるだろうか?まともな生活を送ることを許さないほどに我々のこの大地が貧しいためだろうか?否。同志諸君。千回もの否!イングランドの土壌は豊かで、その気候は穏やかである。現在そこに生活する動物の数を大きく凌ぐ豊富な食料の供給が可能である。我々のこの農場一つで十二頭の馬、二十頭の牛、百頭の羊を養える・・・それも我々の想像を超えた快適で尊厳ある生活を送ることができるのだ。それではなぜ我々はこの悲惨な状態のままなのか?それは我々の労働の生産物のほとんど全てが人間によって盗まれているからである。同志諸君。これが我々全員にとっての問題の答えだ。一つの言葉に要約できる・・・人間。人間だけが我々に対する本当の敵なのだ。人間を追い出そう。そうすれば飢えと過酷な労働の根本的な原因は永遠に無くなるのだ。」
「人間は生産することなく消費をおこなうただ一種の動物である。彼らはミルクを出さない。彼らは卵を産まない。鋤を引くには弱々しすぎるし、ねずみを捕まえられるほど足が速くもない。しかし彼らは全ての動物の主だ。全ての動物を働かせ、その見返りに飢え死にしないだけの最低限だけを動物に分け与えて残りを自分で所有するのだ。我々の労働は土地を耕し、我々の糞は土地を富ませる。しかし我々の内にその素肌以外に所有物を持つ者はいないのだ。私の前にいる牛の君。君は昨年、何千ガロンのミルクを出した?そしてたくましい子牛を育てあげるためのそのミルクはどうなった?その最後の一滴まで我々の敵ののどに消えたのだ。鶏の君。君は昨年、いくつの卵を産んだ?そしてその卵のうちいくつが孵って雛になった?残りの卵は全てジョーンズとその下男たちに金をもたらすために市場に消えたのだ。そしてクローバー、君の老後を支え楽しませてくれるはずだった君が産んだ四頭の子馬はどこへ?それぞれ一歳で売られていった・・・君が彼らと再会することは二度とないだろう。四回の出産と畑での労働の見返りに君は粗末な食事と馬小屋以外の何を得た?」
「その悲惨な一生ですら我々は全うすることはない。私自身のことで愚痴を言うつもりはない。私は幸運な者の一頭だ。私は十二歳で四百頭以上の子供がいる。これは豚にとっては自然なことだ。しかし最後の冷酷なナイフを逃れられる動物は存在しない。私の前に座る若い豚たちよ。君たち全員が一年以内に悲鳴をあげてその一生を終えるだろう。我々全員が必ずこの恐怖を体験する・・・牛、豚、鶏、羊、全員だ。馬や犬の運命も大差ない。ボクサー、君のその素晴らしい筋肉が力を失ったまさにその日にジョーンズは君を屠殺屋に売るだろう。屠殺屋は君ののどを切り裂き、猟犬の餌にするために君を煮るだろう。犬の場合は年をとって歯が抜ければジョーンズはその首にレンガを結びつけ近くの沼で溺死させるだろう。」
「同志諸君、この我々の生の全ての不幸が人間の横暴に由来することは水晶のように明瞭ではないだろうか?人間さえ居なくなれば我々の労働の生産物は我々のものとなる。ほとんど一夜にして我々は富を得て自由になれるのだ。それでは我々のすべきことは何か?昼夜を分かたず全身全霊をかけて人類打倒のために働こうではないか!同志諸君、これが君たちへの私の伝言である。反乱だ!私にはいつその反乱が起きるのかはわからない。一週間以内か、百年以内か。しかし私には私の足の下のこの藁を見るのと同じくらい確実にわかる。いずれは正義がおこなわれる。同志諸君、君たちの残り短い一生を通してしかと見届けてくれ!そしてぜひ私のこの伝言を君たちの後に続く者に伝えてくれ。将来の世代が勝利をおさめるまで闘争を続けられるように。」
「同志諸君、憶えておいてくれ。君たちの決意は決して挫けないということを。どのような論争も君たちを迷走させることはない。彼らが君たちに人間と動物は共通の利益を持つ、片方の繁栄はもう一方の繁栄であると言っても耳を貸すな。それは嘘だ。人間が自分以外の生き物の利益に奉仕することはない。そして我々動物の間に闘争における完璧な団結、完璧な同志意識を育もうではないか。全ての人間は敵だ。全ての動物は同志だ。」
この瞬間、とんでもない騒動が起きた。メージャーの演説の間、四匹の大きなねずみが巣穴から這い出し、座って彼の話を聞いていた。ところが唐突に犬が彼らを見つけだし、彼らが命からがら巣穴にかけ戻ったのだ。メージャーは静かにさせるために床を踏み鳴らした。
「同志諸君」彼は続けた。「ここで決めておかなければならないことがある。ねずみや野うさぎのような野生の動物は我々の友人なのだろうか、それとも敵なのだろうか?我々の投票で決めようではないか。この質問を会議に提案する。ねずみは同志か?」
一回の投票で決まった。圧倒的多数でねずみは同志であることが決まった。反対票は四票だけで三匹の犬と猫だった。猫の方は後で両方に投票していたことがわかった。メージャーは続けた。
「もう少しだけ話しておくことがある。繰り返すが人間と奴らのやり口全てに対する敵意を常に忘れてはならない。二本足で歩く者は敵だ。四本足で歩く者、あるいは翼を持つ者は仲間だ。そして人間との闘争において奴らの真似をしてはいけないということも忘れないで欲しい。たとえ奴らを倒しても奴らの悪習を受け継いではならない。動物は家屋に住んではならない。ベッドで眠ってはならない。服を着てはならない。酒を飲んではならない。タバコを吸ってはならない。金に触れてはならない。契約を結んではならない。人間の習慣はすべて悪である。強きも弱きも、賢い者もそうでない者も我々は皆兄弟である。動物は決して他の動物を殺してはならない。全ての動物は平等である。」
「同志諸君、これから私が昨晩みた夢について話そう。えも言われぬ夢だった。人間が消え失せた地上の夢だ。それは私が長い間忘れていたある物を思い出させてくれた。何年も前、私が子豚だった頃に私の母親と他の雌豚たちは曲と最初の歌詞だけが伝わる古い歌をよく歌っていた。私はその曲を子供の頃に憶えたがそれは長い間、私の頭から消え去っていた。しかし昨晩、私の夢の中でその曲がよみがえったのだ。さらに歌の詞すらもよみがえった。私は確信するがこの歌は古い時代の動物によって歌われ、世代の記憶の中に忘れ去られていたのだ。同志諸君、今ここで私がその歌を歌おう。私は年寄りで声も枯れている。しかし私が曲を教えれば君たちは私よりも上手く歌ってくれることだろう。この歌は『イングランドの獣たち』と呼ばれている。」
年寄りメージャーは咳払いをすると歌い始めた。彼の言ったとおり声は枯れていたが十分に上手く歌いこなしていた。曲は心をかき立てるようなメロディーで『クレメンタイン[3]』と『ラ・クカラーチャ[4]』を足して二で割ったようだった。その歌詞はこんな風だ。
イングランドの獣よ、アイルランドの獣よ
全世界の獣たちよ
輝かしい未来についての
私の知らせを聞け
いずれその日が来るだろう
暴虐なる人間は倒され
豊潤なるイングランドの大地を
所有する者は動物たちだけ
我々の鼻輪と
引き綱は消え去り
くつわと拍車は永遠に錆びついたまま
冷酷な鞭が鳴ることはもはやない
想像を超えた豊かさだろう
小麦に大麦にオート麦と干し草
クローバーに豆に砂糖大根
その日には全て我々の物だ
イングランドの大地を太陽が照らし
水はよりいっそう澄み渡り
吹く風はさらに甘いだろう
我々が自由になったその日には
労働し続けなければならない日々は
我々が死ぬまで終わらない
牛に馬にがちょうと七面鳥
自由のためにこそ働かなくてはならない
イングランドの獣よ、アイルランドの獣よ
全世界の獣たちよ
輝かしい未来についての
私の知らせを聞け
この歌は動物たちを熱狂させ、メージャーが歌い終わる前に彼らはもう自分で歌い始めていた。最も馬鹿な者でさえももう曲を口ずさみ数小節を歌えたし、豚や犬などの賢い者は数分で歌の全てを憶えた。そして数回の練習のあと農場全体での「イングランドの獣たち」の大合唱がおこなわれた。牛はモーと歌い、犬はクンクンと歌い、羊はメーと歌い、馬はヒンヒンと歌い、あひるはクワクワと歌った。彼らはその歌に大喜びで続けて五回も歌ったし、もし中断させられなければ一晩中でも歌い続けただろう。
間の悪いことにこの大騒ぎがジョーンズ氏を目覚めさせた。彼は農場に狐が忍び込んだのだと思いベッドから飛び出すと寝室の隅にいつも立てかけてある銃をつかみ暗闇に向けて六号弾を撃ちこんだ。散弾が納屋の壁に打ち込まれると集会は速やかに解散となった。皆、自分の寝所に飛んで戻り、鳥は自分の止まり木に飛び上がり、動物たちは藁の中にうずくまった。そしてすぐに農場全体が眠りに落ちた。
^マナー農場:マナーは「荘園」の意味
^1ハンド:10.16センチメートル
^クレメンタイン:アメリカ西部開拓時代発祥の民謡バラード。邦題「いとしのクレメンタイン」。
^ラ・クカラーチャ:メキシコ民謡。邦題「車にゆられて」。
第二章
三日後の夜、メージャーじいさんは眠りの中で穏やかに死んだ。遺体は果樹園の木の下に埋葬された。
それが三月の初旬のことだった。それからの三ヶ月間、秘密裏に活動が続けられた。メージャーの演説は農場の中でも比較的賢い動物たちに生活に対するまったく新しい考えを与えた。メージャーによって予言された反乱がいつ起きるのか彼らにはわからなかったし、それが彼らの生涯のうちに起きると考える根拠もなかった。しかしその準備をおこなうことが彼らの義務であるということだけは明確だった。教育と組織作りは自然と豚たちの仕事になった。彼らは動物の中でもっとも賢いと思われていたからだ。その豚たちのなかでも屈指の存在がジョーンズ氏が売りに出すために育てていたスノーボールとナポレオンという名の二頭の若い豚だった。ナポレオンは大きな獰猛な外見のバークシャー種の豚だった。農場で唯一のバークシャー種で、寡黙だが独自の考えを持つという評判だった。スノーボールはナポレオンと比べると陽気な豚だった。演説は早口で、とても独創的だったがナポレオンと比べると性格に深みがないと思われていた。農場の他の雄豚は皆、食肉用だった。彼らの中でも最も知られていたのは小柄で太ったスクィーラーという名の豚で、真ん丸い頬と輝く目を持ち、ちょこまかと動き回っては甲高い声でしゃべった。彼は優れた演説家だった。何か難しいことを主張する時は左右に跳ね回りながら尻尾を振り回し、どういうわけかそれが話に説得力を与えていた。他の者は、スクィーラーは黒を白に変える、と評していた。
この三頭はメージャーじいさんの教えを動物主義という名の完全な思想体系にまとめあげた。週にいく晩かはジョーンズ氏が眠った後に納屋で秘密の会合がおこなわれ、動物主義の原則が他の者に詳しく説明された。はじめのうちに彼らが出くわしたのは無知と無関心だった。動物の中のある者は「ご主人様」であるジョーンズ氏に対する忠誠について語ったり、「ジョーンズ様は僕らを養ってくれている。彼が死んだら僕らは飢え死にしてしまう。」といった幼稚なことを言った。また他の者は「なぜ私たちが死んだ後のことなんか気にしなきゃならないんだ?」だとか「この反乱が必ず起きるんだとしたら私たちがそのために働こうが働くまいが関係ないだろう?」と尋ねた。豚たちはこういった考えがいかに動物主義の精神に反しているかを彼らに理解させるのにとても苦労した。なかでも最も馬鹿げた質問は白馬のモリーのものだった。彼女がスノーボールに最初にした質問は「反乱の後にも角砂糖はあるの?」だった。
「ない。」スノーボールは断言した。「この農場で砂糖を作る方法はない。君に砂糖は必要ない。好きなだけオート麦と干し草が食べられるんだ。」
「たてがみにリボンを結ぶのはいいでしょ?」モリーが尋ねた。
「同志よ。」スノーボールは言った。「君のリボンは奴隷であることの証なんだ。自由はリボンより価値のある物だということが君にはわからないのか?」
モリーはそれに同意したが心からは納得してないようだった。
また豚たちは飼い慣らされたワタリガラスのモーゼスが話す嘘を打ち消すために悪戦苦闘しなければならなかった。ジョーンズ氏のお気に入りのペットであるモーゼスは密告屋でほら吹きだったが話術に長けていた。彼は死ぬと全ての動物が行くというシュガーキャンディーマウンテンという神秘の国を自分は知っていると主張した。それは雲より少し上の空にあるとモーゼスは言った。シュガーキャンディーマウンテンでは一週間全部が日曜日で、一年中クローバーが生い茂り、角砂糖と亜麻仁かすが生垣になっているのだ。動物たちは御伽噺ばかりして働かないモーゼスを嫌っていたが、彼らの中の何頭かはシュガーキャンディーマウンテンを信じていたので豚たちは苦労してそんな場所は存在しないと彼らを説き伏せなければならなかった。
彼らの最も忠実な弟子はボクサーとクローバーの二頭の馬車馬だった。この二頭は自分の頭で何かを考え出すのは大の苦手だったがいったん豚の教えを理解すると豚たちの話したこと全てを吸収し、わかりやすく言い直して他の動物にそれを伝えた。彼らは秘密の会合に出席し続け、会合の終わりには常に率先して「イングランドの獣たち」を歌った。
後になって考えると反乱は皆が予想していたよりもずっと早く、ずっと簡単に達成された。かつて厳格で有能な農場主だったジョーンズ氏はその頃、悪夢の日々に突き落とされていた。裁判沙汰で金を失ったのだ。そのことでとても落胆し、体を壊すほどの酒を飲むようになっていた。一日中台所のウィンザーチェア[1]にもたれかかり、新聞を読みながら酒を飲んで時おりモーゼスにビールに浸したパンのかけらをやるといった具合だった。下男たちは怠惰で不真面目になり、牧草地には雑草が生い茂るようになっていた。屋根には穴が開いたままで、生垣の手入れもされず、動物たちは栄養不良だった。
六月になり干し草の収穫が近くなった。真夏のある土曜日の晩、ジョーンズ氏はウィリンドンのレッドライオンという酒場で日曜の昼になるまで戻れないほど酒を飲んだ。下男たちはというと早朝に牛の乳をしぼると動物の餌やりをさぼってウサギ狩りに出かけてしまっていた。ジョーンズ氏は帰ってくるなり新聞に顔を突っ込んだまま応接間のソファーで眠ってしまったので夕方になっても動物たちには餌が与えられないままだった。ついに耐えられなくなった牛の一頭が貯蔵庫の扉を角で破り、ようやく全ての動物が飢えから逃れた。ちょうどその時、ジョーンズ氏が目を覚ました。すぐに彼と四人の下男が手に鞭をもってそこら中を打ちながら貯蔵庫にはいってきた。空腹には耐えた動物たちもこれには怒った。事前になんの打ち合わせも無かったのにもかかわらず、いっせいに彼らは自分たちを苦しめる相手に飛びかかった。ジョーンズと下男たちは突然、全ての方向から殴られ蹴られることになってしまった。まさに手のつけようがない状況だった。動物たちがこんな行動に出るところは見たことがなかったので、いつも好きなように叩いたり酷使している動物のこの突然の蜂起に彼らは頭が真っ白になるほど驚かされた。すぐに彼らは立ちむかうのをあきらめて逃げ出し、数分後には勝利の歓声を上げる動物たちに追われながら五人全員が街道に続く小道を飛んで逃げていった。
ジョーンズ夫人は寝室の窓から何が起きているかを見ると急いで布地のカバンに身の回りの物を詰め込んで別の道から農場を抜け出した。モーゼスは止まり木から飛び上がり、大きな声で鳴きながら彼女の後についていった。その間にも動物たちはジョーンズと下男を道路まで追い出すと彼らの背後で門扉を閉めてしまった。こうして彼らが何が起きたのか理解する前に反乱は成功裏に達成されたのだった。ジョーンズは追放され、マナー農場は彼らの物になったのだ。
しばらくの間、動物たちは自分たちの幸運を信じることができなかった。まず最初に彼らがおこなったことはどこかに人間が潜んでいないかを確認するかのように農場の周りをぐるぐると走り回ることだった。それが終わるとジョーンズの憎むべき支配の痕跡を拭い去るために農場の建物に駆け戻っていった。最後まで持ちこたえていた馬具置き場の扉を壊して開けるとくつわや鼻輪、犬の鎖、ジョーンズ氏が豚や羊を去勢するときに使う恐ろしげなナイフの全てが勢いよく放り出された。手綱、端綱、遮眼帯や吊り下げ式の飼い葉袋の全てが庭で燃やされている火の中に投げ込まれていった。鞭もそうだった。鞭が燃え上がるのを見ると全ての動物たちが喜びのあまり跳ね回った。スノーボールは市場に行くときに馬のたてがみと尻尾に飾り付けられるリボンも火に投げ込んだ。
「リボンは服と見なされる。服は人間の証だ。全ての動物は裸で過ごさなければならない。」
ボクサーはこれを聞くとハエが耳に入らないように夏になるとかぶっている小さな麦藁帽を取ってきて残り火の中に投げ込んだ。
動物たちがジョーンズ氏を思い出させるもの全てを壊すのにはたいして時間はかからなかった。それが終わるとナポレオンは彼らを連れて貯蔵庫に戻り、皆にはいつもの二倍のとうもろこしを、犬にはそれぞれ二枚のビスケットを支給した。それから彼らは「イングランドの獣たち」を七回ぶっ続けで歌ってから床に就き、これまでにないほどぐっすりと眠ったのだった。
いつものように目を覚ますと彼らは昨日起きたすばらしい出来事を突然思い出し、皆で一緒に牧草地に駆けていった。牧草地を少し下った場所には農場全体が見渡せる丘があった。動物たちはその頂上に駆け上がると明るい朝の光の中で農場を眺めた。そう、それは彼らの物だった・・・目にはいる全ての物が自分たちの物なのだ!彼らは有頂天になって跳ね回り、興奮のあまり高々と宙に飛び上がった。朝露の中を転げ回ったり、甘い夏草を口いっぱいにほおばったり、黒土の塊を掘り返してその豊かな香りを嗅いだりした。それから農場全体を点検して周ることにし、耕作地や干草用の畑や果樹園、沼や雑木林を無言の賞賛と共に調べていった。それらは今まで見たこともないようなものに見えた。その全てが自分たちのものであることが今になっても彼らには信じられなかった。
列になって農場の建物に戻ると彼らは無言で農場の家屋の前で立ち止まった。それは彼らの物ではあったが皆、中に入るのが恐ろしかったのだ。しかし次の瞬間、スノーボールとナポレオンが肩でドアを押し開け、動物たちは何も動かす恐れのないように細心の注意を払いながら一列になって中に入っていった。
彼らは誰かに聞かれるのを恐れるかのように囁きつつ羽毛の詰まったマットレスが敷かれたベッドや姿見、ばす織り[2]のソファーやブリュッセル製のカーペット、そして応接室のマントルピースの上のビクトリア女王のリトグラフの信じられないほどの豪華さに畏敬の念すら感じながら爪先立ちで部屋から部屋へ見て回った。しばらくするとモリーがいないことに誰かが気づき、皆すぐに階段を降りていった。戻ってみると彼女は先ほど通り過ぎた豪華な寝室にまだいた。彼女はジョーンズ夫人の化粧台から青いリボンを取りあげて肩に載せ、鏡に映る自分の姿に馬鹿みたいにうっとりしているところだった。皆は彼女を強く非難し、外に出ていった。台所に吊るされていたハムは埋葬するために持ちだされ、食器洗い場のビール樽はボクサーの蹄で蹴り壊されたがそれを除くと家の中の物は何一つ触れられていなかった。全会一致の決議で農場の家屋は記念館として保存されることが採択され、動物は決してそこに住んではならないと皆で決めた。
動物たちが朝食をすますとスノーボールとナポレオンが再び彼らを呼び集めた。
「同志よ」スノーボールが言った。「今、六時半だ。これから長い一日が始まる。今日から干草の収穫を始めようと思う。が、まず最初にやっておかなければならないことがある。」
ここで豚たちはゴミ捨て場に捨てられていたジョーンズ氏の子供の古い綴り方の教科書を使って自分たちが過去三ヶ月の間に読み書きを勉強していたことを明かした。それからナポレオンが壷に黒と白のペンキを用意し、皆は街道に面した門扉まで下りていった。そこでスノーボールはペンキブラシを両手でつかみ(スノーボールが一番文字を書くのが上手かったのだ)、ゲートに掲げられているマナー農場という文字を塗りつぶすとそこに動物農場と書いた。その時からこれが農場の名前となったのだった。それが終わると彼らは農場の建物に戻り、スノーボールとナポレオンが壁にはしごをかけておいた大納屋に集まった。過去三ヶ月の研究によって豚たちは動物主義の原則を七つの戒律にまとめることに成功したと彼らは説明した。そしてこの七つの戒律が壁に書かれることになった。以後、動物農場の全ての動物がそれに従って生活しなければならない不磨の大典を彼らは作り上げていたのだ。はしごの上のスノーボールとその数段下でペンキ壷を持ったスクィーラーによってタールの塗られた壁の上に三十ヤード[3]向こうからも読める程の大きな白い文字で次のような戒律が書かれた。
七つの戒律
一、二本足で歩く者は誰であっても敵である。
二、四本足で歩く者または翼を持つ者は誰であっても仲間である。
三、動物は衣服を着てはならない。
四、動物はベッドで眠ってはならない。
五、動物は酒を飲んではならない。
六、動物は他の動物を殺してはならない。
七、全ての動物は平等である。
「仲間」が「仲問」と書かれていることと文字の一つがひどい書き方をされている以外はとてもきれいに書かれ、文字の間違いもなかった。スノーボールは他の者がわかるようにそれを声に出して読み上げた。動物たちは皆、戒律に完全に合意してうなずき、賢い者はすぐに戒律の暗記をはじめた。
「さあ、同志諸君」とペンキブラシを放り投げながらスノーボールが叫んだ。「干し草畑に行こう!我々がジョーンズとその下男どもよりもすばやく収穫できることを見せてやろうじゃないか。」
しかしそのときずっと不安そうにしていた三頭の牛が大きな鳴き声をあげた。彼女たちはもう二十四時間以上もミルクを搾られていなかったので乳房が破裂してしまいそうだったのだ。しばらく考えてから豚たちがバケツを持ってきて実に上手く牛のミルクを絞った。彼らの蹄はこの仕事によく向いていた。すぐにバケツ五杯の濃厚に泡立つミルクが絞られ、他の動物たちは興味津々にそれを見つめた。
「そのミルクはどうするの?」と誰かが言った。
「ジョーンズはときどきそれを私たちの餌に混ぜていたよ。」と鶏の一羽が言った。
「ミルクのことは気にするな、同志諸君!」ナポレオンがバケツの前に立って叫んだ。「これは見張っておこう。収穫の方が大事だ。同志スノーボールについて行きたまえ。私もすぐに後を追う。前進だ、同志諸君!干し草が待っているぞ。」
そこで動物たちは皆で干し草畑に行き、収穫を始めた。夜になって戻ってみるとミルクは消え失せていた。
^ウィンザーチェア:17世紀後半よりイギリスで製作されはじめた椅子。厚い座板に脚と細長い背棒、背板を直接接合した形状が特徴。
^ばす織り:縦糸に綿糸、麻糸または毛糸を、横糸に馬の尾の毛を用いて織った織物。
^1ヤード:0.9144メートル
第三章
干し草を刈り入れることの大変さといったらなかった!しかし努力は報われ収穫は彼らが期待していた以上の大成功だった。
作業には大変な困難もあった。道具は動物用ではなく人間用に作られていたし、どの動物も後ろ足で立ちながら道具を使うことができなかったのは深刻な問題だった。しかし豚たちは頭を使って数々の困難を克服する方法を考えだした。馬たちは畑を知り尽くしていた。そしてジョーンズとその下男たちよりも刈り取りの仕事をよく理解していて、ずっと作業が速かった。豚は実際の作業はしなかったが他の者に指示を出し監督をした。その優れた知識を考えれば彼らがリーダーシップをとるのはごく自然なことだったのだ。ボクサーとクローバーは自らそりや馬くわを着けて(もちろんかつてのようなくつわや手綱は必要なかった)畑を着実に進んで行き、その後ろを豚が歩きながら状況に合わせて「急げ、同志!」とか「後ろだ、同志!」とか叫びながら歩いていった。動物たちは皆かがみこんで干し草を巻き上げて集めた。あひるや鶏でさえ干し草の小さな切れ端をくちばしにくわえて一日中太陽の下、あちこちと働きまわっていた。そしてついに彼らはジョーンズとその下男たちが普段やるよりも二日も早く収穫を終えたのだった。役立たずは一人もいなかった。鶏とあひるはその鋭い目で最後の干し草の一本まで集めた。そして農場の動物の中には干し草を一口でも盗むような者は一頭もいなかった。
夏の間中、農場の仕事は時計のように正確におこなわれた。動物たちは考えられないほど幸福で食事の一口一口が大きな喜びを与えてくれた。それは自分たちの、自分たちによる、自分たちのための食事であってけちな主人からの施しものではないのだ。無価値な寄生虫である人間が消えたおかげで皆の食事は多くなった。余暇も動物たちが経験したことのないほど増えた。それでも彼らは多くの困難に出会うこともあった・・・例えば、年の後半にとうもろこしを収穫した時には昔ながらの方法でそれを踏んで脱穀し、息でもみ殻を吹いて飛ばさなければならなかった。農場には脱穀機がなかったのだ・・・しかし頭の良い豚と素晴らしい筋肉の持ち主であるボクサーがいつも彼らを引っ張っていった。ボクサーには誰もが賞賛を送った。彼はジョーンズがいた頃もよく働いていたがいまや馬三頭分の働きをしていた。農場の全ての仕事は彼の力強い肩にかかっているように思われた。朝から晩まで彼は押したり引いたりといった力仕事をし、常にもっとも大変な仕事に従事した。彼は雄鶏の一羽に自分を皆よりも三十分早く起こすように頼み、普段の昼間の仕事が始まる前に何であれその時もっとも必要に見える勤労奉仕をおこなった。全ての問題、全ての後退に対する彼の答えは常に「俺がもっと働けばいい!」でこれが彼の口癖だった。
他の者たちはそれぞれの能力に応じて働いた。例えば鶏とあひるは収穫時に散らかったとうもろこしの粒から五ブッシェル[1]のとうもろこしを集めた。盗みを働く者はいなかったし、食事に不平を言う者もいなかった。かつての生活では当たり前に見られた言い争いや喧嘩、嫉妬はほとんどなくなった。誰も怠けなかった・・・いや、ほとんどの者は。実際のところ、モリーは朝寝坊で蹄に石が挟まるとすぐに畑仕事を中断していた。また猫のやり方は独特だった。仕事を始めようとする時になるといつも猫がいなくなることに皆は気づいた。彼女はしばらくの間姿を消し、仕事が終わった後の食事の時間になると何事もなかったのように再び現れるのだった。そして彼女はうまいこと言い訳をして彼女の善意を疑うことを不可能にするように優しげにのどを鳴らしすのだ。年寄りロバのベンジャミンは反乱後も変わらないように見えた。ジョーンズがいた頃にそうしていたのと同じ様にゆっくりと一徹なやり方で自分の仕事をおこなった。怠けることもなく余分の勤労奉仕をすることもなかった。反乱とその結果については何も言わなかったし、ジョーンズがいなくなって嬉しくないのか、と尋ねられるとただ「ロバは長生きだ。誰も死んだロバを見たことがない。」としか言わないので尋ねた者はこの謎めいた答えだけで満足しなければならなかった。
日曜日には仕事がなかった。朝食はいつもより一時間遅く、朝食の後には毎週欠かさずにセレモニーがおこなわれた。まず最初に旗の掲揚がおこなわれた。スノーボールが馬具室からジョーンズ夫人の古い緑のテーブルクロスを見つけてきて、そこに白く蹄と角を描いた。これが毎週日曜の朝になると農場の庭にある旗ざおに掲げられるのだった。スノーボールの説明によると緑の旗はイングランドの緑の大地を表し、蹄と角は最終的に人類が打倒された際に建国される未来の動物共和国を意味していた。旗の掲揚が終わると動物たちは皆、会議という名の集まりのために大納屋に集合することになっていた。そこで次の週の仕事が計画され、それについての提案がされ、議論がおこなわれた。議案を提出するのはいつも豚だった。他の動物は投票の仕方は分かったが独自の案を考え出すことなどとてもできなかった。スノーボールとナポレオンはとてつもなく激しい議論をし、この二人の意見が一致することは一度もなかった。どちらか片方がおこなった提案に対してはもう一方が必ず反対するのだ。誰一人反対する者がないような、まったく問題がない場合・・・例えば仕事ができなくなった動物たちの養老院として果樹園の後ろに小さな放牧場を作ろうといった案についてさえもそれぞれの動物の正しい引退の年齢について嵐のような議論があった。会議はいつも「イングランドの動物たち」の歌で終わり、午後は娯楽にあてられた。
豚は馬具室の横に自分たちの司令部をおいた。彼らは毎晩のようにここで鍛冶や大工仕事といった必要になる技術を農場の家屋から持ってきた本で勉強していた。またスノーボールは他の動物たちを動物委員会と彼が呼ぶものに編成することで忙しかった。彼は根気よくこの作業を続けた。読み書きのクラスを編成する一方で鶏には卵生産委員会、牛には清潔尻尾連盟、他にも野生同志再教育委員会(これはねずみとうさぎを仲間に取り込もうというものだった)や羊のための白い羊毛運動などを組織していた。全体的に見てこれらの計画のほとんどは失敗に終わった。例えば野生動物の取り込みはすぐに破綻した。彼らは以前とまったく変わらない行動をし、寛大に扱われた時にはただ単にその利益を享受するだけだった。猫は再教育委員会に参加して数日の間は積極的に活動をおこなっていた。彼女は一日中屋根に座りこみ手の届かない位置にいるすずめたちに語りかけていた。全ての動物たちはいまや同志でありすずめの君はこっちに来て彼女の手に止まることもこともできるんだ、と話しかけたがすずめたちは彼女との距離を保ったままだった。
しかし読み書きのクラスは大成功だった。秋には農場のほとんど全ての動物がある程度の読み書きをできるようになっていた。
豚たちは既に完璧に読み書きができていた。犬たちは文字の読み方はすぐに憶えたが七つの戒律を除いては読むことに関心を示そうとしなかった。ヤギのミュリエルは犬よりも読むのが上手く、ゴミ捨て場から見つけてきた新聞の切れ端を夜になるとときどき取り出して読んでいた。ベンジャミンは豚と同じくらい読むのが得意だったがその能力を積極的に使おうとはしなかった。彼が言うには自分の知る限りでは文字を読めて得なことは何もないというのだ。クローバーは全部の文字を憶えたがそれを単語にすることができなかった。ボクサーはというとDから後ろの文字を憶えることができなかった。彼はA、B、C、Dと地面に蹄で書いてから文字の前に立ち、耳を倒し、時には前髪を振り乱して次に何が来るかを必死に思い出そうとしたがそれが成功することはなかった。確かに何回かはE、F、G、Hを学んで憶えることができたのだがそうすると今度はA、B、C、Dを忘れてしまうのだった。最終的に彼は最初の四文字で満足することに決めて記憶を確かなものにするために毎日一、二回それを清書することにした。モリーは自分自身の名前の六文字(M、O、L、L、I、E)以外は何一つ憶えようとはしなかった。彼女はこの六文字を枯れ枝の切れ端できれいに作って数本の花で飾るとほれぼれとその周りを歩いて回った。
その他の動物たちはAから後を憶えることができなかった。また羊や鶏、あひるなどの特に頭の弱い動物は七つの戒律を憶えることすらできなかった。長い苦労の末、スノーボールは七つの戒律を短くまとめた一つの格言を発表した。それは「四本足は善い。二本足は悪い。」というものだった。彼によるとこれは動物主義の重要な原則を意味しており、誰であろうとこれをしっかりと理解している者は人間の影響から守られているのだった。問題は鳥だった。なぜなら彼らも二本足のように見えたからだ。しかしスノーボールは彼らにそれは違うということを説明した。
「同志諸君」彼は言った。「鳥の羽というのは推進のための器官であって物を操作するための器官ではない。従って足と見なせる。人間の目印は手だ。この手に握られた道具で奴らは全ての間違いを犯す。」
鳥たちはスノーボールの話す長い単語は理解できなかったが彼の説明を受け入れることにした。そして頭の弱い動物は新しい格言を憶えることになり、「四本足は善い。二本足は悪い。」は納屋の突き当たりの壁の七つの戒律の上に大きな文字で書かれた。いったん憶えると羊はこの格言をすっかり気にいってしまい、牧場で横になっている時によく皆で「四本足は善い。二本足は悪い!四本足は善い。二本足は悪い!」と何時間も鳴き続けて飽きることがなかった。
ナポレオンはスノーボールの委員会には無関心だった。彼は既に年をとった者に対して何かするよりも若者の教育の方が重要であると言った。そんな中、ジェシーとブルーベルが子犬を産んだ。それは干し草の収穫のすぐ後のことで彼らの間に生を受けたのは九匹の健康な子犬だった。ナポレオンは自分は彼らの教育に責任がある、と言って母親の元から彼らを連れ去り、引き離してしまった。彼が子犬を馬具室からはしごを使ってしか上がれない屋根裏部屋に連れていって隔離してしまったので農場の他の者はすぐに子犬のことを忘れてしまった。
ミルクがどこかに消えてしまった謎はすぐに解明された。豚の餌に毎日混ぜられていたのだ。またこんなこともあった。早成りのりんごが熟れて、果樹園の草の上に落ちた実が散らばっている頃のことだった。動物たちは当然のようにそれが平等に分け与えられるものだと思っていたが、ある日、落ちた実を全て集めて豚たちの使っている馬具室に持ってくるようにという命令が下された。一部の他の動物は不満をもらしたが仕方のないことだった。スノーボールとナポレオンを含めこれについては全ての豚の間で完全な合意ができていたのだ。そして他の者に説明をおこなうためにスクィーラーが駆りだされた。
「同志諸君!」彼は叫んだ。「私は我々豚が利己主義と特権意識からこんなことをしていると君たちに考えてもらいたくない。我々の多くは実際のところミルクとりんごが嫌いなのだ。私も嫌いだ。我々がこれらを食べる目的はただ一つ、我々の健康を保つためだ。ミルクとりんご(これらは科学によってもたらされたのだ、同志よ)は豚の健康には絶対的に欠かすことのできない物質を含んでいる。我々豚は頭脳労働者だ。この農場の全体管理と組織運営は我々にかかっている。我々は昼夜を問わず君たちの幸福な生活を見守っているのだ。我々がミルクを飲み、りんごを食べるのは君たちのためなのだ。我々豚が我々の義務を全うできなかった場合に何が起きると思うかね?ジョーンズが戻ってくる!そう、ジョーンズが戻ってくるのだよ!これは確かなことだ、同志諸君。」スクィーラーはまるで申し立てをするように叫びながら左右に駆け回り、尻尾を振り回した。「君たちの中でジョーンズに戻ってきて欲しい者いないだろう?」
動物たちにとって明らかに確かなことが一つあるとするならばそれはジョーンズに戻ってきて欲しくないということだった。それを持ち出されると彼らは何も言えなくなってしまった。豚を健康に保つことの重要性はあまりに明白に思えた。そしてそれ以上の議論がされることなく、ミルクと木から落ちたりんご(さらには熟した後に収穫するりんごも)豚だけのものになることが合意された。
^1ブッシェル:36.36872リットル(イギリス)
第四章
夏が終わる頃には動物農場で起きた事件は国の半分に知れわたっていた。スノーボールとナポレオンは近隣の農場の動物と情報を共有するために毎日のように伝書鳩を飛ばし、反乱の物語を伝えたり「イングランドの獣たち」の曲を教えたりしていた。
この頃、ジョーンズ氏は大半の時間をウィリンドンのレッドライオン酒場に座り込んで過ごしていた。彼はろくでなしの動物集団に財産を奪われたことで彼が味わっているとてつもない不公平についての不平を耳を貸す者皆に語った。他の農場主は基本的には彼に同情したがはじめは手助けをしようとはしなかった。内心で皆、どうにかしてジョーンズの失敗を自分の利益にできないだろうかと考えていたのだ。動物農場に隣接する二つの農場の農場主の仲が悪かったことは幸運だった。農場の片方はフォックスウッドという名で大きくて荒れ果てた昔ながらの農場だった。森に覆われ、牧草地は疲弊し、その生垣は見られた状態ではなかった。農場主のピルキントン氏は気楽な農場経営者で一日の多くの時間を季節に応じて釣りか狩りをして過ごしていた。もう一方の農場はピンチフィールドと呼ばれており、小さいながらもしっかり手入れが行き届いていた。農場主はフレデリック氏で彼は頑健で抜け目のない男だった。いつも訴訟を抱えこみ、強硬な交渉術をおこなうことで知られていた。この二人はお互いに大変嫌い合っており、例え共通の利益のためであっても何かに合意するなどということはありえなかった。
しかしながら彼らは二人とも動物農場で起きた反乱にはとても驚き、自分の農場の動物がその反乱について知ることがないように気を配っていた。最初のうち彼らは動物たちが自分自身で農場を管理するという考えを嘲笑し、こんなことは二週間もすればけりがつくと話していた。彼らはマナー農場(彼らは農場をマナー農場と呼び続けた。「動物農場」という名に我慢がならなかったのだ。)の動物たちは互いに争ってすぐさま飢え死にするだろうと考えていたのだ。時が経ち、動物たちが飢え死にしないことが明らかになるとフレデリックとピルキントンはやり方を変え、動物農場で現在おこなわれているという恐るべき行為について語るようになった。動物たちは共食いをしているだとか、他の動物を焼いた蹄鉄で拷問しているだとか、フリーセックスが横行しているといった調子だった。これは自然の法則に刃向かった結果なのだとフレデリックとピルキントンは語った。
しかしそういった話はまったく信用されなかった。人間が消え失せ、動物たちが自分自身で仕事を管理しているという素晴らしい農場のぼんやりとして不明瞭な噂は広がり続け、その年中、反乱の波は田園地帯を駆け抜けた。いつもは従順な雄牛が突然凶暴になり、羊は垣根を壊してクローバーを食べ続けた。乳牛はバケツを蹴ってひっくり返し、猟馬は垣根を飛び越えることを拒否して騎手を反対側に振り落とすようになった。それが起きる場所では必ず「イングランドの獣たち」の曲やあるいは歌詞が広まっていた。歌は驚くべきスピードで広がっていった。動物たちはその歌が単なる悪ふざけであるかのように振舞ったのでそれを聴いても人間たちには動物たちの熱狂を抑えることはできなかったのだ。人間たちは動物がどこでそんなくだらないゴミのような歌を憶えてきたのか見当もつかないとこぼした。その歌を歌っているところを見つかった動物はその場で鞭で打たれたが、それでもその歌が広まるのを押さえ込むことはできなかった。つぐみが垣根で歌い、鳩が並木道で歌った。鍛冶場の騒音の中にも、教会の鐘の音色の中にもその歌が聴こえた。そして人間たちはそれを聴くと将来起きるであろう悪夢を予感してひそかに身震いするのだった。
十月の初旬、とうもろこしが収穫されて積み上げられ一部は脱穀まで済まされた頃、鳩の一群が風を巻き上げて飛来し動物農場の庭にとても興奮しながら降り立った。ジョーンズとその下男たち、そしてフォックスウッドとピンチフィールドから来た半ダースの人間たちが門扉を通って農場に続く小道を上ってきたのだ。銃を手にして先頭を歩くジョーンズ以外は皆、棒切れを携えている。明らかに彼らは農場を取り返すつもりだった。
これはずいぶん前から予想されていたことだったので準備は既に整っていた。農場の家屋からみつけた古いジュリアス・シーザーの軍事行動の本を研究したスノーボールが防御作戦を指揮した。彼は速やかに指示を出し数分のうちに全ての動物が持ち場についた。
人間が農場の建物に近づいてくるのに合わせてスノーボールは最初の攻撃を開始した。三十五羽に及ぶ全ての鳩が飛び掛り、男たちの頭の周りを飛びまわりながら空中から糞を浴びせかけた。そして人間がそれに気をとられている間に後ろの生垣に隠れていたがちょうが殺到し彼らのふくらはぎを嫌というほどつついたのだ。
しかしこれはもともとけん制ための軽い小競り合いだったので男たちは棒切れで簡単にがちょうを追い払うことができた。そこでスノーボールは攻撃の第二波を繰り出した。スノーボールを先頭にミュリエルとベンジャミン、そして全ての羊が押し寄せ四方八方から男たちに殴りかかった。一方、ベンジャミンは向きを変えると彼らにその小さな蹄を浴びせかけていた。しかし棒切れを持ち、鋲釘を打ち付けたブーツを履いている男たちはやはり彼らの手に負える相手ではなかった。突然スノーボールが撤退の合図の金切り声を上げ、全ての動物が向きを変えて門から庭に撤退した。
男たちは勝利の叫び声をあげた。彼らは敵が逃げ出したと思いこみ先を争ってその後を追った。これはスノーボールの狙い通りだった。彼らが庭に侵入するとすぐに牛舎で待ち伏せしていた三頭の馬、三頭の牛、そして残っていた豚たちが彼らの後ろに現れ退路を断った。スノーボールは攻撃の合図を出すと自分自身もジョーンズに向かって突進した。ジョーンズはスノーボールが向かってくるのを見るやいなや銃を構えて撃った。散弾はスノーボールの背中に血の筋を残し、そばで一頭の羊が死んで倒れた。少しの躊躇もなく彼は十五ストーン[1]もの巨体でジョーンズの足に飛び掛った。ジョーンズは糞の山に放り出され、その手からは銃が吹き飛んでしまった。しかし最も恐ろしい光景を繰り広げているのはボクサーだった。彼は後ろ足で立ち上がると蹄鉄をつけたその巨大な蹄で種馬のように男たちを殴りつけていた。最初の一撃はフォックスウッドから来た馬丁の男の頭に当たり彼は気を失って泥の中に伸びてしまった。それを見た男のうちの何人かが棒切れを放り出して逃げ出そうとした。パニックが彼らを襲い、次の瞬間には全ての動物たちが一緒になって彼らを庭中追い掛け回し始めた。動物たちは突っつきまわし、蹴りつけ、噛みつき、踏みつけた。農場の全ての動物がそれぞれのやり方で人間たちに復讐をしていた。あの猫でさえ突然屋根から農場主の肩に飛び降りるとその首筋を爪で引っかいて恐ろしい悲鳴をあげさせた。入り口が見えると男たちは喜び勇んで庭から駆け出し、急いで街道に逃げ出していった。こうして攻め込んでから五分も経たずに彼らは来た時と同じ道を通って屈辱的な撤退を余儀なくされたのだった。彼らの後ろをがちょうの群れが騒ぎ立てながら追いかけそのふくらはぎをずっと突っつきまわしていた。
一人を除いて全ての男たちが逃げ去った。庭ではボクサーが泥の中で突っ伏した馬丁の男を起こそうと蹄で突っついていたが彼はぴくりとも動かなかった。
「死んじまった。」とボクサーが悲しそうに言った。「そんなつもりじゃなかったんだ。蹄鉄を着けていることを忘れてたんだ。わざとじゃないって。信じてくれ。」
「気を落とすな、同志!」スノーボールが叫んだ。彼の傷からはまだ血が滴り落ちている。「これは戦争だ。良い人間は死んだ人間だけだ。」
「俺は例え人間でも殺したいとは思わない」ボクサーは繰り返し、その瞳には涙があふれていた。
「モリーはどこだ?」と誰かが叫んだ。
たしかにモリーはどこにもいなかった。しばらく大変な騒ぎになった。皆、人間が何らかの方法で彼女に傷を負わせたり連れ去ったりしたのではないかと恐れたのだ。結局、彼女は自分の馬房で飼い葉おけの干し草の中に頭を突っ込んで隠れているところを発見された。彼女は銃が撃たれた瞬間に逃げ出していたのだった。他の者が彼女を探すのから戻ってくると実際は気絶していただけの馬丁の男はとっくに息を吹き返して逃げ去っていた。
動物たちは大変な興奮のしようだった。戦闘での自分の功績を声高に話しながら再び集まり、すぐに即席の戦勝祝賀会が始まった。旗が掲げられ、「イングランドの獣たち」が何度も歌われた。その後、殺された羊の厳粛な葬式がおこなわれ墓の上にはサンザシの苗が植えられた。そして墓の横でスノーボールが短い演説をおこない、全ての動物は必要な時には動物農場のために死ぬ覚悟が必要であると強調したのだった。
動物たちは満場一致で軍事勲章を設けることに決め、「動物英雄 勲一等」がその場でスノーボールとボクサーに与えられた。それは真鍮のメダル(馬具室でみつかった大変古い馬用の飾りだった)でできていて日曜日や祝日になると身に着けられた。また「動物英雄 勲二等」も設けられ、それは死んだ羊に与えられた。
この戦闘がなんと呼ばれるべきかについては多いに議論があったが、結局、待ち伏せの場所にちなんで牛舎の戦いと名づけられた。ジョーンズ氏の銃は泥の中からみつかった。農場の家屋に予備の銃弾があることがわかっていたので祝砲の代わりとして旗ざおの根元に銃を置いておき、牛舎の戦いの記念日である十月十二日と反乱の記念日である夏至の日の年に二回撃つことが決められた。
^1ストーン:6.35029318キログラム
第五章
冬が近づくにつれてモリーはどんどん厄介者になっていった。彼女は毎朝のように仕事に遅れて来ては寝坊したんだと言い訳をし、不可解な体調不良も訴えていたがその割には食欲は旺盛だった。そしてなにか口実をみつけては仕事から逃げ出し水飲み場に行っては水に映る自分の姿を馬鹿みたいに眺めているのだった。しかしもっと深刻な噂も流れていた。ある日、モリーが長い尻尾を振りつつ干し草の茎を噛みながら庭をぶらぶらと散歩しているとクローバーがそばに近寄ってきた。
「モリー」彼女は言った。「あなたにどうしても言わなくちゃならないことがあるんだけど。今朝あなたが動物農場とフォックスウッドの境の生垣に居るところを見たのよ。垣根の向こうにはピルキントンのところの下男の一人が立ってた。それで・・・遠くからだったんだけど確かに見たと思うの・・・そいつはあなたに話しかけてあなたはそいつに鼻をなでることを許していた。どういうことなの?モリー。」
「彼はそんなことしてない!私はそんなことしてない!そんなのありえない!」モリーは叫ぶと飛び跳ねて足を踏み鳴らした。
「モリー!私の顔を見て。あなたは本当にあの男があなたの鼻をなでていないと私に言うのね?」
「ありえない!」モリーは繰り返したがクローバーの顔を見ることはできなかった。そして次の瞬間、彼女は草原に駆け足で走り去った。
クローバーは自分の考えに急き立てられ、他の者には何も言わずにモリーの馬房に行って蹄で藁をかき回した。藁の下に隠されていたものは角砂糖の小山と何色ものリボンの房だった。
三日後、モリーは姿を消した。何週間も彼女の行方はわからなかったがある日、鳩たちがウィリンドンの向こう側で彼女を見たと報告した。彼女は酒場の外に停めてある赤と黒で塗られた優雅な二輪馬車の棹の間にいたという。チェックのズボンにゲートルを巻いた居酒屋の主人とおぼしき太った赤ら顔の男が彼女の鼻をなでながら角砂糖をやっていた、彼女のたてがみは切り揃えられ前髪には真紅のリボンを着けていて彼女は楽しそうに見えた、と鳩たちは語った。その後、動物たちは二度とモリーのことに口にすることはなかった。
一月になって天候はひどく荒れた。大地はまるで鉄のようで畑でできることは何もなかった。大納屋では多くの会議がおこなわれ、豚たちは来期の作業計画の立案を独占していた。これは豚が他の動物たちよりも明らかに賢く、また最終的には多数決によって採択されなければならないにしても農場の政策に関する全ての問題を彼らが取り仕切っていることを皆が認めていたからだった。この体制はスノーボールとナポレオンの間で論争が始まらない限りは十分に巧く働いていていた。この二頭は対立できる点では常に対立した。片方が大麦を蒔く面積を広げようと提案すればもう一方はオート麦の面積を広げようと要求したし、片方がこれこれの土地はキャベツに最適だと言えばもう片方はこんな土地には根菜しか生えないと断言した。それぞれに取り巻きがついて猛烈な討論がおこなわれていた。会議ではその素晴らしい演説でしばしばスノーボールが多数決に勝ったが、ナポレオンは合間の時間に自分の支援者を集めることに長けていた。これは羊の場合に特にうまくいった。最近では羊はところかまわず「四本足は善い。二本足は悪い。」と鳴きわめき、そのせいでしばしば会議は中断されていた。しかし、よく見るとスノーボールの演説が重要な部分で彼らは特に頻繁に「四本足は善い。二本足は悪い。」と鳴きわめくように思われた。スノーボールは人間用の住居でみつけた「農業従事者と牧畜業者」のバックナンバーを綿密に研究し、革新と改良を重ねた計画を描いていた。彼はまるで学者のように排水用の水道管やサイレージ、塩基性スラグについて語り、運搬の労働を減らすためにすべての動物が毎日、畑の違う場所で糞をするための入り組んだ計画を考え出していた。ナポレオンはそういった計画は持ち合わせていなかったが、スノーボールの計画は何の役にも立たない、と静かに語りあとは黙っていた。しかしそれらのすべての論争も風車で起きた事件に比べればまだ生ぬるいものだったといえる。
農場の建物からそう遠くない牧草地に小さな丘がありそこが農場で一番高い場所だった。地質を調べた後、スノーボールはここは風車に最適の場所であり、その風車で発電機を動かして農場に電力を供給することができると断言した。電気があれば獣舎を照らせるし冬も暖かい。それに丸ノコや藁の切断機、砂糖大根スライサーや電動の搾乳機を動かすこともできる。動物たちはそういった物について聞いたことがなかったので(この農場は昔ながらの農場で原始的な機械しかなかったのだ)スノーボールの語るすばらしい機械の話を驚きをもって聞いた。その機械は彼らが草原でのんびり草を食んでる間や本を読んだり討論をして学習している間に彼らに代わって彼らの仕事をしてくれるのだ。
数週間の間にスノーボールの風車の計画は完成した。機械の詳細のほとんどはジョーンズ氏が所有していた「家庭で使える千の便利な道具」「レンガ積みのために」「初めての電気」という三冊の本から取ってきたものだった。スノーボールは書き物に最適な滑らかな木の床があるかつてはふ卵室として使われていた小屋を研究室として使った。彼は一度そこに入ると何時間も出てこなかった。本を開いて石で押さえておいて両足でチョークを握り、すばやくあちこちに動き回りながら時には興奮のあまり小さな鳴き声をあげつつ何重にも線を描いていった。しだいに設計図は入り組んだたくさんのクランクと歯車になっていき、床の半分以上を埋め尽くしてしまった。それは他の動物たちには全く理解できなかったがなにかとても素晴らしい物に思われた。彼ら全員がスノーボールが設計図を描くところを一日に一回は見に来た。鶏とあひるさえ来て、チョークの印を踏まないように苦労していた。ただ一頭、ナポレオンだけが距離を置いていた。彼は内心ではじめから風車に反対だった。しかしそんな彼がある日突然、設計図を確かめにやってきた。彼は重々しく小屋の中を回り、設計図の詳細全てを近寄っては確認し、一、二回その匂いを嗅いだ。それから目の隅にそれを追いやり、しばらくの間そこに立って熟考すると突然足を上げて設計図の上に小便をした。そして彼は何も言わずに歩き去っていった。
農場全体が風車の問題で大きく分断されていた。スノーボールは風車の建設が困難な仕事であることを否定しなかった。石を運び壁を築く必要があるし、風車の羽を作らなければならない。その後には発電機とケーブルが必要になるだろう(それらをどうやって手に入れるのかについてスノーボールは何も言わなかった)。しかし彼はそれら全てを一年以内に完了することができると言い続け、そのあかつきには大量の労働を減らせ動物は週に三日だけ働けばよくなるのだと断言した。一方でナポレオンは最も必要なことは食糧生産を増やすことであると語り、もし風車作りで時間を浪費すれば皆飢え死にしてしまうだろうと主張した。動物たちは二つの派閥に別れた。二つの派閥のスローガンはそれぞれ「スノーボールに投票して週三日に」と「ナポレオンに投票して飼い葉おけを一杯に」だった。ベンジャミンはどちらの派閥にも属さないただ一頭の動物だった。彼は食べ物がより豊富になるという話も風車によって労働が減るという話も信じようとしなかった。彼は言った。風車があろうとなかろうと人生は変わるようにしか変わらない・・・つまり悪い方に。
風車の論争を別にすると農場防衛の問題もあった。牛舎の戦いに敗れたとはいえ人間たちが農場を取り返しジョーンズ氏を返り咲かせる別のもっとよく考えられた作戦を練っていることは十分に考えられたし、彼らにはそうする十分な理由があった。というのも彼らの敗北のニュースは田園地方一帯に広がり、隣近所の農場の動物たちをより反抗的な態度にさせていたのだった。いつものようにスノーボールとナポレオンの意見は対立した。ナポレオンによれば動物たちが今すべきなのは銃を手に入れその使い方の訓練をすることだった。一方、スノーボールは動物たちはもっと多くの鳩を送り、他の農場の動物たちに反乱を起こさせるべきだというのだ。片方はもし自分たちの身を守ることができなければ征服され捕まってしまうだろうと主張し、もう一方はそこら中で反乱が起きればもはや自分たちの身を守る必要はなくなると主張した。動物たちはまずナポレオンの話を聴き、次にスノーボールの話を聴いたがどちらが正しいのかわからなくなってしまった。彼らはそのとき演説している方の意見に常に納得してしまうのだった。
そんな中、ついにスノーボールの設計図が完成し次の日曜日の会議で風車の建設を開始するかどうかの投票がおこなわれることになった。投票の日、動物たちが大納屋に集まるとまずスノーボールが立ち上がり、ときどき羊たちの鳴きわめく声に中断されつつも風車建設を支持する理由を主張した。反対弁論にはナポレオンが立った。彼は静かにこの風車は無意味であり、その建設に投票すべきではないと語るとすぐに座ってしまった。彼の演説はほんの三十秒ほどで彼は演説の効果にまったく関心がないように見えた。次にスノーボールが跳ね起きるようにして立ち上がり、再び鳴きわめき始めた羊たちをやじり返してから情熱的に風車の支持を訴えかけた。それまで動物たちはどちらを支持するか決めかねていたがスノーボールの雄弁が彼らを引き込んでいった。彼は言葉を重ねて卑しむべき労働が動物の肩から降ろされた後の動物農場の姿を描き出していった。今や彼の想像力は藁の切断機やカブのスライサーに留まらなかった。電気によって脱穀機、鋤、砕土機、そしてローラーに刈り取り機にバインダーを動かすことができるし、全ての獣舎にそれぞれ電灯、温冷水、電気ヒーターを供給することもできるのだと彼は語った。どちらに投票すべきか疑いようがなくなるまで話すと彼は演説を終えた。その瞬間、ナポレオンが立ち上がり、独特なやり方でスノーボールを横目で見ながら今まで誰も彼がそんな鳴き声を出すところを聞いたことがないような高い声で鳴き声を発した。
その瞬間、恐ろしい吼え声が外で聞こえ真鍮の鋲をちりばめた首輪をつけた九頭の巨大な犬が納屋に跳ねるようにして入ってきた。彼らはスノーボールに向かってまっすぐ駆けていき、そのガチガチと音をたてる犬の牙を避けようと彼は逃げだした。彼はドアの外に逃げ出し、その後を犬たちが追った。驚きと恐怖のあまり声も出せずに動物たちは全員ドアに群がってその追跡劇を見守った。スノーボールは道路へと続く長い牧草地を横切って走っていった。彼は豚にできる全力で走っていたが犬たちはその足元にまで迫っていた。突然、彼は滑って転び犬たちが彼を捕らえたかに見えた。しかし彼は再び立ち上がると今までよりも速く走り始め、犬たちは再び彼に追いすがった。犬たちの一頭はほとんどスノーボールの尻尾に噛みつけるところまで近づいていたがスノーボールは尻尾を振ってそれを逃れた。そして彼は最後の力を振り絞って力走すると垣根に開いた穴をすり抜け、その姿は見えなくなってしまったのだった。
静寂と恐怖が訪れ動物たちは恐る恐る納屋に戻った。その時、犬たちが戻ってきた。最初は誰もこの恐ろしい怪物がどこから来たのかわからなかったがその謎はすぐに解けた。彼らはナポレオンが彼らの母親から取り上げ、こっそりと育てていた子犬たちだったのだ。まだ子供だというのに彼らは巨大でその恐ろしげな顔はまるで狼のようだった。彼らはナポレオンの傍らに控えた。よく見ると彼らがナポレオンに尻尾を振る様子はかつて他の犬がジョーンズ氏にそうしていたのとまるで同じだった。
ナポレオンは犬たちを引きつれメージャーがかつて演説をした時に立っていたのと同じ一段高い床に登った。彼は今この瞬間から日曜の朝の会議は取りやめると告げた。あれは不必要で時間の無駄だと彼は言った。これからは農場の労働に関わる全ての問題は彼が議長を務める豚たちによる特別委員会で審議すると言うのだ。特別委員会は非公開でおこなわれ、その後で彼らの決定が他の者に伝えられる。動物たちは旗を掲揚し「イングランドの獣たち」を歌うために引き続き日曜日の朝に集まりその週の指令を受けるがもはや議論はおこなわれない。
スノーボールの追放が彼らに与えた衝撃と同じくらい動物たちはこの告知に愕然とした。彼らのうちの数頭はもし上手く考えをまとめられれば抗議したことだろう。ボクサーでさえなにかがおかしいと思った。彼は耳を後ろに伏せて前髪を何回か振り、なんとか考えを整理しようとしたが結局は何も言えなかった。当の豚たちの何頭かはもう少し雄弁だった。前列にいた四頭の若い豚が反対の鋭い鳴き声をあげ四頭全員が跳ね起きると一斉にしゃべり始めた。しかしナポレオンの周りに座る犬たちが突然低い威嚇のうなり声を上げると豚たちは静かになって座りこんでしまった。その後、羊が大声で「四本足は善い。二本足は悪い。」とわめき始めた。それは十五分にも及び、ついに議論の余地は無くなってしまった。
その後、スクィーラーが新しい体制を他の者に説明するために農場中を回った。
「同志諸君」彼は言った。「ナポレオン同志が自ら余分な労働をかってでた自己犠牲に対してここにいる全ての動物が感謝していると私は信じている。同志よ、皆を指導することが楽しいなどと思わないでくれたまえ!反対に深くて重い責任がその身にのしかかってくるのだ。ナポレオン同志以上に全ての動物が平等であることを固く信じている者はいない。君たちが君たち自身でどうするのかを決定できれば彼はとても幸せだろう。しかしときどき君らは間違った決定をする。同志よ、そうなれば我々はどうなる?君たちがあの風車のたわ言のせいでスノーボールを支持したとしよう・・・今になってわかったことだが、スノーボールは犯罪者のようなものだったではないか?」
「彼は牛舎の戦いで勇敢に戦った」と誰かが言った。
「勇敢なだけでは十分でない」とスクィーラーは言った。「忠誠心と服従の心の方が重要だ。牛舎の戦いに関して言えばいずれそこでスノーボールが果たした役割が過大評価されていたと我々が気づく時が来るだろうと私は信じている。規律だ。同志諸君、鉄の規律だ!それこそが今の合言葉だ。一つの失敗で我々の敵は眼前に現れるのだ。同志諸君、まさかジョーンズに戻ってきて欲しいなどとは思ってないだろう?」
またしてもこの主張には誰も反論できなかった。確かに動物たちはジョーンズに戻ってきて欲しくなかったので、もし日曜の朝に議論をおこなうことが彼が戻ってくることにつながるのなら議論はやめるべきだった。今度はしっかり考える時間があったのでボクサーは感じたことを発言した。「ナポレオン同志がそう言ったのならそれは間違いない」。そのときから彼は口癖の「俺がもっと働けばいい」に加えてもう一つの言葉をよく言うようになった。「ナポレオンは常に正しい」。
その頃には季節も変わり、春の農作業が開始されていた。スノーボールが風車の設計図を描いていた小屋は閉ざされ床の設計図はこすれて消えたと思われた。日曜の朝の十時になると動物たちは大納屋に集まりその週の指示を受ける。メージャーじいさんのすっかり肉が消えた頭蓋骨が果樹園から掘り起こされ、旗ざおの根元の銃の横に安置されるようになっていた。旗の掲揚が終わると動物たちは列になって納屋に入る前に頭蓋骨の前を敬礼をして通り過ぎることを求められた。最近では彼らは以前のように一緒に座らなかった。ナポレオンとスクィーラー、そしてミニマスという名の歌と詩を作る特別な才能に恵まれたもう一頭の豚が演壇の最前席に座り、その周りを九頭の犬が半円を描くようにして囲んだ。その後ろに他の豚たちが座り、残りの動物たちは納屋の中央に彼らを前にして座った。ナポレオンが荒々しい軍人のような調子でその週の指示を読み上げ、「イングランドの獣たち」を一回歌うと動物は皆、解散するのだった。
スノーボールの追放から三回目の日曜日、やはり風車を建設するというナポレオンの通知を聴いて動物たちはとても驚いた。彼は考えを変えた理由を何も言わず、この余分な作業は大変な重労働で彼らの食料配給を減らす必要があるかもしれないと動物たちに警告しただけだった。ただし計画は既に細部に至るまで準備されていた。豚の特別委員会はこれまでの三週間、そのための作業をしており、さまざまな改良が施された風車の建設には二年の歳月を要することが見込まれていた。
その晩、スクィーラーは他の動物たちにナポレオンは実は風車に反対していなかったのだとに説明した。反対に最初に風車を考えついたのはナポレオンでスノーボールがふ卵器小屋の床に描いた設計図は本当はナポレオンの書類から盗まれたものであり、実際のところ風車はナポレオンのアイデアなのだと語った。誰かが「じゃあ、なぜあんなに強く風車に反対したんだ?」と尋ねるとスクィーラーは意味ありげな様子を見せ「それがナポレオン同志の狡猾なところさ」と言った。「彼はスノーボールを追放する策略のためだけに風車に反対する『振り』をしたんだ。スノーボールは危険人物で悪い影響を周りに与えていたからね。もうスノーボールはいなくなったのだから彼の影響を考えずに計画を進めることができるようになったんだ。」。これがタクティクス(戦術)と呼ばれる物だとスクィーラーは言った。「タクティクスさ、同志諸君、タクティクスなんだ!」。跳ね回り、陽気に笑いながら尻尾を振って彼は何回も繰り返した。動物たちはその言葉がどういう意味なのかよくわからなかったがスクィーラーの話には説得力があったし、たまたま彼と一緒にいた三頭の犬たちが脅すようにうなったので彼らはそれ以上の質問はせずにスクィーラーの説明を受け入れた。
第六章
その一年間、動物たちは奴隷のように働いた。しかし彼らには仕事も楽しかった。彼らは怠けることなく献身的に働いた。自分たちの労働は全て自分たち自身と自分たちの後に続く者の利益のためで、怠け者、盗人である人間たちのためではないということが分かっていたからだ。
春夏を通して彼らは週に六十時間も働いた。さらに八月になるとナポレオンは日曜日の午後も働くようにと告知した。この作業は完全に自主的なものだったが参加しなかった動物の食事は半分になった。そんな風にしてもどうしても完了しない作業が必ず見つかった。収穫は去年よりもいくらか少なかった。十分に耕し終わるのが間に合わず、二つの畑では初夏の種まきの時期にまくべきだった根菜の種をまけなかったのだ。次の冬が過酷なものになることは十分に予測できた。
風車では数々の予期せぬ困難に遭遇した。農場には良い石灰岩の採石場があったし、納屋で十分な量の砂とセメントが見つかったので建設に必要な材料は全て手にはいった。しかし問題は最初のうち動物たちが石をちょうどいい大きさに割ることができなかったということだった。石を割るためにはピックとバールを使うしかないように思われたが後ろ足で立つことのできる動物はいなかったので誰もピックとバールを使うことはできなかった。数週間の悪戦苦闘の末、誰かが重力の力を利用する方法を思いついた。そのまま使うには大きすぎる岩はまず採石場の地面に置かれる。つぎに動物たちはその周りにロープを結びつけ牛、馬、羊、どうしても必要なときには豚さえも参加してロープをつかむことのできる動物みんなで採石場の頂上に続く坂を絶望的な遅さで引っ張っていくのだ。そして採石場の頂上に到着すると崖から岩を落として砕くのだった。いったん砕いてしまえば石を運ぶのは比較的簡単になった。馬は荷車に積んで、羊はブロックを一つずつ引っ張ってそれぞれ運んだ。ミュリエルとベンジャミンですら古い二輪の荷車を着けて自分たちの担当分を運んだ。夏の終わりごろには十分な量の石が集められ豚の監督のもと建設が始まった。
しかし作業は大変で遅々として進まなかった。一つの岩を採石場の頂上に引っ張りあげるのに全力を振り絞っても丸一日かかることことがしばしばあったし、時には崖から落としても岩が砕けないこともあった。ボクサーがいなければ何もできなかっただろう。ボクサーの力は他の動物全てを合わせたのと同じくらいであるように思われた。岩が滑り落ち始め、動物たちが耐え切れずに岩に引っ張られて丘を引きずられていく時でも常にボクサーが力を込めてロープを引っ張って岩が滑り落ちるのを食い止めた。彼が着実に坂を登り、息がだんだん荒くなり、その蹄の先端が地面に食い込んで巨大なわき腹に汗が浮かぶのを見ると皆は驚きに包まれるのだった。クローバーはときどきがんばり過ぎないよう彼に忠告したがボクサーは彼女の言うことを聴こうとしなかった。全ての問題に対する彼の答えは彼の二つの口癖である「俺がもっと働けばいい」と「ナポレオンは常に正しい」で十分であるかのように見えた。彼は若い雄鶏に頼んで朝、三十分ではなく四十五分早く起きるようにした。そして今では少なくなってしまったちょっとした暇を見つけては一頭で採石場に行き、割れた石を集めると誰の助けも借りずに風車の建設予定地に引っ張っていった。
過酷な作業にも関わらず動物たちにとってその夏はそう悪いものではなかった。ジョーンズの頃に比べて食事が多いというわけではないにしろ少ないというわけでもなかった。食料は自分たちの分だけでよく、五人の無駄飯食らいの人間を養う必要がないという余裕が多くの失敗を補ってくれた。そして多くの点で動物たちの作業方法は効果的でより少ない労働で済んだ。例えば草取りのような仕事は人間にはできないような徹底ぶりでおこなわれた。また盗みを働く動物がいないため牧草地と畑を仕切る柵は不要で生垣と門を手入れするための多大な作業を省略することができた。しかし夏の終わりごろになるとさまざまな予期せぬ物資不足が起こり始めたことを彼らは感じた。パラフィンオイルや釘、紐、犬用のビスケットそして蹄鉄用の鉄、どれも農場では作ることのできないものだった。さらに種や人工肥料そしていろいろな農機具、最終的には風車用の機械類も必要だった。どうやってそれらを手に入れるのか誰も想像することすらできなかった。
日曜日の朝、動物たちが指示を受けるために集まるとナポレオンは彼が新しい政策を決定したことを告げた。今後、動物農場は近隣の農場と売買の契約を結ぶ。もちろん商業的な目的のためではなく必要不可欠な特定の物資を手に入れるためである。風車に必要なものは他のすべてに優先するのだと彼は言った。彼は既に一山の干し草と今年収穫した小麦の一部を売る手配を整えていた。もしさらに資金が必要な場合はウィリンドンの市場で卵を売って資金を作らなければならないという。雌鶏はこの犠牲を風車建設のための特別な貢献として喜んで受け入れなければならないとナポレオンは言った。
再び動物は漠然とした不安を感じた。人間と取引してはならない、売買の契約を結んではならない、金銭を使ってはならない・・・そういったことをジョーンズが追い出された後の勝利集会で最初に決議したのではなかったか?動物たちは皆、そういった決議を憶えていたし少なくとも自分たちは憶えていると思っていた。ナポレオンが会議を廃止した際に抗議した四頭の若い豚たちがこわごわ声を上げたが犬たちがすさまじいうなり声を上げるとすぐに静かになった。その時、いつものように羊たちが「四本足は善い。二本足は悪い。」と叫び始め、高まっていた緊張が解けた。最後にナポレオンが静かにさせるために足を上げ、既に全ての手配を終えていることを告げた。他の動物が人間と接触する必要はない。それは明らかにもっとも好ましくないことであった。彼は全ての負担を自分で背負うつもりだった。ウィリンドンに住む事務弁護士のウィンパー氏が動物農場と外の世界の間の仲介人として動くことに合意していて、毎週月曜日の朝にナポレオンの指示を受けるために農場を訪れることになっていた。ナポレオンは演説の終わりにいつものように「動物農場万歳!」と叫び、「イングランドの獣たち」を歌った後で動物たちは解散させられた。
その後、スクィーラーが農場を回って動物たちを安心させていった。彼は売買契約や金銭を使うことを禁じるような決議はされていないし、提案さえされていないことを動物たちに保証した。そんなものは純粋な想像の産物でおそらくはスノーボールによって流布された虚言だろうと言うのだ。動物たちの何頭かはそれでも最後まで疑問を感じていたが、スクィーラーは鋭く彼らに「それが君らの見た夢でないと確信できているのかね、同志諸君?そんな決議の記録をもっているのかね?どこかに書き記されているのかね? 」と尋ねた。確かに書き記したものはなかったので動物たちは自分たちが間違っていたということで落ち着いた。
毎週月曜日になると手配されていた通りにウィンパー氏が農場を訪れるようになった。彼は頬ひげを生やし狡猾そうな見かけをした男でとても小さな取引だけを扱う事務弁護士ではあったが、動物農場が仲介人を必要としていてその手数料がなかなかのものであるということに誰よりも早く気づく程度には有能だった。動物たちは彼が来るのを見ると恐怖のようなものに襲われできるだけ彼を避けるようにしていたが四本足のナポレオンが二本足のウィンパーに指示を出す光景は彼らのプライドを刺激し、新しい体制になんとなく折り合いをつけさせた。彼らと人間との関係はいまや以前と同じではなかった。ただし人間たちの動物農場への嫌悪は動物農場が栄えていた時と比べても少しも変わっていなかった。むしろ彼らは以前よりも動物農場を嫌っていた。人間たちは皆、遅かれ早かれあの農場は破綻するしあんな風車は絶対失敗するだろうと信じていた。彼らは酒場に集まってはあの風車は倒壊するに決まっているし、もし倒壊しなくても動かないであろうということを図まで描いて他の者に説明した。しかし彼らの思惑に反して動物たちは各自の作業を効果的にこなしていくことで一定の評判を得ていった。一つの兆候は彼らが動物農場をわざとマナー牧場と呼ぶことをやめ、その正しい名前で呼び始めたことだった。また彼らはジョーンズを擁護することもやめた。ジョーンズは農場を取り返す望みをあきらめ別の地方に移住してしまっていた。今のところウィンパーを通して以外は動物農場と外の世界の接触はなかったがナポレオンがフォックスウッドのピルキントン氏あるいはピンチフィールドのフレデリック氏と実際に事業契約を結ぼうとしているところだという噂は常にあった。ただし噂によると契約を結べるのはどちらか片方だけだった。
豚たちが農場の家屋に移動しそこで生活するようになったのはその頃だった。再び動物たちはそれを禁じる決議が最初の頃にされていたことを思い出し、再びスクィーラーがこれは何の問題もないことだと彼らを説得した。これは絶対に必要なことなのだと彼は言った。豚たちは農場の頭脳であり静かな作業場所が必要だし、単なる豚小屋ではなく家屋に住むことは指導者(最近では彼はナポレオンのことを話すとき「指導者」という呼び方をしていた)の尊厳を考えれば適切なことなのだと語った。しかし動物たちの一部は豚たちが台所で食事をとり客間を娯楽室として使うだけではなく、さらにはベッドで眠るということを聴いて困惑した。ボクサーはいつものように「ナポレオンは常に正しい!」と言って気にしなかったがクローバーはベッドを明確に禁じる決定を憶えており、納屋の突き当たりまで行くとそこに書かれている七つの戒律をなんとか解読しようとした。結局、自分では一文字以上読めないとわかると彼女はミュリエルを連れてきた。
「ミュリエル」彼女は言った。「私に四つ目の戒律を読んでちょうだい。ベッドで眠っていはいけない、というようなことが書かれていない?」
少し苦労しながらミュリエルはそれを読んだ。
「『動物はベッドで眠ってはならない。シーツを敷いては。』と書いてあるわね。」と彼女は告げた。
奇妙なことにクローバーは四つ目の戒律がシーツに言及していたことを憶えていなかった。しかし壁にそう書いてある以上、確かにそうだったに違いない。ちょうどその時、二、三頭の犬を連れたスクィーラーがそこを通りかかり、その問題全てに正しい説明をして見せた。
「同志諸君、君らは」彼は言った。「我々豚が家屋のベッドで眠っていることを聞いたのかね?そして疑問に思ったのだろう?以前ベッドを禁止する決定がされたはずなのにと思ったのではないかね?ベッドというのは単に寝る場所を意味するだけだ。獣舎の藁の山も正しくはベッドと見なされるね。この規則は人間の考案したシーツというものを禁止しているんだ。我々は家屋のベッドからシーツを取り除き毛布にくるまって眠っている。ベッドは非常に快適だ!しかし現在我々がおこなわなければならない全ての頭脳労働を勘案すれば快適すぎるということはないね。君らは我々から休息まで奪ってしまう気ではないだろう同志諸君?君らは我々が果たすべき義務で疲れ果ててしまうことを望んでないだろう?まさかジョーンズに戻ってきて欲しいとは思っていないだろう?」
この点では動物たちは彼をすぐに安心させ、もう豚たちが家屋のベッドで眠ることに対してなにも言わなくなった。さらにその何日後かにこれから豚は他の動物よりも朝、一時間遅く起きるという告知がされたときもそれに対する不満は一切でなかった。
秋になり動物たちは疲れきっていたが幸福だった。彼らは厳しい一年を過ごしていた。干し草ととうもろこしの一部を売った今、冬の食料は十分とは言えなくなっていたが風車が全てを補ってくれていた。その風車はといえばほぼ半分まで建設が終わっていた。収穫の後、よく晴れた天気が続いたので動物たちは以前にも増して精をだして働いた。一日中、石の塊を持って動き回ることが一番重要なことでそうすればもう一フィート[1]壁を高くできるのだと考えていたのだ。ボクサーなどは夜になってもやってきて中秋の月の光の下で一、二時間の間、自主的に働いていた。休憩時間には動物たちは半分までできた風車の周りを何度もまわっては壁のまっすぐな具合や頑丈さをほめたり、こんなにも立派な物を自分たちが建設できたことに驚いたりしていた。そんな中、ただ一頭、ベンジャミンだけは風車に夢中にならずにいつものように、ロバは長生きなんだ、と謎の言葉を言うだけだった。
猛烈な南西風と共にに十一月が来た。セメントを混ぜるには湿気が多すぎるため建設はいったん中止しなければならなかった。夜が来ると強風が吹き荒れ、農場の建物は土台の上で揺れ動き、何枚かのタイルが納屋の屋根から吹き飛ばされた。その物音を聞いた雌鶏は遠くで銃声が聞こえた夢を見て恐怖の悲鳴をあげて飛び起きた。朝になり動物たちが獣舎から出てみると旗ざおは風で倒れ、果樹園のふもとのニレの木が二十日大根のように引き抜かれてしまっていた。その時、動物たち全員の口から絶望の叫び声があげられた。その目には恐ろしい光景が映し出されていた。風車が破壊されていたのだ。
彼らはいっせいに風車に駆けていった。めったに駆け足にならないナポレオンが彼らの先頭を走っていった。確かに風車は倒れていた。彼らの悪戦苦闘の成果であり、土台として水平に積み上げ、大変な労働で砕き、運んだ石はそこらじゅうにまきちらされていた。誰も一言も発することができずに立ち尽くし、崩れ落ちて散乱した石を悲しげに見つめた。ナポレオンはときどき地面を嗅ぎながら沈黙したまま周囲を歩き回った。彼の尻尾はしだいに緊張しながら左右に振られ、彼の精神状態の緊張を表しているようだった。突然、彼は何かを決意したように止まった。
「同志諸君」彼は早口に言った。「この事態が誰のせいかわかるかね?夜中に現れ、我々の風車を打ち壊した敵がわかるかね?スノーボールだ!」。彼は突然大声で叫んだ。「スノーボールがこれをやったのだ!悪辣にも我々の計画を妨害し、不名誉な追放に対する復讐を企んであの裏切り者は闇に乗じて忍び込み我々の一年近い労働の成果を破壊したのだ。同志諸君、いまここでスノーボールに対する死刑宣告を言い渡す。奴に正義を執行した動物には『動物英雄勲二等』と半ブッシェルのりんごを与える。生きたまま奴を捕らえた者には一ブッシェル与えるぞ!」
動物たちはスノーボールがこのような罪を犯したことを知り、計り知れないほどの衝撃を受けた。怒りの叫び声があがり、皆、スノーボールが戻ってきた場合に彼を捕まえる方法を考え始めた。その後すぐに丘から少し離れた草の上で豚の足跡が見つかった。足跡は数ヤードで消えてしまったが生垣の穴に続いているように見えた。ナポレオンは足跡を十分に嗅ぎまわりそれがスノーボールのものであると断言した。彼は、どうやらスノーボールはフォックスウッド農場の方向から来たように思われる、と語った。
「同志諸君、もはや一刻の猶予もない!」ナポレオンは足跡を調べ終わると叫んだ。「果たさなければならない仕事がある。この朝から我々は風車の再建を開始し、天候に関わらず冬の間に建設を完了しよう。我々であの哀れな裏切り者にそう簡単に我々の仕事を止めることはできないということを教えてやろうではないか。その日まで働き続けようではないか。前進だ、同志諸君!風車万歳!動物農場万歳!」
^1フィート:30.48 センチメートル
第七章
厳しい冬だった。嵐の季節が過ぎるとみぞれと雪がそれに続き、二月になるまで解けずに硬く凍りついた。動物たちはできる限りの力を振り絞って風車の再建に取り組んだ。彼らは外の世界が自分たちを注視していることや風車が予定通りに完成しなければ自分たちを妬む人間が喜んで勝利を宣言するだろうことを良く知っていた。
動物たちへの敵意から人間たちは風車を破壊したのがスノーボールであることを信じようとしなかった。彼らは、壁が薄すぎたせいで風車が崩れ落ちたのだ、と言った。動物たちはそんなはずは無いとわかっていたが前回は十八インチ[1]だった壁の厚さを今度は三フィートにすることに決めた。それはつまりもっとたくさんの石を集める必要があることを意味していた。長い間、採石場には大量の雪が積もっていたので何もできなかった。乾燥した寒い天気が来てようやく作業は進みだしたが作業は過酷で動物たちは以前のように幸福な気持ちにはなれなかった。常に寒く、空腹だったがボクサーとクローバーだけが意欲を失っていなかった。スクィーラーは奉仕の喜びと労働の尊厳についてすばらしい演説をおこなった。しかし他の動物たちを鼓舞したのはボクサーの力強さと彼の変わらぬ「俺がもっと働けばいい!」という叫び声だった。
一月になり食料が足りなくなってきた。とうもろこしの配給は大きく減り、それを補うためにじゃがいもの配給が増やされることが告知されたが、その時になって山積みになっているじゃがいもの大部分が凍りついてるのが発見された。十分な覆いがされていなかったのだ。じゃがいもは柔らかくなったうえ変色しており、食べられる状態のものはほんの少しだった。何日も動物たちは切りわらと砂糖大根しか食べられなかった。飢餓が目前に迫っていた。
この事実は外の世界に対してはどうしても隠す必要があった。風車が崩壊したことに力を得て人間たちは動物農場に関する新しいでたらめを口するようになっていた。全ての動物が飢餓と疫病で死にかけているだとか常にお互い争っていて共食いと子殺しが蔓延しているといった噂が再び流された。ナポレオンは食糧事情についての事実が知れ渡った場合にその後に起こるであろう悪い結果について十分に気づいており、ウィンパー氏を使ってまったく反対の話を広めようと決めた。これまで動物たちはウィンパーが毎週訪ねてくる際に彼と少ししか接触していなかったか、あるいはまったく接触がなかった。しかし今では羊を中心とした少数の選ばれた動物たちにウィンパーが聞こえるところでさりげなく食料が増え続けているという発言をするように指導がされていた。さらにナポレオンは倉庫にあるほとんど空になった木箱の縁のあたりまで砂を入れさせ、穀物や他の食料でその上を覆うように命じた。そのうえで適当な口実をつけてウィンパーを倉庫に入らせてその木箱を目にする機会を与えたのだった。彼はまんまと騙され外の世界に動物農場では食料不足は起きていないと報告し続けた。
とはいっても一月の終わりが近づくにつれてどこからかいくらかの穀物を調達する必要があることが次第に明らかになっていった。その頃にはナポレオンはめったに皆の前に姿を現さず全ての扉を恐ろしげな犬が守る農場の家屋の中で一日の大半を過ごしていた。彼が姿を現すのは式典の時だったが彼はすぐ近くを囲む六頭の犬にエスコートされ誰かが近づきすぎるとその犬たちがうなり声をあげた。彼は日曜の朝でさえ姿を見せないことが頻繁になっていたが彼の命令は他の豚、大抵はスクィーラーを通じて出し続けられていた。
ある日曜の朝、スクィーラーは再び卵を産める状態になっている雌鶏たちに彼女たちの卵を引き渡すように告げた。ナポレオンはウィンパーを通じて週に四百個の卵を売る契約にサインをしていた。その金額は夏になるまで農場が持ちこたえられるだけの十分な穀物と食料をまかなえるものでそれによって今の状態が少しはましになるはずだった。
それを聞いた雌鶏たちは激しい抗議の声をあげた。彼女たちはそういった犠牲が必要になるかもしれないと最初の頃に忠告されていたが実際にそんなことが起きるとは思っていなかったのだ。彼女たちは春に向けて卵を産んだばかりで今、卵を持ち去るのは殺すのと同じことだと抗議した。ジョーンズの追放以来、初めて反乱のようなことが起きていた。三羽の若いブラックメノルカ種の雌鶏に先導され雌鶏たちはナポレオンの望みを断固として阻止することを決めた。彼女たちは梁まで飛び上がりそこで卵を抱くことにした。卵のいくつかは床に落ちて割れてしまった。ナポレオンは迅速かつ無慈悲に行動した。彼は雌鶏の食糧配給を停止するよう命じ、雌鶏にとうもろこしなどの穀物を与えた動物は死刑に処すと定めた。犬たちはそれらの命令が守られているかどうか見て回った。五日間、雌鶏たちは耐えたが結局は降伏して自分の巣箱に戻った。その間に九羽の雌鶏が死んだ。遺体は果樹園に埋められ皆には彼女たちはコクシジウム症[2]によって死んだと告げられた。ウィンパーはこの出来事について何も聞かされなかった。卵は予定通り提供され食料品商の荷車がそれを引き取りに週一回、農場に来るようになった。
こういった出来事の間でもスノーボールの姿を見た者は誰もいなかった。彼は隣の農場のフォックスウッドかピンチフィールド、どちらかに隠れていると噂されていた。ナポレオンはこの頃には他の農場と以前よりも少しばかりましな関係を築けていた。それはぶなの林が切り開かれてから十年もの間、庭に積まれたままになっていた材木の山が発端だった。材木はよく乾燥していてウィンパーはナポレオンにそれを売ることを勧めた。ピルキントン氏とフレデリック氏の両方がぜひともそれを買いたいと言い、ナポレオンは両者のどちらに売るか決めかねていた。気をつけて見ていると彼がフレデリックと契約を結ぼうと思っているときにはスノーボールがフォックスウッドに隠れていると宣言され、反対にピルキントンに気持ちが傾いているときはスノーボールはピンチフィールドに居ることになっていた。
それは春先のことだった。突然、驚くべきことが発見された。スノーボールが密かに夜中、農場を訪れているというのだ!動物たちは眠ることもできないほど不安になった。スノーボールは毎晩、闇に紛れてやって来てあらゆる悪事を働いているという話だった。彼はとうもろこしを盗み、ミルクの樽をひっくり返し、卵を叩き潰し、苗床を踏みにじり、果樹の樹皮をかじりとっているというのだ。いつでも何か悪いことが起きるとそれはスノーボールのせいになった。窓が割れたり排水管が詰まると誰ともなくスノーボールが夜中にやってきてやったんだ、と言った。また倉庫の鍵がなくなった時も農場全体がスノーボールが井戸に投げ込んだのだと確信した。奇妙なことに置き忘れた鍵が食料の袋の下から見つかった後も彼らはずっとそれを信じていた。牛たちは皆、スノーボールが彼女らの獣舎に忍び込み彼女らが眠っている間にミルクを絞っていると断言した。冬の間に彼らを悩ませたねずみも実はスノーボールと同盟を結んでいるのだということになっていた。
ナポレオンはスノーボールの活動を徹底的に調査する必要があると宣言した。彼は犬たちを引き連れて注意深く農場の建物を調べて回り、その後を距離を置いて他の動物が付いていった。数歩ごとにナポレオンは立ち止まりスノーボールの足跡を探すために地面を嗅ぎまわった。自分はにおいでスノーボールの足跡がわかるのだと彼は言った。彼は全ての曲がり角、納屋、牛舎、鶏小屋、菜園を嗅ぎまわり、ほとんどの場所でスノーボールの痕跡を見つけ出した。自分の鼻を地面に押し付け、何度か深くにおいを嗅ぐと恐ろしい声で「スノーボールはここにいた!はっきりとにおいが残っている!」と叫ぶのだ。「スノーボール」という出てくるたびに犬たちは皆、牙をむき出して血も凍るようなうなり声をあげた。
動物たちは怯えきっていた。まるでスノーボールは空気中を広まる目に見えない疫病かなにかで、あらゆる種類の危険を及ぼす物のように思われた。夜になるとスクィーラーが皆を集め警戒するような表情を浮かべながら自分が聞いたある深刻な知らせについて話した。
「同志諸君!」。スクィーラーは神経質に歩き回りながら叫んだ。「なんとも恐ろしいことが判明した。スノーボールはピンチフィールド農場のフレデリックに自分を身売りした。奴らは今頃、我々を襲撃して農場を奪おうと計画を立てているだろう。襲撃が始まればスノーボールはフレデリックの案内役をするはずだ。しかしそのことよりももっと悪い知らせがある。我々はスノーボールが反乱に参加したのは単に奴の虚栄心と野心のためだと考えていた。しかしそれは間違いだった。同志諸君。本当の理由がわかるだろうか?最初からスノーボールはジョーンズと結託していたのだ!奴はずっとジョーンズの秘密諜報員だったのだ。これらは奴が残していった書類に書かれていたことだ。それを今さっき我々は発見したのだ。これによって多くのことに説明がつく。同志諸君。奴が牛舎の戦いでいかにして我々を不利な状況に追い込み損害を与えようとしたか・・・それは幸運にも成功しなかったが・・・わかるかね?」
動物たちは呆然とした。これはスノーボールによる風車の破壊以上の所業だった。しかし彼らがそれを完全に信じるまでには少し時間がかかった。彼らは全員、牛舎の戦いでスノーボールが皆の先頭に立って攻撃に参加しているところを見ていたし、彼がいつも皆を元気づけ励ましてくれたことやジョーンズが撃った散弾で背中に傷を負っても止まろうとはしなかったことを憶えていたからだった。これらの事実と彼がジョーンズの手先であるという事実を結びつけることは難しかった。疑問を口にすることはなかったがボクサーでさえ困惑していた。彼は横になると前足を折りたたみ、目を閉じて考えをまとめようと努力した。
「信じられない」と彼は言った。「スノーボールは牛舎の戦いで勇敢に戦った。この目で見たんだ。だから『動物英雄勲一等』をあの後すぐに彼に与えたんじゃないか?」
「あれは我々の間違いだった。同志よ。我々が見つけた秘密書類に書かれていてわかったことだが本当は奴は我々を破滅させようとしていたのだ。」
「しかし彼は怪我をしていた。」ボクサーは言った。「彼が血を流しながら走りまわっていたところをみんな見ている。」
「それも計画の一部だったんだよ!」スクィーラーが叫んだ。「ジョーンズの撃った弾は奴をかすめただけだったんだ。奴の書類を読めば明らかなことだ。もし君が読めればの話だがね。スノーボールの計画では決定的な場面に戦場を離れるという合図を敵にするはずだったんだ。そして奴はそれにほとんど成功しかけていた。同志諸君。もし英雄的指導者である同志ナポレオンがいなければ奴は成功していたといってもいいだろう。ジョーンズと奴の下男たちが庭に侵入してきた瞬間、スノーボールが突然逃げ出し多くの動物がそれに続いたことを君は憶えていないのか?パニックが広がって全てが失われそうになったその瞬間に同志ナポレオンが『人間たちに死を!』と叫んで突進しジョーンズの足に牙を突き立てたことを君たちは憶えていないのか?そんなはずはない。憶えているはずだろう。同志諸君?」。左右に跳ね回りながらスクィーラーは叫んだ。
スクィーラーがその場面をありありと語ると動物たちはなんだかそんなことがあったような気がしてきた。ともかく戦いの決定的な場面でスノーボールが逃げ出したというのは確かそうだ。しかしボクサーはまだ納得していないようだった。
「スノーボールが最初から裏切っていたなんて信じられない。」ついにボクサーは言った。「彼がこれまでやってきたことはともかく牛舎での戦いでの彼は良き同志だった。」
「我々の指導者である同志ナポレオンは」スクィーラーはとてもゆっくりと確固とした口調で告げた。「スノーボールが一番初めからジョーンズの手先だったと断定した・・・断定だ、同志。そうとも反乱のずっと以前からだ。」
「ああ、誤解しないでくれ!」ボクサーが言った。「同志ナポレオンがそう言ったのならそれは正しいに違いない。」
「それは正しい心がけだ、同志!」スクィーラーは叫んだ。しかし彼はその小さなよく光る目でボクサーをにらむ様にして見つめていた。彼は立ち去ろうとしたが立ち止まってこう付け加えた。「この農場の動物、皆にしっかりと目を見開いているよう警告しておこう。今この瞬間にも複数のスノーボールの秘密諜報員が我々の中に潜んでいるという確かな証拠を我々は持っている!」
四日後の午後、ナポレオンは全ての動物たちに庭に集まるように命令をだした。彼らが全員集まるとナポレオンは家屋から姿を現した。彼は二つの勲章(彼はつい最近、自分自身に「動物英雄勲一等」と「動物英雄勲二等」を贈っていた)を着け、動物たちの背筋をぞっとさせるようなうなり声をあげながら彼の周りを跳ね回る九頭の犬を引き連れていた。動物たちは皆、自分の場所に縮こまり何か恐ろしいことが起きつつあることを予感していた。
ナポレオンは厳しい表情で聴衆を見回しながら立ちあがるとかん高い鳴き声をあげた。ただちに犬たちが四頭の豚の耳を引っ張りながらナポレオンの足元に進み出た。豚たちは痛みと恐怖のあまり金切り声をあげていた。その耳は破れ、犬たちは流れ出した血を舐めていて、まるで狂ってしまったかのように見えた。驚いたことにそのとき犬たちのうちの三匹がボクサーに向かって飛び出した。ボクサーは彼らが向かってくるのを見ると巨大な蹄を持ち上げ空中で犬を受け止めると地面に押さえつけた。押さえつけられた犬は許しを請うように金切り声をあげ、他の二頭は尻尾を巻いて逃げ出した。ボクサーは犬を踏み殺すべきか放してやるべきかを知るためにナポレオンを見た。ナポレオンが血相を変えて犬を放すようにボクサーに鋭く命じたのでボクサーが足を持ち上げると犬は傷だらけになってうなりながら逃げ出した。
混乱が収まり、四頭の豚は震えながら自分たちの自白が書かれた調書を持って待った。ナポレオンは彼らに自分たちの罪を自白するよう呼びかけた。彼らはナポレオンが日曜の会議を廃止した時に抗議したのと同じ四頭の豚だった。特に抵抗することもなく彼らは自分たちがスノーボールの追放以来、彼と秘密裏に接触を続けてきたこと、風車の破壊で彼と共謀したこと、動物農場をフレデリック氏に手渡すという協定を彼と結んでいたことを自白した。さらに彼らはスノーボールが自分は何年も前からジョーンズの秘密諜報員であったことを彼らに認めたということも付け加えた。彼らの自白が終わると犬たちがただちに彼らののど笛を食い破り、ナポレオンは恐ろしい声で他の動物たちも自白すべきことがあるのではないかと尋ねた。
その時、卵をめぐる反乱の首謀者だった三羽の雌鶏が前に進み出てスノーボールが彼女らの夢に現れナポレオンの命令に背くようにそそのかしたのだと述べた。彼女らも皆、殺された。次に一羽のあひるが前に進み出て昨年の収穫のときに六本の小麦の穂を着服し夜中に食べたことを告白した。その次は一頭の羊でスノーボールにそそのかされて(彼女はそう言った)飲み水用の溜め池に小便をしたことを告白し、他の二頭の羊はナポレオンの特に熱心な信奉者であった年寄りの雄羊を彼が咳で苦しんでるときにかがり火の周りを何周も追い回して殺したことを告白した。彼らは皆、その場で殺された。告白と処刑は死体の山がナポレオンの足元に積みあがり、空気が血のにおいでいっぱいになるまで続いた。それはジョーンズの追放以来、誰も体験したことのないものだった。
全てが終わると豚と犬を除く残った動物たちは群れになって静かにその場を立ち去った。彼らは動揺し、みじめな気持ちだった。スノーボールと結託していた動物たちの裏切りとつい先ほど目撃した残酷な処刑のどちらも彼らにはショックだった。かつても同じように恐ろしい殺害の場面を目にすることはしばしばあった。しかしそれと比べても今回彼らの身に起こったことはひどかった。ジョーンズが農場を去ってから今日まで他の動物を殺した動物はいなかった。ねずみでさえ殺されなかったのだ。彼らは半分出来上がった風車が立っている小さな丘へと足を向けた。そしてあたかもお互いを暖めあうかのように皆で寄り合って横になった。クローバー、ミュリエル、ベンジャミン、牛たち、羊たちそしてあひると雌鶏の群れ・・・ナポレオンが動物たちに集合を命じる直前に突然姿を消していた猫を除く全員がいた。しばらくは誰も何も話そうとしなかった。ボクサーだけは立ったままだった。彼はその黒く長い尻尾を左右に振り、ときどき驚いたようないななき声をあげながら落ち着かない様子で歩き回っていたがとうとう口を開いた。
「俺にはまったく理解できない。こんなことが俺たちの農場で起きるなんて信じられないよ。俺たちが何か失敗をやらかしたせいに決まっている。俺にわかるのはもっと働けばいいってことだ。これからは俺はまる一時間は早く朝起きなきゃならない。」
そう言うと彼は重い足どりで採石場に向かい、そこで石を二山ほど集めると夜遅くまで風車に運び続けた。
動物たちは黙ってクローバーの周りに集まっていた。彼らが横になっている丘からは田園の風景が遠くまで見渡せた。動物農場のほとんどが彼らの目に映った。街道まで続く牧草地、干し草畑、雑木林、飲み水用の溜め池、若い麦が青々と茂る耕された畑、農場の建物の赤い屋根とその煙突から吐き出される煙。晴れた春の夕べだった。芝生と生い茂った生垣は水平線に沈もうとする太陽に照らされ金色に輝いていた。農場が・・・それが自分たちの農場であり、その隅々まで自分たちの所有物であるという驚きとともに・・・これほどにも望ましい場所に見えたことは今まで無かった。クローバーは丘陵を目に涙をためて見下ろした。彼女が自分の考えを言葉できたならば、これは私たちが何年も前に人間たちを打ち倒した時に目指したものではない、と言っただろう。あの恐ろしい虐殺の光景はメージャーじいさんが初めて彼女たちを反乱というものに目覚めさせた時に彼女たちが望んだものではなかった。彼女自身の持っていた未来像は鞭と飢えから解放された動物たちの社会、皆が平等で各自が各自の能力に応じて働き、ちょうどメージャーが演説した夜に彼女が迷子のあひるの雛をその前足で守ったように強い者が弱い者を守るという世界だった。それとは反対に(彼女にはそれがなぜかわからなかったが)実現されたものは誰も自分の考えを話そうとはせず、獰猛にうなる犬がいたるところをうろつき、衝撃的な罪の告白をした同志のばらばらに引き裂かれた姿を目にしなければならない世界だった。反乱や不服従という考えは彼女の頭にはなかった。たとえ現状がこうなってしまってもジョーンズがいた頃に比べればはるかにましだったし、なによりもまず人間たちの復活を阻止する必要があった。なにが起ころうと彼女は誠実で、熱心に働き、彼女に与えられた命令を果たしてナポレオンの指導体制を受け入れてきた。しかしそれは彼女や他の者たちがそう望み、そのために努力したからではなかった。風車を建てるためでもジョーンズの銃の弾丸に対抗するためでもなかった。彼女の考えるところでは、それは彼女に言いたいことを表現するだけの言葉がなかったからだった。
彼女は今の気持ちを言い表すことができずその代わりに「イングランドの獣たち」を歌いだした。彼女の周りに座っていた他の動物たちもそれに続き、彼らは三回続けてそれを歌った。歌は今までにないほど美しい旋律でゆっくりと悲しげに歌われた。
彼らが三度目を歌い終わるのとスクィーラーが二匹の犬を連れて何か重要なことを言いたげに近づいてきたのは同時だった。同志ナポレオンの命令により「イングランドの獣たち」は廃止されることになった、と彼は告げた。今後、「イングランドの獣たち」を歌うことは禁止されると言うのだ。
動物たちは不意のことに驚いた。
「なぜ?」ミュリエルが叫んだ。
「もう必要ないからだよ、同志」とスクィーラーは堅い口調で言った。「『イングランドの獣たち』は反乱の歌だ。しかし今や反乱は達成された。今日の午後におこなわれた裏切り者の処刑が最後の仕上げだったのだ。外と内、両方の敵が敗北したのだ。『イングランドの獣たち』で我々はいずれ到来するであろう我々の切望するより良い社会を表現した。しかしその社会は今や確立されたのだ。この歌がもはや不要なことは明らかだ。」
彼ら自身も驚いたことに動物たちの一部はこれに抗議の声をあげた。しかしその瞬間、羊たちがいつもの「四本足は善い。二本足は悪い。」の叫びを始め、数分間それを続けて議論を終わらせた。
「イングランドの獣たち」の音色はもはや聞かれることはなく、その役職にあるミニマスによって別の歌が作られた。その歌はこんな風に始まった。
動物農場 動物農場
私は決して汝に害をなさないだろう!
この歌は毎週日曜の朝、旗の掲揚の後に歌われた。しかし、その歌詞も曲も「イングランドの獣たち」には到底及ばないもののように動物たちには思われた。
^1インチ:2.54センチメートル
^コクシジウム症:寄生虫を原因とする感染症
第八章
数日後、処刑による恐怖がおさまると動物たちの中に六番目の戒律が「動物は他の動物を殺してはならない。」であったことを思い出した・・・あるいはそう記憶している者が出てきた。そのことを豚や犬たちに聞こえる場所で言おうとする者はいなかったがあの虐殺はその戒律と矛盾するように思われた。クローバーはベンジャミンに六番目の戒律を読んでくれるように頼んだ。ベンジャミンはいつものようにそんな面倒事に関わるのはごめんだ、と拒絶したので彼女はミュリエルを引っ張り出した。ミュリエルは彼女にその戒律を読んでくれた。そこには「動物は他の動物を殺してはならない。理由なくして。」と書かれていた。どうしたことか最後の一文は動物たちの記憶からはすっぽり抜け落ちていた。とにかく戒律が犯されていないことは明らかになったのだった。裏切り者を殺す適切な理由は明らかにあった。彼らはスノーボールと結託していたのだ。
その一年、動物たちはその前の年と同じくらい懸命に働いた。風車の再建では壁の厚さは前の二倍にも達し、普段の農場の作業をおこないつつ再建を予定の期限までに終わらせるのは途方もない重労働だった。ジョーンズの頃と比べても労働時間が長く、食べ物が粗末であると動物たちが感じる時もあった。日曜の朝にはスクィーラーが長い紙を手に持ち、各食料品目の生産量が二百パーセント、三百パーセント、あるいは五百パーセントも増えたことをそこに書かれた表から読み上げた。動物たちには彼の言うことを疑う理由が無いように思われた。革命の前の状態がどんなものだったのかもうはっきりとは思い出せなくなってからは特にそうだった。しかしそれでも表の数字は少なくていいからもっと食べ物が多い方がいいと思う時もあった。
今では全ての命令はスクィーラーか他の豚によって出されていた。ナポレオン自身は二週間に一回ほどしか皆の前に姿を現さず、姿を現すときは従者の犬と黒い雄鶏を連れていた。この雄鶏は彼の前を歩きながらトランペット役を務め、ナポレオンが話し始める前には「コケコッコー」と大音量で鳴くのだった。農場の家屋の中でさえナポレオンは他の者とは隔てられた場所で寝起きしていた。彼は二頭の犬をそばに待機させて客間のガラス食器棚にあったクラウンダービー[1]のディナー食器を使って一頭で食事をした。またナポレオンの誕生日には他の二つの記念日と同様に毎年、祝砲を撃つようにという告知がされた。
ナポレオンはもはや単に「ナポレオン」と呼ばれることはなかった。彼のことを話すときは常に格式ばった「我らの指導者である同志ナポレオン」という呼び名が使われた。さらに豚たちは「全ての動物の父」、「人間にとっての恐怖」、「羊の群れの守護者」、「あひるの子の友」など彼の新しい敬称を考えだすのが好きだった。スクィーラーは演説の中で涙ながらにナポレオンの精神の気高さと思慮深さ、そして全ての動物、とりわけいまだに無知で奴隷的生活にある他の農場の不幸な動物に対する彼の深い愛情について語った。成功裏に達成されたことや幸運な出来事はすべてナポレオンのおかげであるということになった。雌鶏が他の雌鶏に「我らの指導者である同志ナポレオンの指導のおかげで六日間に五個も卵を産むことができたわ」と語る言葉や、二頭の牛がため池で水を飲みながら「こんなに素晴らしい水を飲めるなんて、同志ナポレオンの指導力に感謝せねば」と叫ぶのがしょっちゅう聞こえるようになっていた。農場のそういった雰囲気はミニマスによって作られた同志ナポレオンという題名の詩に上手く表現されていた。それはこんな風だった。
みなしごの友!
幸福の泉!
残飯バケツの主!ああ、汝の穏やかで頼もしい
まるで空の太陽の様なその眼を見ると
私の魂は燃え上がる
同志ナポレオン!
汝の愛す者たちに全てを与える者
一日に二度の満腹、清潔な藁に寝転がる
大きな者も小さな者も
全ての獣が安らかに眠れるのは
汝が全てを見張っているおかげ
同志ナポレオン!
子豚を産んだなら
その子は成長して
一パイントびんや麺棒の大きさになる前に
汝に忠実で誠実であることを学ばなければならない
そう、その子の最初の一言はこうだ
「同志ナポレオン!」
ナポレオンはこの詩を気に入り、大納屋の七つの戒律の向かいの壁に書かせた。さらにその詩の上にはスクィーラーによって白いペンキでナポレオンの横顔の肖像画が描かれていた。
そんな中、ナポレオンはウィンパーの仲介でフレデリックとピルキントンを相手に込み入った交渉をおこなっていた。材木の山はいまだに売られていなかったのだ。二人の中ではフレデリックの方が材木を欲しがっていたがなかなか良い値段を申し出ることができなかった。同じ頃、新しい噂が広まりだしていた。噂によるとフレデリックとその下男たちが動物農場を襲撃し風車を破壊しようと計画しているというのだ。風車の建設が彼に強烈な嫉妬心を生み出したという話だった。スノーボールはまだピンチフィールド農場に逃げこんでいると思われていた。夏の中頃、動物たちは三羽の雌鶏が前に進み出てスノーボールにそそのかされてナポレオン暗殺の計画を練っていた、と自白するのを聞いて驚いた。彼女たちは即刻処刑されナポレオンの安全を守るための新しい警戒態勢がとられた。夜も四頭の犬が彼のベッドのそれぞれの角で警戒し、毒を盛られた場合に備えてナポレオンが食べる前にその全ての食事の毒見をする役目がピンクアイという名の若い豚に与えられた。
同じ頃、ナポレオンは材木の山をピルキントン氏に売るように手はずを整えた。さらに彼は動物農場とフォックスウッド農場の間で特定の品目についての正式な契約を結ぶつもりでいた。ナポレオンとピルキントンの関係はウィンパーを通じてしかなかったにも関わらず今では友好的といってよかった。動物たちは人間であるピルキントンを信用していなかったが彼らが恐れ、憎んでいたフレデリックに比べればずっとましだった。夏が過ぎるとともに風車は完成に近づき、裏切り者による襲撃が迫っているという噂は日増しに強くなっていった。フレデリックは動物たちに対抗するために銃で完全装備した二十人の男を連れて来るつもりだとか、動物農場の不動産権利書を手に入れたときに文句をつけられないように既に判事と警官に賄賂を贈っているだとかいったことが囁かれていた。さらにはフレデリックが自分の動物におこなっている残酷な行為についての恐ろしい話もピンチフィールド農場からはもれ聞こえていた。彼は年老いた馬を鞭で打ち殺し、牛を飢えさせ、犬をかまどに投げ込んで殺し、夜には鶏の足にかみそりの刃を結びつけ、闘わせて楽しんでるというのだ。彼らの同志におこなわれるそういった行為のことを聞くと動物たちの血は怒りで煮え立った。彼らは何度も人間を追い出して動物たちを解放するために遠征してピンチフィールドを攻撃することを許して欲しいと要求した。しかしスクィーラーは性急な行動は慎み、同志ナポレオンの戦略を信頼するようにと動物たちに説いた。
しかしフレデリックに対する敵意は高まり続けていった。ある日曜日の朝、ナポレオンは納屋に現れ材木の山をフレデリックに売るつもりは金輪際ない、と説明した。あのような悪党と取引をおこなうことは自分の尊厳に反することだと彼は言った。あいかわらず革命の知らせを広めていた鳩たちはフォックスウッドの土地に降り立つことを禁じられ、「人間に死を」という彼らの以前のスローガンの代わりに「フレデリックに死を」というスローガンを落とすよう命じられた。夏の終わりごろにはまた別のスノーボールの陰謀が明らかになった。小麦畑は雑草でいっぱいになっていたが、実は夜、忍び込んだ時にスノーボールが雑草の種を作物の種に混ぜていたことがわかったのだ。計画に内通していた見張り役は自分の罪をスクィーラーに自白し、その後すぐにベラドンナ[2]の実を飲み込んで自殺した。動物たちの間では(かつて自分たちがそう信じていたのとは異なり)スノーボールは「動物英雄勲一等」の勲章など授与されていないことになっていた。それは牛舎の戦いの後でスノーボール自身が広めた単なる作り話なのだ。そんな華々しさとは程遠く、戦いで臆病風に吹かれたことで彼は非難されていたという話になっていた。以前と同様、動物の一部は困惑しながらこの話を聞いたが、スクィーラーはすぐに彼らの記憶の方が間違っているのだと彼らを説き伏せることができた。
秋になった。収穫作業とほとんど同じ時期だったせいもあって皆、疲れきっていたもののすさまじい努力によって風車の建設は終了した。まだ機械類は設置されておらず、ウィンパーがその購入のための交渉にあたっていたが建物は完成していた。未経験、貧弱な道具、不運、そしてスノーボールの裏切り。数々の熾烈な困難にも関わらず作業はまさに予定通りの日に終了した。疲労困憊しながらも誇らしげに動物たちは自分たちの傑作の周りを何度もまわった。彼らの目にはそれは一番最初に建てたものよりも美しく見えた。もちろん壁は以前の二倍は厚かった。今度は爆弾でも使わない限り倒すことはできないだろう!自分たちがどれだけの労働をしたか、どれだけの困難を打ち負かしたか、そして風車の羽が回りだし、発電機が動き始めたたらどれだけ生活が変わるか・・・それら全てを思うと疲労は吹き飛び、彼らは風車の周りを勝利の叫びをあげながら跳ね回った。ナポレオンも彼の犬と鶏を連れて完成した仕事を調べるために降りてきていた。彼は動物たちの仕事が達成したことに対してじきじきに動物たちを祝福し、風車をナポレオン風車と名付けることを宣言した。
二日後、動物たちは納屋での特別集会に召集された。そこで彼らはナポレオンが材木の山をフレデリックに売ったと知らされ驚きのあまり呆然とした。明日にはフレデリックの荷車がやってきて材木を運び出し始めるという。表面上、ピルキントンに対して友好的に振舞っている間にナポレオンは本当は秘密裏にフレデリックと契約を交わしていたのだった。
フォックスウッドとの間の全ての関係が絶たれ、侮辱的な声明がピルキントンに送られた。鳩たちはピンチフィールドを避けるように言われ、彼らのスローガンは「フレデリックに死を」から「ピルキントンに死を」に変わった。同じ頃、ナポレオンは動物農場への攻撃が迫っているという話は全くの嘘であり、フレデリックが自分の動物たちにおこなっている残酷行為の話も多分に誇張されたものだと断言した。おそらくそういった話は全てスノーボールと彼の手先が作りだしたものだろうというのだ。今ではスノーボールはピンチフィールドに隠れているどころかそこに立ち入ったことさえないということになっていた。彼はフォックスウッドで生活しているというのだ・・・それもとても贅沢な暮らしをしているという話だった。そして本当は何年も前からピルキントンから金を貰っていたということになっていた。
豚たちはナポレオンの狡猾さに夢中になっていた。ピルキントンと友好関係を結ぶように見せかけて彼はフレデリックの言い値を12ポンドも多くしたのだ。しかしナポレオンの頭の良さは彼が誰一人として信頼していないということなのだ、そうフレデリックさえもだ、とスクィーラーは言った。フレデリックは材木の支払いを小切手と呼ばれる支払いの約束が書かれた紙切れのようなものでおこないたがった。しかしナポレオンは彼よりも賢かった。彼は支払いを本物の五ポンド紙幣で、それも材木を運び去る前におこなうように要求したのだ。そしてフレデリックは既に支払いを終えていた。彼の支払った額はちょうど風車用の機械類を買うのに十分な額だった。
材木は速やかに運び去られていった。材木が全て無くなるとフレデリックの払った紙幣を調べるために再び納屋で特別集会が開かれた。ナポレオンは二つの勲章を両方ともつけて満面の笑みを浮かべながら壇上の藁のベッドでくつろいでいた。紙幣は農場の家屋の台所にあった陶磁器の皿にきっちりと積まれて彼の横に置かれていた。動物たちは列になってゆっくり進み、飽きるほどそれを見つめた。ボクサーが鼻を近づけて紙幣を嗅ぐとその薄っぺらい白い物は息で渦巻いてかさかさ音を立てた。
三日後、大変な騒ぎが起きた。ウィンパーが顔を真っ青にして自転車で道を駆け上がってくると彼は自転車を庭に放り出しまっすぐに家屋に駆け込んだ。次の瞬間、怒りの金切り声がナポレオンの部屋から聞こえた。事件の報せは農場中を山火事のように広がった。紙幣が偽物だったのだ!フレデリックはただで材木を手に入れたのだ!
ナポレオンはただちに動物たちを呼び集め、恐ろしい声でフレデリックの死刑を宣言した。彼を捕まえたら生きたまま釜茹でにしてやると彼は言った。同時に彼は動物たちにこの裏切り行為によって予想されていた最悪の事態が起きることが証明されたと警告した。フレデリックとその下男たちは彼らが待望していた攻撃をいつでも開始できるのだ。農場の全ての入り口に見張りが立てられた。さらに四羽の鳩がフォックスウッドに和解の親書を届けた。そこにはピルキントンと再び良い関係を結びたいとの思惑があった。
次の日の朝早く攻撃は開始された。見張りが駆け込んできてフレデリックとその部下が既に門扉を突破したことを告げた時、動物たちは朝食の最中だった。動物たちは彼らに対峙するために力強く出撃した。しかし今回は牛舎の戦いの時の様に簡単に勝利をおさめることはできなかった。相手は十五人の男で六丁の銃を持っており、五十ヤードほどの距離に近づくとすぐに撃ってきたのだ。動物たちはその恐ろしい銃声にも体を刺す散弾にも耐えることができなかった。ナポレオンとボクサーが必死に励ましたがすぐに彼らは後退を余儀なくされた。彼らの多くが既に負傷していた。動物たちは農場の建物に逃げ込むと隙間や節穴から用心深く外を覗いた。風車を含む広大な牧草地のほとんどは敵の手中に落ちていた。ナポレオンでさえ途方に暮れているようだった。彼は無言でそわそわと歩き回り、その尻尾は緊張で痙攣していた。何かを待つようなまなざしがフォックスウッドに向けられていた。ピルキントンとその下男たちが助けに来てくれればまだ勝つことができるだろう。その時、前日に飛び立った四羽の鳩が戻ってきた。そのうちの一羽はピルキントンからの紙切れを持っていた。そこには鉛筆でこう書かれていた。「ざまあみろ」。
その間にフレデリックと下男たちは風車の周りに集まっていた。それを見ると動物たちの間で動揺のつぶやきがおこった。男たちのうちの二人はバールと大きなハンマーを取り出していた。彼らはそれで風車を打ち壊そうとしているのだ。
「不可能だ!」ナポレオンが叫んだ。「我々は壁をとても厚く作った。奴らは一週間かけても打ち壊すことなどできはしない。怯えるな、同志諸君!」
しかしベンジャミンは男たちの動きを注意深く観察し続けた。ハンマーとバールを持った二人は風車の土台の近くに穴を開けているようだった。ゆっくりとまるで楽しんでいるかのようにベンジャミンはその長い顔を振った。
「思うんだが」彼は言った。「彼らがやっていることを見てみたら?次はあの穴に爆薬を詰めようとすると思うよ。」
恐怖の中、動物たちは待ち続けた。たてこもっている建物から思い切って外に出ることはもうできない。それから数分後、男たちは四方に走って行ったように見えた。次の瞬間、耳をつんざくような大音響が起きた。鳩たちは空に飛びあがり、ナポレオンを除く全ての動物たちが腹ばいに伏せて顔を隠すようにした。再び彼らが起き上がってみると風車のあった場所には大きな黒い煙が立ちこめていた。ゆっくりとその煙が消えていくとそこにあったはずの風車は消え去ってしまっていた!
この光景を見て動物たちに勇気が戻ってきた。さっきまで感じていた恐怖と絶望はこの卑劣で恥ずべき行為に対する激しい怒りに飲み込まれてしまっていた。報復の力強い叫び声が沸き起こり、命令を待つまでも無く彼らは全身の力を振り絞って敵に向かって突進した。今度は体にあられのように降り注ぐ強烈な散弾にも頓着しなかった。すさまじく壮絶な戦いだった。男たちは何度も銃を撃ち、動物たちが近くまで来ると今度は棍棒と重いブーツで打撃を浴びせかけた。一頭の牛、三頭の羊、二羽のがちょうが殺され、ほとんどの者が傷を負っていた。後方で指揮をとっていたナポレオンですら散弾によって尻尾にかすり傷を負った。しかし男たちも無傷ではなかった。彼らのうちの三人はボクサーの蹄の一振りによって頭に大怪我を負っていたし、別の者は牛の角で腹を突き刺されていた。また別の者はジェシーとブルーベルによってズボンをぼろぼろに引きちぎられていた。そして生垣に隠れて回りこむよう指示されたナポレオン専属のボディーガードである九頭の犬たちが男たちの側面から突然現れると猛烈に吠え掛かって彼らをパニックに陥れた。自分たちが包囲されつつあることに気づくとフレデリックは下男たちに今のうちに退却するよう叫び、次の瞬間、敵の一群は命からがら逃げ出した。動物たちは彼らを草原の端まで追いかけ蹴りを浴びせかけたので彼らは棘の生えた生垣を通って逃げだすしかなかった。
勝利はしたものの彼らは疲れ果て、傷だらけだった。彼らは農場に向かってゆっくりと足を引きずるようにして戻っていった。草の上に横たわる死んだ仲間を見て涙を流す者もいた。かつて風車が建っていた場所では皆立ち止まって、悲しげに押し黙った。風車は消えうせていた。彼らの労働の成果のほとんどが消え失せたのだ!土台さえ一部は破壊されていた。再建しようにも今度は前回のように崩れ落ちた石を使うわけにはいかなかった。石さえも消え去っていたのだ。爆発によって石は数百ヤードもむこうに吹き飛ばされていた。風車の再建は不可能に思われた。
農場に近づくと戦いの間、どうしたわけか姿を消していたスクィーラーが尻尾を振って満足げな笑顔で彼らに向かって駆けて来た。農場の建物の方向からは祝砲の銃声が聞こえてきた。
「なんで銃を撃っているんだ?」ボクサーが言った。
「我々の勝利を祝うためさ!」スクィーラーが叫んだ。
「勝利だって?」ボクサーが答えた。彼はひざから血を流し、蹄鉄が取れて蹄は裂けていた。後ろ足にはいくつもの散弾を受けていた。
「同志、勝利だよ?我々は敵を我々の土地・・・動物農場の神聖な土地から追い払ったじゃないか?」
「奴らは風車を壊していった。二年もかけて作ったのに!」
「なにが問題だ?また作ればいい。やろうと思えば風車は六つでも作れるんだ。君は我々がおこなった偉業を理解していないようだな、同志。敵はいままさに我々が立っているこの土地を制圧していたんだ。それを、同志ナポレオンの指導力のおかげで、一インチ残らず取り戻したんだぞ!」
「それならば前に持っていた物を勝って取り戻したということだ。」とボクサーは言った。
「これは我々の勝利だ!」スクィーラーは言った。
彼らは足を引きずりながら庭に入っていった。ボクサーの足に入り込んだ散弾はずきずきと痛んだ。彼は土台から風車を再建するための重労働を前向きに考え、頭の中では既に仕事に向かって自分を鼓舞しようとしていた。だが最初に頭に浮かんだのは彼は十一歳でおそらくその強靭な筋肉もかつてのようではないだろうということだった。
しかし緑の旗がひるがえるのが見え、再び銃が撃ち鳴らされ(全部で七回、撃ち鳴らされた)、彼らの功績を称えるナポレオンの演説を聞くと最後には動物たちは自分たちが偉大な勝利をおさめたように感じられてきた。まず戦いで死んだ動物たちの葬儀が厳粛にとりおこなわれた。ボクサーとクローバーが棺を積んだ霊柩車代わりの荷車を引き、ナポレオンが葬列の先頭を歩いた。そのあと丸二日間が祝賀にあてられた。多くの歌や演説がおこなわれ、さらに銃が撃ち鳴らされた。特別な恩給として全ての動物にりんご一個、鳥たちにはそれぞれ二オンスの小麦、犬たちにはそれぞれ三枚のビスケットが贈られた。この戦いは風車の戦いと呼ばれることになった。ナポレオンは緑旗勲章という新しい勲章を作りそれを自分自身に贈った。この祝賀の雰囲気のなかであの紙幣に関する不都合な出来事は忘れ去られてしまっていた。
豚たちが農場の家屋の地下室からウィスキーの箱を持ち出してきたのはそれから数日後だった。それは家屋が最初に占拠された時には見落とされていたのものだった。夜になると大きな歌う声が家屋から聞こえてきた。驚いたことにその中には「イングランドの獣たち」の旋律も混じっていた。九時半ごろにはジョーンズ氏の古い山高帽子をかぶったナポレオンが裏口から姿を表すのがはっきりと目撃された。彼は庭を早足で駆け回ると再び部屋の中に消えた。翌朝、家屋は深い静寂に包まれ、豚たちは一頭も姿を現さなかった。ようやくスクィーラーが姿を現したのは九時近くになってだった。彼はゆっくりと意気消沈したように歩いていた。彼の目はどんよりと濁り、その尻尾は力なく垂れ下がっていた。その姿はどこから見ても深刻な病気のようだった。彼は動物たちを呼び集め恐ろしい知らせがあると話した。同志ナポレオンが死にかけているというのだ!
悲嘆の叫びが沸き起こった。藁が家屋のドアの前に敷かれ、動物たちは爪先立ちで歩いた。動物たちはお互いに彼らの指導者がいなくなったらどうしたら良いのだ、と目に涙をためてささやき合い、スノーボールがついにナポレオンの食事に毒をいれることに成功したのだという噂が駆け巡った。十一時になるとスクィーラーが別の発表をするために出てきた。最後の言葉として同志ナポレオンは厳粛な法令を言い残した。酒を飲む者は死によって罰せられる。
しかし夕方になるとナポレオンは回復の兆しを見せ、次の日の朝、スクィーラーは皆に彼は順調に回復しつつある、と告げた。その日の夕方にはナポレオンは執務に戻り、次の日、彼がウィリンドンで醸造と蒸留についての本を何冊か購入するようにウィンパーに命じたことが知れわたった。一週間後、ナポレオンは以前に仕事の後の動物たちのための牧草地として設けられた果樹園の上の放牧地を耕すように命じた。理由は土地が疲弊し再び種を蒔く必要があるためとされたがすぐにナポレオンがそこに大麦を蒔くつもりであることが知れ渡った。
ちょうどその頃、よくわからない奇妙な出来事があった。ある晩の十二時ごろ、物をひっくり返したような大きな音が庭でして動物たちは自分の獣舎から飛び出してそこに駆けつけた。月の晩だった。大納屋のつきあたりにある七つの戒律が書かれた壁の下に真っ二つに折れたはしごが転がっている。その側には呆然とした表情のスクィーラーがだらしなく倒れており、近くには倒れたランタン、ペンキブラシそして白のペンキがはいっている壷がひっくり返っていた。犬たちがただちにスクィーラーの周りを囲み、彼が歩けるようになるとすぐに農場の家屋まで付き添っていった。動物たちは誰も何が起きたのかわからなかった。ベンジャミンを除いては。彼はなるほどといった調子でその長い顔でうなずき、何か理解したようだったが何も言おうとはしなかった。
数日後、ミュリエルは七つの戒律を読んでいてその一つを動物たちが間違って憶えていることに気づいた。彼らは五番目の戒律を「動物は酒を飲んではならない。」だと思っていたが、見落としている言葉があったのだ。本当の戒律はこうだった。「動物は酒を飲んではならない。過度には。」
^クラウンダービー:ロイヤルクラウンダービー。イギリスの陶磁器ブランドの一つ。
^ベラドンナ:毒性を持つ実をつける多年草。和名はオオカミナスビ。
第九章
ボクサーの裂けた蹄が治るまでには長い時間がかかった。風車の再建は勝利のお祝いが終わった次の日には始まっていた。ボクサーは一日たりとも休むことを拒否し、彼が痛みを感じているそぶりを見せない様子は賞賛に値した。しかしその晩、彼はクローバーに蹄の傷が自分を困らせていることを密かに認めた。クローバーは噛んでやわらかくした薬草の湿布を蹄にしてやり、彼女とベンジャミンはボクサーに仕事の量を減らすように勧めた。「馬だって永久にがんばれるわけではないのよ」と彼女は彼に言った。しかしボクサーは聞こうとしなかった。自分には一つだけ志がある、と彼は言った。それは自分が引退の歳になる前に風車が動いているところを見ることだと言うのだ。
最初に動物農場の法律が制定された時、引退の歳は馬と豚は十二歳、牛は十四歳、犬は九歳、羊は七歳、雌鶏とがちょうは五歳と定められていた。引退の後には十分な老齢年金が約束されている。まだ実際に引退して年金を受け取った動物はいなかったがその話題は時間がたつごとに頻繁に取り上げられるようになっていった。果樹園の上の小さな畑は大麦のために使われるようになっていたので今度は広い牧草地のすみが囲われて引退した動物のための放牧地になるのだともっぱらの噂だった。馬の場合、年金として一日五ポンドのとうもろこし、冬には十五ポンドの干し草、公式の祝日にはにんじん、もしくはりんごが与えられると言われていた。ボクサーの十二歳の誕生日は来年の夏の終わり頃だった。
そうしている間にも生活は厳しくなっていった。冬は去年と同じくらい寒く、食料も少なかった。豚と犬を除く動物の食糧配給が再び減らされた。食料配給を厳密に平等にすることは動物主義の原則に反することだとスクィーラーは説明した。どんなに食料が不足しているように見えても実はそうではないのだ、と他の動物たちを納得させるのは彼にとってはいつでも簡単なことだった。確かにしばらくの間は食料配給を再調整する必要がある(スクィーラーはいつも「再調整」という言葉を使い、「削減」とは絶対言わなかった)。しかしジョーンズの頃と比べれば改善されたことは山ほどあるのだ。彼はかん高い声で早口に表を読み上げて詳細に語った。オート麦、干し草、かぶの収穫はジョーンズの頃より多い。労働時間は短くなっている。飲み水の水質は良くなっている。寿命ものびているし、子供が死ぬ割合も低くなっている。それぞれの獣舎には昔より多くの藁があり、蚤の被害も減っている。動物たちはその言葉を全て信じた。本当のことをいうとジョーンズやその頃のことは彼らの記憶の中からほとんど消えかけていたのだ。彼らだって今の生活が厳しく貧しいことはわかっていた。しょっちゅう空腹だったし、寒さに凍えていたし、眠っている時を除けば常に働いていた。しかし昔より悪くなっているのではないかという疑問は全く無かった。彼らは言われたことを喜んで信じていた。ともかく昔は自分たちは奴隷だったし今は自由の身なのだ。これはまったく違うことなのだ、とスクィーラーは指摘するのを忘れなかった。
養わなければならない者の数も増えていた。秋に四頭の雌豚がほとんど同時に出産をし、全部で三十一頭の子豚が産まれていた。子豚はまだら模様だったし、農場で去勢されていない雄豚はナポレオンだけだったので子豚の父親は簡単に推測できた。子豚が生まれた後、レンガと材木が購入され、農場の家屋の庭に学校が建設されることが発表された。それまでの間は子豚は家屋の台所でナポレオン自身から指導を受けることになった。彼らは庭で運動をし、他の動物の子供とは遊ばないように言われていた。そのころには道で豚と他の動物が出くわした場合には他の動物が道を譲らなければならないという規則ができていたし、豚は程度の差はあれ皆、日曜日には尻尾に緑のリボンをつけるという特権を持っていた。
その年、農場はなかなかの収穫をあげたが財政的にはまだまだ苦しかった。学校建設のためのレンガ、砂、コンクリートを買わなければならないし、風車に置く機械のための貯金を再び始める必要もあった。しかし家屋用のランプオイルやロウソク、ナポレオンのテーブルに置かれた砂糖(彼は太るという理由で他の豚にはそれを禁じていた)はそのままで、もっぱら大工道具、釘、糸、石炭、針金、くず鉄、犬用ビスケットといったものが代用品でまかなわれるようになった。干し草の刈り残しとじゃがいもの一部が売り払われ、卵の売買契約は一週間に六百個にまで増えていた。そのせいでその年には雌鶏たちはようやく自分たちの数を維持するだけの卵しか孵すことができなかった。十二月に食料が減らされ、二月に再び減らされた。油を節約するために獣舎では灯りをつけることが禁じられた。しかし豚たちはずいぶん快適そうに見えたし実際のところ体重が増えてさえいた。二月の終わりのある午後のこと、動物たちがいままで嗅いだことのない暖かく豊潤で食欲をそそる匂いが小さな醸造蔵から庭を横切って漂ってきた。その醸造蔵は台所のむこうに建っており、ジョーンズの頃から使われていなかったものだった。これは大麦を炒っている匂いだ、と誰かが言い動物たちは腹をすかせながら匂いを嗅ぎ、暖かい食べ物が自分たちの夕食として用意されているのではないかと思いをめぐらした。しかし暖かい食べ物は現れなかった。次の日曜日、これからは大麦は全て豚のものになるという発表がされた。果樹園の上の畑にはすでに大麦が植えられていた。それからすぐにもれ聞こえるようになった話では全ての豚に一日に半パイント[1]のビールが配給され、ナポレオン自身にはいつも半ガロン[2]のビールがクラウンダービーのスープ皿で出されているということだった。
困難に出くわしても今の生活が昔に較べて尊厳に満ちているという事実が彼らの気を紛らわした。歌や演説、行進をする機会は増えていた。ナポレオンは動物農場の奮闘と勝利を祝うために週に一回、自発的デモと呼ばれるものを開くように命じていた。事前に知らされていた時間になると動物たちは仕事の手を止め、農場の周りを軍隊式に行進した。先導役は豚たちでその後ろに馬、牛、羊、鳥たちが順に続いた。犬たちは行進の隣を歩き、隊列の一番先頭はナポレオンの黒い雄鶏だった。ボクサーとクローバーはいつも二頭で蹄と角と「動物農場万歳!」という文字が描かれた緑の旗を運んだ。行進の後にはナポレオンを称える詩の朗読や、スクィーラーによる食糧生産の増加の最新情報についての演説があり、時には銃が撃ち鳴らされた。羊たちはこの自発的デモの熱心な信奉者だった。もし誰かが時間の無駄だとか寒い中で立っているのは無意味だとか不平を言い始めると(豚や犬がそばにいないときに一部の動物たちはときどき不平を言った)、羊たちは「四本足は善い、二本足は悪い!」の大合唱を始めて相手を黙らせてしまうのだった。しかし動物たちの多くはこの催し物を楽しんでいた。それはこの催しによって自分の主人が自分自身であることや自分のやっている仕事が自分自身の利益になることを思い出して落ち着きを取り戻せるからだったし、歌や行進やスクィーラーの読み上げる表、銃声や雄鶏の鳴き声、ひるがえる旗によって少なくともしばらくの間は自分の胃が空っぽであることを忘れることができたからだった。
四月、動物農場は共和国となる宣言をおこない大統領を選出しなければならなくなった。候補者は一頭だけで全会一致でナポレオンが選出された。同じ日、スノーボールとジョーンズの共謀関係の詳細を明らかにする新たな文書が見つかった。それによるとスノーボールは以前に考えられていたように単に策を弄して牛舎の戦いで動物たちを敗北に追いやろうとしただけでなく、公然とジョーンズ側について戦っていたというのだった。実際のところ、彼は人間側勢力のリーダーであり「人間万歳!」と言いながら戦場に突進していったというのだ。一部の動物がまだ憶えているスノーボールの背中の傷もナポレオンの牙によってつけられたものだということになっていた。
夏の中ごろ、ワタリガラスのモーゼスが数年ぶりに突然農場に現れた。彼は全く変わっていなかった。働こうとせず、昔と同じ口調でシュガーキャンディーマウンテンについて語った。切り株に止まって黒い羽根を羽ばたかせながら話を聴く者がいれば彼は何時間でもしゃべった。「あそこだ、友よ」彼はその大きなくちばしで空を指して厳かに言った。「あそこだ。あそこに見える黒い雲のちょうど反対側だ。そこにシュガーキャンディーマウンテンはある。そこは哀れな動物たちが永遠に労働から解放される幸福の国だ!」。高く空を飛んだときに彼はそこに行き、絶えることなく生い茂るクローバーの草原と亜麻仁かすと角砂糖が生えている生垣を見たと言い続けた。多くの動物は彼を信じた。自分たちの今の生活は飢えと労働に満ちている。これは不条理なことではないのか?ここではないどこかにもっとましな世界があるのではないか?そう彼らは考えたのだ。わからないのは豚たちのモーゼスへの態度だった。彼らは皆、シュガーキャンディーマウンテンの話は大嘘であると軽蔑したように断言したが彼が農場に留まることや働かずにいることを許し、一日に一ジル[3]のビールを与えていた。
足が治った後、ボクサーは今までにもまして熱心に働くようになった。その年、動物たちは全員、まさに奴隷のように働いた。普段の農場の仕事の他に風車の再建もあったし、三月に始まった仔豚たちのための学校もあった。十分な食事ができない耐え難い期間がときどき続いたがボクサーはくじけなかった。力の衰えを示すような言動はまったくなく、ただ毛並みの艶が昔に較べて少しなくなり巨大な臀部が縮んだように見えただけだった。他の者は「春草の季節が来れば元に戻るさ」と言った。しかし春が来てもボクサーの体は元に戻らなかった。採石場の頂上に続く坂道で彼が巨大な石の塊に力を振り絞っているとき、ときどき彼を支えているのはその不屈の意志だけのように見えた。そんな時、彼の口は「俺がもっと働けばいい」という言葉を声に出さずに言っているように見えた。クローバーとベンジャミンは彼にもっと自分の健康に気をつけるようにと再び注意したがボクサーは聴こうとしなかった。彼の十二歳の誕生日が近づいていた。彼は引退する前によりたくさんの石を集めるということ以外、何が起ころうと興味がなかったのだった。
夏のある夜の遅く、ボクサーの身に何かが起こったという噂が突然、農場を駆け巡った。その時、彼は石を風車に運ぶために一頭で外に出て行っていた。そして確かに噂は本当だった。数分後、二羽の鳩が争うように知らせを運んできた。「ボクサーが倒れた!倒れたまま起き上がれないでいる!」
農場の動物の半数ほどが風車の建つ丘に駆けつけた。そこにボクサーは倒れていた。荷車をつけたままで首はぐったりと伸び、頭を上げることすらできない様子だった。目は虚ろで体は汗でぬれ、口からは一筋の血が流れ出ていた。クローバーは急いで彼の傍らに寄り添った。
「ボクサー!」彼女は叫んだ。「大丈夫なの?」
「肺をやられた」ボクサーは弱々しく言った。「問題ない。俺なしでも風車を完成させられるよ。石はたっぷりあるからな。引退が一月早まっただけさ。本当のことを言うとそろそろ引退したかったんだ。ベンジャミンもいい歳だし、彼らも老後仲間として彼を一緒に引退させてくれるだろうさ。」
「すぐに助けを呼ばなくちゃ。」クローバーは言った。「誰か、走ってスクィーラーに起きたことを報せてちょうだい。」
他の動物たちはスクィーラーに事件をしらせるためにすぐさま農場の家屋に駆け戻って行き、クローバーとベンジャミンだけがその場に残った。ベンジャミンはボクサーの側に横になり何もしゃべらずにその長い尻尾でハエを追い払っていた。十五分ほどして同情と心配の様子を全身にまとってスクィーラーが現れた。同志ナポレオンは農場で最も忠実な労働者に不運にも降りかかった深い苦痛を知り、既にボクサーをウィリンドンの病院に送って手当する手配を整えた、と彼は言った。動物たちはかすかな不安を感じた。モリーとスノーボールを除けばいままで農場を離れた動物はいなかったし、病気の同志を人間の手に渡したいとは思わなかったのだ。しかしスクィーラーはボクサーの症状は農場で治療するよりもウィリンドンの獣医に任せた方が十分な治療ができると言って彼らを簡単に納得させた。三十分ほどして容態が少し落ち着き何とか立てるようになると、ボクサーは足を引きずってクローバーとベンジャミンが彼のために整えた藁のベッドのある自分の房に戻っていった。
ボクサーはそれから二日間、房で寝ていた。豚たちはバスルームの薬棚にあった大きなボトルに入ったピンク色の薬を持ち出してきて、それをクローバーが一日二回、食事の後にボクサーに与えた。夜になると彼女はボクサーの獣舎で横になり彼と話をし、ベンジャミンが彼の周りのハエを追い払った。ボクサーは自分の身に起こったことを残念だとは思っていない、と言った。回復すればあと三年は生きられるだろうし、広い牧草地の隅で平穏な日々を過ごすのも悪くないだろう。そうなれば勉強して頭をよくするための時間を産まれて初めて持つことができるだろう。彼が言うには余生はまだ憶えていない残りのアルファベット二十二文字を憶えることに使いたいということだった。
しかしベンジャミンとクローバーがボクサーと一緒にいられるのは仕事の後の時間だけで、荷馬車が来て彼を連れ去ったのは昼間のことだった。動物たちが皆で豚の監督の下、カブ畑の草むしりをしている時だった。ベンジャミンが農場の建物の方から大声で叫びながら駆けてくるのが見えて皆、仰天した。ベンジャミンがそんなに興奮しているのを見るのは初めてだったし、彼が走っているところを見るのすら全員、初めてだったのだ。「急げ、急げ!」彼は叫んだ。「すぐに戻れ!奴らがボクサーを連れていってしまう!」。豚が止める間もなく動物たちは仕事を放り出して農場の建物に駆け戻った。確かに庭には側面に文字が書かれた大きな幌付きの荷馬車が二頭の馬にひかれて止まっていた。その側面には文字が書かれており、低い山高帽をかぶったずる賢そうな男が御者席に座っていた。そしてボクサーの房は空っぽだった。
動物たちは荷馬車の周りを取り囲み「さようなら、ボクサー!」と声を揃えて言った。「さようなら!」
「馬鹿者!大馬鹿者!」ベンジャミンは叫びながら彼らの周りを歩き、その小さな蹄で地団駄を踏んだ。「馬鹿者!荷馬車の横になんと書かれているか見えないのか?」
それを聞いた動物たちはしゃべるのをやめ、あたりが静かになった。ミュリエルがそこに書かれた言葉を読み始めようとしたがベンジャミンが彼女を押しのけ、死んだような静寂のなかでそれを読み上げた。
「『アルフレッド・シモンズ、馬肉処理とにかわ製造、ウィリンドン。馬皮と肉骨粉の取り扱い。犬舎向け配達。』これがどういう意味かわからないのか?奴らはボクサーを馬の解体業者に連れて行こうとしているんだ!」
全ての動物が恐怖の叫びを上げた。ちょうどその瞬間、御者席の男が馬に鞭をいれ荷馬車は軽快に庭から出て行った。全ての動物が大声で叫びながらその後を追った。クローバーが荷馬車の前にでようとしたが荷馬車が速度を上げた。クローバーはその頑丈な足で力の限り走った。「ボクサー!」彼女は叫んだ。「ボクサー!ボクサー!ボクサー!」。外の騒ぎが聞こえたのだろう。ちょうどその時、荷馬車の後ろの小さな窓から格子の影が映ったボクサーの顔がのぞいた。
「ボクサー!」クローバーは恐ろしい声で叫んだ。「ボクサー!そこを出て!すぐに出てきて!奴らあなたを殺そうとしている!」
動物たちは皆で「そこを出ろ、ボクサー、そこを出るんだ!」と叫んだ。しかし荷馬車はスピードを上げて彼らを引き離していった。クローバーの言葉がボクサーに届いたかどうかはわからなかったが、一瞬の間をおいてボクサーの顔が窓から消え、荷馬車の中から蹄を打ちつける大きな音が聞こえた。彼は扉を蹴破ろうとしたのだ。かつてであればボクサーの蹄による蹴り数回でこんな荷馬車は粉々になっただろう。しかし、ああ!彼の強靭な力は既に消え失せていた。蹄を打ちつける音は次第に弱くなり、仕舞いには聞こえなくなった。必死になった動物たちは荷馬車をひく二頭の馬に止まるように訴えはじめた。「同志、同志よ!」彼らは叫んだ。「君たちの兄弟を死に追いやらないでくれ!」。しかしその愚かな獣たちはあまりに無知で何が起きているのか全く気づかず、ただ耳を伏せて走る速度を上げただけだった。ボクサーの顔は窓から消えたまま現れなかった。遅まきながら誰かが先回りして門扉を閉じることを思いついたが、次の瞬間には荷馬車は門扉を通り過ぎ、あっという間に街道に消えていった。ボクサーの姿を見ることはそれ以来、二度と無かった。
三日後、皆の願いも虚しく彼がウィリンドンの病院で死んだことが発表された。スクィーラーは他の者にその報せを発表するために現れ、自分はボクサーの臨終に立ち会ったと語った。
「今まで目にした中であれほど心を打たれる光景はなかった!」スクィーラーは涙を拭きながら言った。「私は彼の最期の瞬間に立ち会ったのだ。最期に彼はほとんど聞こえないような弱々しい声で唯一つの心残りは風車の完成に立ち会えないことだ、と私の耳元で言った。『前進せよ、同志たちよ!』彼は囁いた。『反乱の名の下に前進せよ。動物農場万歳!同志ナポレオン万歳!ナポレオンは常に正しい』これが彼の最後の言葉だ。同志諸君」
そこで突然、スクィーラーの態度が変わった。彼はしばらく黙り込み、次に進む前にその小さな目で疑わしげな眼差しをあたりに投げかけた。
私の知るところではボクサーの離別に際して馬鹿げた悪質な噂が飛び交っているようだが、と彼は言った。動物たちの中にボクサーを連れて行った荷馬車に「馬の屠殺」と書かれているのに気がつき、一足飛びにボクサーが廃馬の解体業者に送られたと結論したいた者がいるそうだな。信じがたい愚かさだ。スクィーラーはそう言った。彼は尻尾を振り回し、あたりを飛び回りながら憤然と叫んだ。君らの敬愛する指導者である同志ナポレオンがそんなことをするはずがないとわかっているだろう?そんなことには簡単に説明がつく。荷馬車はもともと廃馬の解体業者の物だったのを獣医に買われたのだ。彼は元の名前をまだ塗り替えていなかったのだ。そのせいでこんな間違いが持ち上がったわけだ。
動物たちはそれを聞いて救われる思いだった。ボクサーの臨終の細かな様子や彼が手厚い手当てを受け、ナポレオンが金を惜しまずに高価な薬を買い与えたことをスクィーラーが語ると彼らの疑いも最後には晴れた。彼らが同志の死に対して感じていた悲しみも彼が安らかに亡くなった思えばやわらいだのだった。
次の日曜日の会議にはナポレオンも姿を見せ、ボクサーを称える短い演説をした。動物たちの哀悼を受ける同志の遺体を埋葬のために農場に運ぶことはできない、と彼は言った。しかし農場の家屋の庭園に生える月桂樹で大きなリースを作り、ボクサーの墓に供えるように指示したという。また数日の間、豚たちはボクサーを称える記念晩餐会を開くつもりだといった。ナポレオンは演説の最後にボクサーのお気に入りだった二つの口癖を取り上げた。「俺がもっと働けばいい」と「同志ナポレオンは常に正しい」、この言葉こそ全ての動物が実践するべきものだ、と彼は言った。
予定されていた晩餐会の日になると食料雑貨商の馬車がウィリンドンから来て、大きな木箱を農場の家屋に運び込んだ。その晩、にぎやかな歌い声が聞こえ、それに続いて激しく言い争うような音が聞こえた。物音はガラスの割れる大きな音と共に十一時頃に終わった。次の日、昼になるまで家屋の中からは物音一つせず、自分たちのためのウィスキーをさらに買うために豚たちがどこからか金を工面したらしいという噂が広がった。
^1パイント:0.56826125リットル(イギリス)
^1ガロン:4.54609リットル(イギリス)
^1ジル:118.5ミリリットル(イギリス)
第十章
数年が過ぎた。季節は巡り、寿命の短い動物は消えていった。クローバーやベンジャミン、鴉のモーゼスそして豚たちの多くを除けば反乱前の日々を記憶している者はいなくなってしまった。
ミュリエルは死んだ。ブルーベル、ジェシーそしてピンチャーが死んだ。ジョーンズも死んだ。彼は別の地方にあるアルコール依存症の治療施設で死んだ。スノーボールのことは忘れ去られてしまった。ボクサーのことも彼を知る数頭を除いては忘れ去られていた。クローバーは今では年老いて太った雌馬になっていた。関節は強張り、その目は潤みがちだった。彼女は二年前に引退の歳を迎えていたが、実際のところ農場でちゃんと引退をした動物は一頭もいなかった。引退した動物のために牧草地の隅に広場を設ける話はもう長いこと話題にあがっていなかった。ナポレオンは今や二十四ストーンもの体重の壮年の雄豚になり、スクィーラーは肉に埋もれて彼の目が隠れてしまうほど太っていた。年寄りのベンジャミンだけが昔と変わっていなかった。ただ鼻面が少し灰色になり、ボクサーの死以来、前にも増して不機嫌で寡黙になっていた。
今では農場には多くの動物がいたがかつて期待されたほどに増えているわけではなかった。多くの動物は反乱が単なるおぼろげな昔話になり話題にならなくなってから産まれていた。またよそから買われてきた者は農場に来るまで反乱のことなど聞いたことも無かったのだった。農場には今、クローバーの他に三頭の馬がいた。彼らは元気で素直な性格だったし真面目に働く良き同志だった。しかしとても頭が悪く、一頭としてBより先のアルファベットを憶えることができなかった。革命や動物主義の原則についての話、特に親のように尊敬しているクローバーが話すことは全て受け入れたが、ちゃんと理解しているのかどうかは多いに疑問だった。
農場は前よりも豊かでよく組織されていた。ピルキントン氏から買った二枚の畑のおかげで広くなってもいた。風車も最終的にはちゃんと完成していたし、自前の脱穀機やエレベータ付きの干し草倉庫もあった。その他にも色々な新しい建物ができていた。ウィンパーは自分用に一頭立て二輪馬車を買っているほどだった。しかし風車は電力を生み出すためには全く使われていなかった。とうもろこしを挽くために使われていたのだ。それによってかなりの利益がもたらされていた。動物たちは一つ目の風車が完成するともう一つ風車を作るためにさらなる重労働を課せられた。もう一つの風車には発電機が設置されるという話だったがかつてスノーボールが動物たちに語った夢のようなぜいたく品である電気の灯りがともりお湯や水が供給される獣舎、週に三日の労働はもはや語られなかった。ナポレオンはそのような考えは動物主義の精神に反すると非難した。真の幸福とは懸命に働き、質素に暮らすことの中にあるのだと彼は言った。
農場が豊かになったにも関わらず、どうしたわけか動物たち自身は少しも豊かになったようには見えなかった・・・もちろん豚たちと犬たちは別だったが。おそらくその理由の一端は豚と犬がとても多くいるためだった。彼らが働いていないという訳ではなく、彼らは彼らなりのやり方で働いていた。スクィーラーが飽きることなく説明するところでは、それは農場の監督と組織運営のための終わりの無い仕事だった。仕事の大部分は他の動物たちの頭では理解できないようなものだった。例えばスクィーラーが彼らに語るところによると豚たちは毎日、膨大な労働力を「ファイル」や「報告書」、「議事録」や「メモ用紙」と呼ばれる不思議な物に費やさなればならないのだという。文字がたくさん書かれた膨大な量の紙があり、それらは文字で埋め尽くされるとすぐにかまどで焼かれるのだった。スクィーラーが言うにはそれらは農場の繁栄のために最も重要な物なのだった。しかし豚たちも犬たちも労働によってなんら食料を生産しておらず、彼らの数は多く、食欲は常に旺盛だった。
他の者はというと彼らが知る限りその生活は常に同じだった。いつも腹をすかし、藁の上で眠り、溜め池から水を飲み、畑で働いた。冬には寒さに悩まされ、夏にはハエに悩まされていた。ときどき彼らの中でも年をとっている者はかすかに残る記憶を探り、今に比べてジョーンズが追放されてすぐの革命の初期の頃は良かったのか悪かったのか思い出そうと試みていた。しかし思い出すことはできなかった。今の生活と比較できるものは何もなかった。それができる物はスクィーラーのリストにある表だけで、それはいつも全てのことがどんどん良くなっていることを示していた。動物たちは解決不可能な問題に捕らわれていた。どんな場合でも現在の状態について考えをまとめるだけの時間が短すぎたのだ。年寄りのベンジャミンだけは自分の長い生涯を克明に記憶していると公言していて、事態は良くも悪くもなってないしこれからも変わらないだろうと言った。飢え、苦労、失望。彼が言うにはそれは生きていくうえでの普遍の法則だった。
しかし動物たちは希望を捨てようとはしなかった。それどころか一瞬たりとも動物農場の一員であるという誇りと名誉を失わなかった。彼らはいまだ、動物によって所有され、運営されている全国で(全イングランドで!)たった一つの農場だったのだ。もっとも若い者でも、数十マイル先の農場から売られてきた者でも、そのことに驚かない者は一頭たりともいなかった。銃声が轟くのを聞き、緑の旗が旗ざおの先ではためくのを見ると彼らの心臓は不滅の誇りで高鳴り、いつもジョーンズの追放や七つの戒律の成立、侵略者である人間が撃退された偉大な戦いなどの過去の英雄的な日々に話は向かうのだった。過去の夢は一つとして忘れ去られなかった。メージャーが予言した動物の共和国やイングランドの緑の大地から人間が消え去る日々はいまだに信じられていた。いつの日にかそれは実現する。すぐには実現しないだろう。現在生きている動物の生涯のうちには実現しないだろう。だがいつかは実現するのだ。「イングランドの獣たち」の曲がいつでもあちらこちらで口ずさまれていた。誰もそれを大声で歌うことはしなかったが農場の全ての動物がその歌を知っていた。生活が厳しく、希望が全ては叶わなくとも彼らは自分たちは他の動物たちとは違うと思っていた。たとえ彼らが飢えていてもそれは横暴な人間に搾取されているためではないのだ。たとえ過酷な労働であろうとも少なくとも自分たちのために働いているのだ。彼らの中に二本足で歩く者はいないのだ。他の者を「ご主人様」と呼ぶ者はいないのだ。全ての動物は平等なのだ。
初夏のある日、スクィーラーは羊たちに自分についてくるように命じ、農場のはずれの樺の若木が生い茂った空き地に連れて行った。スクィーラーの監督の下で羊たちはそこで一日中、葉っぱを食べながら過ごした。夕方になるとスクィーラーは農場の家屋に戻っていったが、暖かい季節であったので羊たちにはその場所に留まるように言った。結局、羊たちは一週間の間そこに留まることになり、その間他の動物たちが彼らを目にすることは全く無かった。スクィーラーは毎日の大部分を彼らと過ごしていた。彼が言うには羊たちに新しい歌を教えていて、そのためには邪魔されない環境が必要なのだった。
それは羊たちが戻ってきたすぐ後のことだった。平穏な夕暮れに動物たちは仕事を終え、農場の建物に戻っていくところだった。庭から恐ろしい馬のいななき声が起きた。驚いて動物たちは足を止めた。それはクローバーの声だった。彼女が再びいななき、動物たちは皆で庭に駆けていった。そこで彼らはクローバーの目にしたものを見た。
それは後ろ足で歩く豚の姿だった。
それはスクィーラーだった。少しぎこちなく、まるでその巨体をそんな風に支えるのには馴れていない、というようにしかし完璧にバランスをとって彼は庭を横切っていった。少し遅れて家屋のドアから豚の長い列が現れた。彼らは皆、後ろ足で歩いていた。ある者は他のものより巧く歩き、一、二頭は少し不安定で杖の助けが必要そうに見えたが、皆、ちゃんと庭を歩いていった。最後に犬たちの盛大な吼え声と黒い雄鶏のかん高い鳴き声が聞こえ、ナポレオンが姿を現した。堂々と直立し、尊大な目つきで左右に視線を走らせる。彼の周りを犬たちが跳ね回っていた。
彼は手に鞭を携えていた。
その場は死んだように静まり返った。驚きと恐怖に襲われ、動物たちは群れになって庭の周りを行進する豚たちの長い隊列を見守った。まるで世界がひっくり返ったようだった。最初の衝撃が去ると犬たちに対する恐怖や長年のうちに培われた何が起きても決して不平や批判を口にしない習慣にも関わらず彼らは抗議の言葉を口にしだした。しかしその瞬間、まるで合図したかのように全ての羊たちが大きな鳴き声をあげ始めた。
「四本足は善い、二本足はもっと善い!四本足は善い、二本足はもっと善い!四本足は善い、二本足はもっと善い!」
その鳴き声は五分間も続いた。そして羊たちが静まったときには抗議する機会は完全に失われており、豚たちは隊列を組んで家屋に戻っていった。
ベンジャミンは肩に誰かの鼻先が押し付けられるのを感じで辺りを見回した。クローバーだった。彼女の老いた目は今までよりもさらに力なく見えた。何も言わずに彼女は彼のたてがみをそっと引っ張り、彼を七つの戒律が書かれている大納屋の突き当たりに連れて行った。二、三分の間、彼らは白い文字が書かれた壁を見つめて立っていた。
「私の目は悪くなっているわ」と彼女がしゃべりだした。「若い頃だってあそこに何が書かれているかわからなかったけれど、私にはなにか壁の様子が違って見えるの。七つの戒律は前と同じかしら、ベンジャミン?」
今回に限ってベンジャミンは自分に課したルールを破ることにして壁に書かれていることを彼女に読んで聞かせてやった。そこには何も書かれていなかった。一つの戒律を除いては。そこにはこう書かれていた。
全ての動物は平等である。
ただし一部の動物はより平等である。
そういったことがあったので次の日、農場の仕事の監督をする豚たちが皆、手に鞭を持っているのを見ても誰も驚かなかった。豚たちが電話を設置するために無線電信機を買い、「ジョン・ブル[1]」や「ティット・ビッツ[2]」、「デイリーミラー[3]」を購読し始めたことを知っても誰も驚かなかった。ナポレオンが口にパイプを咥えて農場の家屋の庭園を散歩しているの見ても、いや、豚たちがジョーンズ氏の服をタンスから持ち出して着るようになり、ナポレオンが黒いコートを着てねずみ取り屋のズボンと皮のレギンスを履いて姿を現し、その隣には彼のお気に入りの雌豚がかつてはジョーンズ夫人が日曜日になると着ていた波模様のついた絹のドレスを着て立っているのを見てさえ誰も驚かなかった。
一週間後の午後、たくさんの一頭立ての二輪馬車が農場にやってきた。近隣の農場の代表が視察のために招かれたのだ。彼らは農場中を見て回り、目にするもの全てに大きな賞賛の声をあげた。特に風車はそうだった。動物たちはかぶ畑の草取りをしているところだった。彼らは地面から顔を上げることもできないほど勤勉に働いていて、豚たちと人間の訪問者とどちらを恐れればいいのかもわからなかった。
その晩、大きな笑い声と大きな歌声が農場の家屋から聞こえてきた。突然聞こえてきた動物と人間の入り交じった話し声に動物は好奇心に襲われた。あそこで何が起きているのだろう。まさか動物と人間が対等の立場での初めての会合が開かれているのだろうか?皆は一緒になってできるだけ静かに農場の家屋の庭園に忍び込んだ。
動物たちは門をくぐるとおっかなびっくりクローバーを先頭に進んでいった。家屋まで爪先立ちで歩いて行くと背が届く動物は台所の窓から中を覗き込んだ。そこでは長いテーブルの周りの半分に十二人の農場主が、もう半分には十二頭の地位の高い豚が座っており、テーブルの先頭の主人の席にはナポレオンが座っていた。豚たちは自分の席で完全にくつろいでるように見えた。彼らはカードゲームに興じていたようだったが今は乾杯のための小休止をしていた。大きな酒ビンが回され、空いたジョッキにビールが注がれていった。誰も窓からのぞいた動物たちの驚いている顔には気がつかなかった。
フォックスウッドのピルキントン氏がジョッキを片手に立ち上がり、ここにいる皆で乾杯をしよう、と言った。しかしその前に何か話しをすべきだと感じて彼は話しを始めた。
長い間の不信と誤解が今、終わりを告げたことを思うと私やここにいる他の全ての者は非常にうれしく感じます、と彼は言った。長い間、動物農場のこの尊敬すべき経営者たちは近隣の人間から疑念(彼は敵意とは言わなかった)の目で見られていました。もちろん私やここにいる仲間たちはそんなことはしていませんがね。不幸な事件が起き、誤った考えも広まっていました。豚によって所有され経営されている農場の存在はなんとも異常に思われましたし、近隣を動揺させたことは間違いありません。ちゃんと調べることもせず多くの農場主はそんな農場では無法と無規律が横行しているだろうと考えました。彼らは自分たちの動物への影響、いやそれだけではなく自分たちの雇い人に対する影響さえ心配していたのです。しかし今やそんな疑いは全て晴れました。本日、私と私の友人が動物農場を訪ね、その隅々まで自分の目で調べて目にしたものは何でしょうか?その最新の技術、規律と秩序は全ての農場主が手本とすべきものです。私は自信を持って言うことができますが動物農場の下層動物たちはこの国のどの動物よりも少ない食べ物でどの動物よりもよく働いています。間違いなく本日、私と私の同行者たちは自分たちの農場でもすぐに取り入れたい多くのことを目にしました。
動物農場とその近隣との友好関係の継続を再び強調して彼は締めくくりにこう言った。豚と人間の間には利益上の衝突は何もありませんし、またその必要もありません。我々の努力すべきことと立ち向かうべき難問は一つです。労働問題、それはどこでも同じではないでしょうか?ここでピルキントン氏は慎重に用意してきたしゃれを同席者に言うつもりだったが、そのおかしさのあまり自分で笑い出してしまって言葉を言えなくなってしまった。笑い声でのどを詰まらせ、顔を真っ青にしながらも彼なんとかこう言った「あなた方に戦うべき下層動物がいるとしたら、私たちには下層階級がいる!」。この機知に富んだ言葉にテーブルは大いに沸きたった。ピルキントン氏は彼が動物農場で見た少ない配給、長時間労働、低福祉に対してもう一度、豚たちに賛辞を述べた。
最後に彼は同席者にジョッキを満たして掲げるよう頼んだ。「紳士諸君」ピルキントン氏は締めくくりに言った。「紳士諸君。動物農場の繁栄に乾杯!」
歓声が挙がり、足が踏み鳴らされた。ナポレオンはたいそう満足げで、ジョッキを空ける前にピルキントン氏と乾杯をするために自分の席を立ち、テーブルを回っていった。ナポレオンは自分も語ることがあると言いいたげに立ったまま歓声が静まるのを待った。
これまでのナポレオンの演説と同様、彼の話は短く、要点が絞られていた。私も長い間の誤解が解けてうれしい、と彼は言った。長い間、私や私の同僚たちは何か破壊的で革命的な思想をもっていると噂されていた・・・私は悪質な敵がこれを流したのだと考えている。我々は近隣の農場の動物たちに対して革命を扇動しようとしていると信じられてきた。これほど真実からほど遠いものはない!我々の願いは過去も現在も一つだけで、それは平和に暮らし、隣人たちと普通の取引関係を結ぶことなのだ。私が管理する栄誉を預かるこの農場は協同組合企業なのだ、と彼は付け加えた。彼が管理するその不動産権利は豚たちが共同で所有しているものなのだ。
私は過去の疑惑が完全に晴れたと信じている。しかし我々に対する信頼をよりいっそう促進するために近々、農場の活動にいくつか変更を加えるつもりである、と彼は言った。これまでこの農場の動物たちは他の者を「同志」と呼ぶ非常に馬鹿げた習慣を持っていた。これを禁止するつもりである。またその由来は良くわからないが庭にある柱に釘で打ち付けられた雄豚の頭蓋骨の前で毎週、日曜日に行進をおこなうという非常に奇妙な習慣もある。これも禁止しするし、その頭蓋骨はすでに埋めてしまった。また来訪者の皆さんは旗ざおの先に緑の旗が掲げられているのを目にしたかもしれない。もし目にしていたらかつてそこに描かれていた白い蹄と角が無くなっていることに気づいただろう。これからはただの緑の旗になるのだ。
ピルキントン氏の友好的で素晴らしい演説に一つだけ反論がある、と彼は言った。ピルキントン氏は「動物農場」という名前を使った。これはここで初めて発表されることなので、もちろん彼は知らなかっただろうが「動物農場」という名前は廃止されるのだ。いまこの瞬間からこの農場の名前は「マナー牧場」になる。これこそが由緒正しい名前であると私は信じている。
「紳士諸君」。ナポレオンは最後に言った。「先ほどのように乾杯しよう。ただし少し違うやりかたでだ。グラスを満たしてくれ。紳士諸君、マナー牧場に乾杯!」
先ほどと同じようににぎやかな歓声が起き、ジョッキが空けられていった。しかし外の動物たちがその光景を覗き込んでいると、奇妙な変化が起きているように見えた。豚たちの顔が何か変化していないだろうか?クローバーは老いてかすんだ目を顔から顔へと移していった。ある顔は五重に見え、ある顔は四重、あるいは三重に見えた。しかし何か溶け出して変化しているようではないだろうか?ちょうどその時、歓声がやんで列席者がカードを取り上げて中断していたゲームを再開したので動物たちは静かに立ち去ろうとした。
しかし二十ヤードも進まずに彼らは立ち止まった。農場の家屋から叫び声が聞こえてきたのだ。彼らは駆け戻って再び窓を覗き込んだ。そこでは猛烈な口論の真っ最中だった。叫び声、テーブルを叩く音、疑いのまなざし、猛烈な罵声。騒動の原因はナポレオンとピルキントン氏が同時にスペードのエースを出したことのようだった。
十二の声が怒りで鳴り響き、それはどれも同じように聞こえた。今度は豚たちの顔に起きた変化は明らかだった。その動物の外見は豚から人へ、人から豚へ、そして再び豚から人へと変わっていった。もうどちらがどちらか区別することはできなかった。
おわり
^ジョン・ブル(John Bull):イギリスの週刊誌。
^ティット・ビッツ(Tit-Bits):イギリスの週刊誌。
^デイリーミラー(The Daily Mirror):イギリスの日刊タブロイド誌
http://blog.livedoor.jp/blackcode/archives/1518842.html
第一章
マナー農場[1]のジョーンズ氏は夜になると鶏小屋に鍵をかけたが少しばかり飲みすぎていたので家畜用の出入り口を閉じるのは忘れてしまった。ランタンの光を左右に揺らしながら庭を横切り、裏の戸口を蹴り開けて台所の樽から「最後の一杯」とビールを飲むとジョーンズ夫人が既にいびきをかいているベッドへ向かっていった。
寝室の灯りが消えるとすぐに農場中の建物からがやがやと羽音や鳴き声が起きはじめた。品評会で入賞したこともあるミドル・ホワイト種の豚のメージャーじいさんが昨夜みた奇妙な夢について他の動物たちと話し合いたがっているという話が昼間のうちに広がっていたからである。そんなわけでジョーンズ氏が去ったらすぐに大納屋に皆で集まることが取り決めてあった。メージャーじいさん(彼の本当の名前はウィリンドン・ビューティーだったがいつもそう呼ばれていた)は彼の話を聞くために皆が睡眠時間を一時間削るくらい農場では一目置かれていたのだ。
大納屋の一方の端は演壇のように一段高くなっていた。梁から吊るされたランタンの下、メージャーはその上の藁のベッドに落ち着いていた。彼は十二歳で最近ではかなり太ってきていたが、牙を切られていないにもかかわらず賢くて優しい外見をした健康で元気そうな豚だった。そろそろ他の動物たちが到着し始めていて、それぞれのやり方でくつろいでいた。最初に来たのはブルーベル、ジェシー、ピンチャーの三匹の犬と豚たちで演壇の前の藁にすぐさま落ち着いた。雌鶏たちは窓枠にとまり、鳩たちは垂木まで飛び上がっていた。羊と牛たちは豚たちの後ろに横たわって反芻をしていた。一緒にはいってきた二匹の馬車馬、ボクサーとクローバーは彼らの大きな毛むくじゃらの蹄のせいで小さな動物が藁の中に逃げ込まなくてもいいようにとてもゆっくり歩いてきて座った。クローバーは中年に近づいた雌馬で四匹の子馬を産んで以来かなり太っていた。ボクサーは十八ハンド[2]近い背の高さの巨体で普通の馬二頭を合わせたくらい力が強かった。鼻先の白い縞が彼の外見をバカっぽく見せていて確かに彼は少し頭が悪かったが、その粘り強い性格と仕事での驚異的な力量によって皆に尊敬されていた。馬たちが来た後、白ヤギのミュリエル、ロバのベンジャミンが来た。ベンジャミンは農場で一番年寄りの動物でとても気難しかった。彼はめったにしゃべらず、しゃべればそれは何か皮肉だった。例えば、神様はハエを追い払うために尻尾をくれたらしいけど尻尾もハエも無くしてくれたらよかったのに、といった具合だった。農場の動物の中で唯一、彼は笑わなかった。もしなぜかと尋ねれば、笑うようなものを見たことがないからだと彼は言っただろう。皆に認めようとはしなかったが、それでも彼はボクサーには心を開いていた。二頭はよく日曜日には果樹園の先の牧草地でなにもしゃべらず並んで散歩して過ごしていた。
列を作って納屋に入ってきた親鳥を見失ったあひるの雛たちがぴよぴよ鳴きながら踏み潰されない場所を探して右往左往している脇で二頭の馬は横になった。クローバーが彼女の大きな前足を壁にして彼らを囲って抱き寄せるとあひるの雛たちはすぐに眠り込んでしまった。最後の方になってジョーンズ氏の軽馬車を引いている馬鹿な白い雌馬のモリーが角砂糖を噛みながら気取って歩いてきた。彼女は最前席近くに陣取ると自分のたてがみを振ってそこに結ばれた赤いリボンに注目を集めようとした。一番最後に来たのは猫だった。何気ない様子で周りを見渡して暖かそうな場所を探し、結局ボクサーとクローバーの間に潜りこんだ。メージャーの演説の間、彼の言葉も聴かずに彼女は満足そうにそこで喉を鳴らしていた。
裏木戸の後ろの止まり木で眠りこけている飼い慣らされたワタリガラスのモーゼスを除いて全ての動物たちがそこにいた。メージャーは彼ら全員が落ち着くの見ると彼らの注目が集まるのを待ってから咳払いをして話し始めた。
「同志諸君。私が昨晩みた奇妙な夢については既に聞いているだろう。しかしその夢のことは後に回そう。まず話しておくことがある。私が死ぬまでの君たちと過ごせる月日はそう長くはないだろうと思う。私は私が得た英知を君たちに伝えるのが義務であると感じている。私は長く生きた。獣舎で独り横たわって考える時間は多いにあった。そして現在生きている全ての動物たちとこの地上での生活の本質について理解できたと言えると考えている。私が君たちに話したいのはそのことについてだ。」
「さあ同志諸君。我々の生活の本質とは何か? それについて話そう。我々の一生は悲惨で困難に満ち、短い。我々は生まれると我々の体を生かすために多くの餌を与えられる。そして我々のうちそれが可能な者は精根尽き果てるまで働かされる。やがて我々の利用価値がなくなるとその瞬間に我々は恐るべき残酷さで屠殺される。イングランドにおいて幸福の意味や老後の余暇というものを知っている動物は存在しないのだ。イングランドにおいて自由な動物は存在しないのだ。動物の一生は悲惨で隷属的である。これが率直な真実である。」
「しかしこれは単純に自然の摂理と言えるだろうか?まともな生活を送ることを許さないほどに我々のこの大地が貧しいためだろうか?否。同志諸君。千回もの否!イングランドの土壌は豊かで、その気候は穏やかである。現在そこに生活する動物の数を大きく凌ぐ豊富な食料の供給が可能である。我々のこの農場一つで十二頭の馬、二十頭の牛、百頭の羊を養える・・・それも我々の想像を超えた快適で尊厳ある生活を送ることができるのだ。それではなぜ我々はこの悲惨な状態のままなのか?それは我々の労働の生産物のほとんど全てが人間によって盗まれているからである。同志諸君。これが我々全員にとっての問題の答えだ。一つの言葉に要約できる・・・人間。人間だけが我々に対する本当の敵なのだ。人間を追い出そう。そうすれば飢えと過酷な労働の根本的な原因は永遠に無くなるのだ。」
「人間は生産することなく消費をおこなうただ一種の動物である。彼らはミルクを出さない。彼らは卵を産まない。鋤を引くには弱々しすぎるし、ねずみを捕まえられるほど足が速くもない。しかし彼らは全ての動物の主だ。全ての動物を働かせ、その見返りに飢え死にしないだけの最低限だけを動物に分け与えて残りを自分で所有するのだ。我々の労働は土地を耕し、我々の糞は土地を富ませる。しかし我々の内にその素肌以外に所有物を持つ者はいないのだ。私の前にいる牛の君。君は昨年、何千ガロンのミルクを出した?そしてたくましい子牛を育てあげるためのそのミルクはどうなった?その最後の一滴まで我々の敵ののどに消えたのだ。鶏の君。君は昨年、いくつの卵を産んだ?そしてその卵のうちいくつが孵って雛になった?残りの卵は全てジョーンズとその下男たちに金をもたらすために市場に消えたのだ。そしてクローバー、君の老後を支え楽しませてくれるはずだった君が産んだ四頭の子馬はどこへ?それぞれ一歳で売られていった・・・君が彼らと再会することは二度とないだろう。四回の出産と畑での労働の見返りに君は粗末な食事と馬小屋以外の何を得た?」
「その悲惨な一生ですら我々は全うすることはない。私自身のことで愚痴を言うつもりはない。私は幸運な者の一頭だ。私は十二歳で四百頭以上の子供がいる。これは豚にとっては自然なことだ。しかし最後の冷酷なナイフを逃れられる動物は存在しない。私の前に座る若い豚たちよ。君たち全員が一年以内に悲鳴をあげてその一生を終えるだろう。我々全員が必ずこの恐怖を体験する・・・牛、豚、鶏、羊、全員だ。馬や犬の運命も大差ない。ボクサー、君のその素晴らしい筋肉が力を失ったまさにその日にジョーンズは君を屠殺屋に売るだろう。屠殺屋は君ののどを切り裂き、猟犬の餌にするために君を煮るだろう。犬の場合は年をとって歯が抜ければジョーンズはその首にレンガを結びつけ近くの沼で溺死させるだろう。」
「同志諸君、この我々の生の全ての不幸が人間の横暴に由来することは水晶のように明瞭ではないだろうか?人間さえ居なくなれば我々の労働の生産物は我々のものとなる。ほとんど一夜にして我々は富を得て自由になれるのだ。それでは我々のすべきことは何か?昼夜を分かたず全身全霊をかけて人類打倒のために働こうではないか!同志諸君、これが君たちへの私の伝言である。反乱だ!私にはいつその反乱が起きるのかはわからない。一週間以内か、百年以内か。しかし私には私の足の下のこの藁を見るのと同じくらい確実にわかる。いずれは正義がおこなわれる。同志諸君、君たちの残り短い一生を通してしかと見届けてくれ!そしてぜひ私のこの伝言を君たちの後に続く者に伝えてくれ。将来の世代が勝利をおさめるまで闘争を続けられるように。」
「同志諸君、憶えておいてくれ。君たちの決意は決して挫けないということを。どのような論争も君たちを迷走させることはない。彼らが君たちに人間と動物は共通の利益を持つ、片方の繁栄はもう一方の繁栄であると言っても耳を貸すな。それは嘘だ。人間が自分以外の生き物の利益に奉仕することはない。そして我々動物の間に闘争における完璧な団結、完璧な同志意識を育もうではないか。全ての人間は敵だ。全ての動物は同志だ。」
この瞬間、とんでもない騒動が起きた。メージャーの演説の間、四匹の大きなねずみが巣穴から這い出し、座って彼の話を聞いていた。ところが唐突に犬が彼らを見つけだし、彼らが命からがら巣穴にかけ戻ったのだ。メージャーは静かにさせるために床を踏み鳴らした。
「同志諸君」彼は続けた。「ここで決めておかなければならないことがある。ねずみや野うさぎのような野生の動物は我々の友人なのだろうか、それとも敵なのだろうか?我々の投票で決めようではないか。この質問を会議に提案する。ねずみは同志か?」
一回の投票で決まった。圧倒的多数でねずみは同志であることが決まった。反対票は四票だけで三匹の犬と猫だった。猫の方は後で両方に投票していたことがわかった。メージャーは続けた。
「もう少しだけ話しておくことがある。繰り返すが人間と奴らのやり口全てに対する敵意を常に忘れてはならない。二本足で歩く者は敵だ。四本足で歩く者、あるいは翼を持つ者は仲間だ。そして人間との闘争において奴らの真似をしてはいけないということも忘れないで欲しい。たとえ奴らを倒しても奴らの悪習を受け継いではならない。動物は家屋に住んではならない。ベッドで眠ってはならない。服を着てはならない。酒を飲んではならない。タバコを吸ってはならない。金に触れてはならない。契約を結んではならない。人間の習慣はすべて悪である。強きも弱きも、賢い者もそうでない者も我々は皆兄弟である。動物は決して他の動物を殺してはならない。全ての動物は平等である。」
「同志諸君、これから私が昨晩みた夢について話そう。えも言われぬ夢だった。人間が消え失せた地上の夢だ。それは私が長い間忘れていたある物を思い出させてくれた。何年も前、私が子豚だった頃に私の母親と他の雌豚たちは曲と最初の歌詞だけが伝わる古い歌をよく歌っていた。私はその曲を子供の頃に憶えたがそれは長い間、私の頭から消え去っていた。しかし昨晩、私の夢の中でその曲がよみがえったのだ。さらに歌の詞すらもよみがえった。私は確信するがこの歌は古い時代の動物によって歌われ、世代の記憶の中に忘れ去られていたのだ。同志諸君、今ここで私がその歌を歌おう。私は年寄りで声も枯れている。しかし私が曲を教えれば君たちは私よりも上手く歌ってくれることだろう。この歌は『イングランドの獣たち』と呼ばれている。」
年寄りメージャーは咳払いをすると歌い始めた。彼の言ったとおり声は枯れていたが十分に上手く歌いこなしていた。曲は心をかき立てるようなメロディーで『クレメンタイン[3]』と『ラ・クカラーチャ[4]』を足して二で割ったようだった。その歌詞はこんな風だ。
イングランドの獣よ、アイルランドの獣よ
全世界の獣たちよ
輝かしい未来についての
私の知らせを聞け
いずれその日が来るだろう
暴虐なる人間は倒され
豊潤なるイングランドの大地を
所有する者は動物たちだけ
我々の鼻輪と
引き綱は消え去り
くつわと拍車は永遠に錆びついたまま
冷酷な鞭が鳴ることはもはやない
想像を超えた豊かさだろう
小麦に大麦にオート麦と干し草
クローバーに豆に砂糖大根
その日には全て我々の物だ
イングランドの大地を太陽が照らし
水はよりいっそう澄み渡り
吹く風はさらに甘いだろう
我々が自由になったその日には
労働し続けなければならない日々は
我々が死ぬまで終わらない
牛に馬にがちょうと七面鳥
自由のためにこそ働かなくてはならない
イングランドの獣よ、アイルランドの獣よ
全世界の獣たちよ
輝かしい未来についての
私の知らせを聞け
この歌は動物たちを熱狂させ、メージャーが歌い終わる前に彼らはもう自分で歌い始めていた。最も馬鹿な者でさえももう曲を口ずさみ数小節を歌えたし、豚や犬などの賢い者は数分で歌の全てを憶えた。そして数回の練習のあと農場全体での「イングランドの獣たち」の大合唱がおこなわれた。牛はモーと歌い、犬はクンクンと歌い、羊はメーと歌い、馬はヒンヒンと歌い、あひるはクワクワと歌った。彼らはその歌に大喜びで続けて五回も歌ったし、もし中断させられなければ一晩中でも歌い続けただろう。
間の悪いことにこの大騒ぎがジョーンズ氏を目覚めさせた。彼は農場に狐が忍び込んだのだと思いベッドから飛び出すと寝室の隅にいつも立てかけてある銃をつかみ暗闇に向けて六号弾を撃ちこんだ。散弾が納屋の壁に打ち込まれると集会は速やかに解散となった。皆、自分の寝所に飛んで戻り、鳥は自分の止まり木に飛び上がり、動物たちは藁の中にうずくまった。そしてすぐに農場全体が眠りに落ちた。
^マナー農場:マナーは「荘園」の意味
^1ハンド:10.16センチメートル
^クレメンタイン:アメリカ西部開拓時代発祥の民謡バラード。邦題「いとしのクレメンタイン」。
^ラ・クカラーチャ:メキシコ民謡。邦題「車にゆられて」。
第二章
三日後の夜、メージャーじいさんは眠りの中で穏やかに死んだ。遺体は果樹園の木の下に埋葬された。
それが三月の初旬のことだった。それからの三ヶ月間、秘密裏に活動が続けられた。メージャーの演説は農場の中でも比較的賢い動物たちに生活に対するまったく新しい考えを与えた。メージャーによって予言された反乱がいつ起きるのか彼らにはわからなかったし、それが彼らの生涯のうちに起きると考える根拠もなかった。しかしその準備をおこなうことが彼らの義務であるということだけは明確だった。教育と組織作りは自然と豚たちの仕事になった。彼らは動物の中でもっとも賢いと思われていたからだ。その豚たちのなかでも屈指の存在がジョーンズ氏が売りに出すために育てていたスノーボールとナポレオンという名の二頭の若い豚だった。ナポレオンは大きな獰猛な外見のバークシャー種の豚だった。農場で唯一のバークシャー種で、寡黙だが独自の考えを持つという評判だった。スノーボールはナポレオンと比べると陽気な豚だった。演説は早口で、とても独創的だったがナポレオンと比べると性格に深みがないと思われていた。農場の他の雄豚は皆、食肉用だった。彼らの中でも最も知られていたのは小柄で太ったスクィーラーという名の豚で、真ん丸い頬と輝く目を持ち、ちょこまかと動き回っては甲高い声でしゃべった。彼は優れた演説家だった。何か難しいことを主張する時は左右に跳ね回りながら尻尾を振り回し、どういうわけかそれが話に説得力を与えていた。他の者は、スクィーラーは黒を白に変える、と評していた。
この三頭はメージャーじいさんの教えを動物主義という名の完全な思想体系にまとめあげた。週にいく晩かはジョーンズ氏が眠った後に納屋で秘密の会合がおこなわれ、動物主義の原則が他の者に詳しく説明された。はじめのうちに彼らが出くわしたのは無知と無関心だった。動物の中のある者は「ご主人様」であるジョーンズ氏に対する忠誠について語ったり、「ジョーンズ様は僕らを養ってくれている。彼が死んだら僕らは飢え死にしてしまう。」といった幼稚なことを言った。また他の者は「なぜ私たちが死んだ後のことなんか気にしなきゃならないんだ?」だとか「この反乱が必ず起きるんだとしたら私たちがそのために働こうが働くまいが関係ないだろう?」と尋ねた。豚たちはこういった考えがいかに動物主義の精神に反しているかを彼らに理解させるのにとても苦労した。なかでも最も馬鹿げた質問は白馬のモリーのものだった。彼女がスノーボールに最初にした質問は「反乱の後にも角砂糖はあるの?」だった。
「ない。」スノーボールは断言した。「この農場で砂糖を作る方法はない。君に砂糖は必要ない。好きなだけオート麦と干し草が食べられるんだ。」
「たてがみにリボンを結ぶのはいいでしょ?」モリーが尋ねた。
「同志よ。」スノーボールは言った。「君のリボンは奴隷であることの証なんだ。自由はリボンより価値のある物だということが君にはわからないのか?」
モリーはそれに同意したが心からは納得してないようだった。
また豚たちは飼い慣らされたワタリガラスのモーゼスが話す嘘を打ち消すために悪戦苦闘しなければならなかった。ジョーンズ氏のお気に入りのペットであるモーゼスは密告屋でほら吹きだったが話術に長けていた。彼は死ぬと全ての動物が行くというシュガーキャンディーマウンテンという神秘の国を自分は知っていると主張した。それは雲より少し上の空にあるとモーゼスは言った。シュガーキャンディーマウンテンでは一週間全部が日曜日で、一年中クローバーが生い茂り、角砂糖と亜麻仁かすが生垣になっているのだ。動物たちは御伽噺ばかりして働かないモーゼスを嫌っていたが、彼らの中の何頭かはシュガーキャンディーマウンテンを信じていたので豚たちは苦労してそんな場所は存在しないと彼らを説き伏せなければならなかった。
彼らの最も忠実な弟子はボクサーとクローバーの二頭の馬車馬だった。この二頭は自分の頭で何かを考え出すのは大の苦手だったがいったん豚の教えを理解すると豚たちの話したこと全てを吸収し、わかりやすく言い直して他の動物にそれを伝えた。彼らは秘密の会合に出席し続け、会合の終わりには常に率先して「イングランドの獣たち」を歌った。
後になって考えると反乱は皆が予想していたよりもずっと早く、ずっと簡単に達成された。かつて厳格で有能な農場主だったジョーンズ氏はその頃、悪夢の日々に突き落とされていた。裁判沙汰で金を失ったのだ。そのことでとても落胆し、体を壊すほどの酒を飲むようになっていた。一日中台所のウィンザーチェア[1]にもたれかかり、新聞を読みながら酒を飲んで時おりモーゼスにビールに浸したパンのかけらをやるといった具合だった。下男たちは怠惰で不真面目になり、牧草地には雑草が生い茂るようになっていた。屋根には穴が開いたままで、生垣の手入れもされず、動物たちは栄養不良だった。
六月になり干し草の収穫が近くなった。真夏のある土曜日の晩、ジョーンズ氏はウィリンドンのレッドライオンという酒場で日曜の昼になるまで戻れないほど酒を飲んだ。下男たちはというと早朝に牛の乳をしぼると動物の餌やりをさぼってウサギ狩りに出かけてしまっていた。ジョーンズ氏は帰ってくるなり新聞に顔を突っ込んだまま応接間のソファーで眠ってしまったので夕方になっても動物たちには餌が与えられないままだった。ついに耐えられなくなった牛の一頭が貯蔵庫の扉を角で破り、ようやく全ての動物が飢えから逃れた。ちょうどその時、ジョーンズ氏が目を覚ました。すぐに彼と四人の下男が手に鞭をもってそこら中を打ちながら貯蔵庫にはいってきた。空腹には耐えた動物たちもこれには怒った。事前になんの打ち合わせも無かったのにもかかわらず、いっせいに彼らは自分たちを苦しめる相手に飛びかかった。ジョーンズと下男たちは突然、全ての方向から殴られ蹴られることになってしまった。まさに手のつけようがない状況だった。動物たちがこんな行動に出るところは見たことがなかったので、いつも好きなように叩いたり酷使している動物のこの突然の蜂起に彼らは頭が真っ白になるほど驚かされた。すぐに彼らは立ちむかうのをあきらめて逃げ出し、数分後には勝利の歓声を上げる動物たちに追われながら五人全員が街道に続く小道を飛んで逃げていった。
ジョーンズ夫人は寝室の窓から何が起きているかを見ると急いで布地のカバンに身の回りの物を詰め込んで別の道から農場を抜け出した。モーゼスは止まり木から飛び上がり、大きな声で鳴きながら彼女の後についていった。その間にも動物たちはジョーンズと下男を道路まで追い出すと彼らの背後で門扉を閉めてしまった。こうして彼らが何が起きたのか理解する前に反乱は成功裏に達成されたのだった。ジョーンズは追放され、マナー農場は彼らの物になったのだ。
しばらくの間、動物たちは自分たちの幸運を信じることができなかった。まず最初に彼らがおこなったことはどこかに人間が潜んでいないかを確認するかのように農場の周りをぐるぐると走り回ることだった。それが終わるとジョーンズの憎むべき支配の痕跡を拭い去るために農場の建物に駆け戻っていった。最後まで持ちこたえていた馬具置き場の扉を壊して開けるとくつわや鼻輪、犬の鎖、ジョーンズ氏が豚や羊を去勢するときに使う恐ろしげなナイフの全てが勢いよく放り出された。手綱、端綱、遮眼帯や吊り下げ式の飼い葉袋の全てが庭で燃やされている火の中に投げ込まれていった。鞭もそうだった。鞭が燃え上がるのを見ると全ての動物たちが喜びのあまり跳ね回った。スノーボールは市場に行くときに馬のたてがみと尻尾に飾り付けられるリボンも火に投げ込んだ。
「リボンは服と見なされる。服は人間の証だ。全ての動物は裸で過ごさなければならない。」
ボクサーはこれを聞くとハエが耳に入らないように夏になるとかぶっている小さな麦藁帽を取ってきて残り火の中に投げ込んだ。
動物たちがジョーンズ氏を思い出させるもの全てを壊すのにはたいして時間はかからなかった。それが終わるとナポレオンは彼らを連れて貯蔵庫に戻り、皆にはいつもの二倍のとうもろこしを、犬にはそれぞれ二枚のビスケットを支給した。それから彼らは「イングランドの獣たち」を七回ぶっ続けで歌ってから床に就き、これまでにないほどぐっすりと眠ったのだった。
いつものように目を覚ますと彼らは昨日起きたすばらしい出来事を突然思い出し、皆で一緒に牧草地に駆けていった。牧草地を少し下った場所には農場全体が見渡せる丘があった。動物たちはその頂上に駆け上がると明るい朝の光の中で農場を眺めた。そう、それは彼らの物だった・・・目にはいる全ての物が自分たちの物なのだ!彼らは有頂天になって跳ね回り、興奮のあまり高々と宙に飛び上がった。朝露の中を転げ回ったり、甘い夏草を口いっぱいにほおばったり、黒土の塊を掘り返してその豊かな香りを嗅いだりした。それから農場全体を点検して周ることにし、耕作地や干草用の畑や果樹園、沼や雑木林を無言の賞賛と共に調べていった。それらは今まで見たこともないようなものに見えた。その全てが自分たちのものであることが今になっても彼らには信じられなかった。
列になって農場の建物に戻ると彼らは無言で農場の家屋の前で立ち止まった。それは彼らの物ではあったが皆、中に入るのが恐ろしかったのだ。しかし次の瞬間、スノーボールとナポレオンが肩でドアを押し開け、動物たちは何も動かす恐れのないように細心の注意を払いながら一列になって中に入っていった。
彼らは誰かに聞かれるのを恐れるかのように囁きつつ羽毛の詰まったマットレスが敷かれたベッドや姿見、ばす織り[2]のソファーやブリュッセル製のカーペット、そして応接室のマントルピースの上のビクトリア女王のリトグラフの信じられないほどの豪華さに畏敬の念すら感じながら爪先立ちで部屋から部屋へ見て回った。しばらくするとモリーがいないことに誰かが気づき、皆すぐに階段を降りていった。戻ってみると彼女は先ほど通り過ぎた豪華な寝室にまだいた。彼女はジョーンズ夫人の化粧台から青いリボンを取りあげて肩に載せ、鏡に映る自分の姿に馬鹿みたいにうっとりしているところだった。皆は彼女を強く非難し、外に出ていった。台所に吊るされていたハムは埋葬するために持ちだされ、食器洗い場のビール樽はボクサーの蹄で蹴り壊されたがそれを除くと家の中の物は何一つ触れられていなかった。全会一致の決議で農場の家屋は記念館として保存されることが採択され、動物は決してそこに住んではならないと皆で決めた。
動物たちが朝食をすますとスノーボールとナポレオンが再び彼らを呼び集めた。
「同志よ」スノーボールが言った。「今、六時半だ。これから長い一日が始まる。今日から干草の収穫を始めようと思う。が、まず最初にやっておかなければならないことがある。」
ここで豚たちはゴミ捨て場に捨てられていたジョーンズ氏の子供の古い綴り方の教科書を使って自分たちが過去三ヶ月の間に読み書きを勉強していたことを明かした。それからナポレオンが壷に黒と白のペンキを用意し、皆は街道に面した門扉まで下りていった。そこでスノーボールはペンキブラシを両手でつかみ(スノーボールが一番文字を書くのが上手かったのだ)、ゲートに掲げられているマナー農場という文字を塗りつぶすとそこに動物農場と書いた。その時からこれが農場の名前となったのだった。それが終わると彼らは農場の建物に戻り、スノーボールとナポレオンが壁にはしごをかけておいた大納屋に集まった。過去三ヶ月の研究によって豚たちは動物主義の原則を七つの戒律にまとめることに成功したと彼らは説明した。そしてこの七つの戒律が壁に書かれることになった。以後、動物農場の全ての動物がそれに従って生活しなければならない不磨の大典を彼らは作り上げていたのだ。はしごの上のスノーボールとその数段下でペンキ壷を持ったスクィーラーによってタールの塗られた壁の上に三十ヤード[3]向こうからも読める程の大きな白い文字で次のような戒律が書かれた。
七つの戒律
一、二本足で歩く者は誰であっても敵である。
二、四本足で歩く者または翼を持つ者は誰であっても仲間である。
三、動物は衣服を着てはならない。
四、動物はベッドで眠ってはならない。
五、動物は酒を飲んではならない。
六、動物は他の動物を殺してはならない。
七、全ての動物は平等である。
「仲間」が「仲問」と書かれていることと文字の一つがひどい書き方をされている以外はとてもきれいに書かれ、文字の間違いもなかった。スノーボールは他の者がわかるようにそれを声に出して読み上げた。動物たちは皆、戒律に完全に合意してうなずき、賢い者はすぐに戒律の暗記をはじめた。
「さあ、同志諸君」とペンキブラシを放り投げながらスノーボールが叫んだ。「干し草畑に行こう!我々がジョーンズとその下男どもよりもすばやく収穫できることを見せてやろうじゃないか。」
しかしそのときずっと不安そうにしていた三頭の牛が大きな鳴き声をあげた。彼女たちはもう二十四時間以上もミルクを搾られていなかったので乳房が破裂してしまいそうだったのだ。しばらく考えてから豚たちがバケツを持ってきて実に上手く牛のミルクを絞った。彼らの蹄はこの仕事によく向いていた。すぐにバケツ五杯の濃厚に泡立つミルクが絞られ、他の動物たちは興味津々にそれを見つめた。
「そのミルクはどうするの?」と誰かが言った。
「ジョーンズはときどきそれを私たちの餌に混ぜていたよ。」と鶏の一羽が言った。
「ミルクのことは気にするな、同志諸君!」ナポレオンがバケツの前に立って叫んだ。「これは見張っておこう。収穫の方が大事だ。同志スノーボールについて行きたまえ。私もすぐに後を追う。前進だ、同志諸君!干し草が待っているぞ。」
そこで動物たちは皆で干し草畑に行き、収穫を始めた。夜になって戻ってみるとミルクは消え失せていた。
^ウィンザーチェア:17世紀後半よりイギリスで製作されはじめた椅子。厚い座板に脚と細長い背棒、背板を直接接合した形状が特徴。
^ばす織り:縦糸に綿糸、麻糸または毛糸を、横糸に馬の尾の毛を用いて織った織物。
^1ヤード:0.9144メートル
第三章
干し草を刈り入れることの大変さといったらなかった!しかし努力は報われ収穫は彼らが期待していた以上の大成功だった。
作業には大変な困難もあった。道具は動物用ではなく人間用に作られていたし、どの動物も後ろ足で立ちながら道具を使うことができなかったのは深刻な問題だった。しかし豚たちは頭を使って数々の困難を克服する方法を考えだした。馬たちは畑を知り尽くしていた。そしてジョーンズとその下男たちよりも刈り取りの仕事をよく理解していて、ずっと作業が速かった。豚は実際の作業はしなかったが他の者に指示を出し監督をした。その優れた知識を考えれば彼らがリーダーシップをとるのはごく自然なことだったのだ。ボクサーとクローバーは自らそりや馬くわを着けて(もちろんかつてのようなくつわや手綱は必要なかった)畑を着実に進んで行き、その後ろを豚が歩きながら状況に合わせて「急げ、同志!」とか「後ろだ、同志!」とか叫びながら歩いていった。動物たちは皆かがみこんで干し草を巻き上げて集めた。あひるや鶏でさえ干し草の小さな切れ端をくちばしにくわえて一日中太陽の下、あちこちと働きまわっていた。そしてついに彼らはジョーンズとその下男たちが普段やるよりも二日も早く収穫を終えたのだった。役立たずは一人もいなかった。鶏とあひるはその鋭い目で最後の干し草の一本まで集めた。そして農場の動物の中には干し草を一口でも盗むような者は一頭もいなかった。
夏の間中、農場の仕事は時計のように正確におこなわれた。動物たちは考えられないほど幸福で食事の一口一口が大きな喜びを与えてくれた。それは自分たちの、自分たちによる、自分たちのための食事であってけちな主人からの施しものではないのだ。無価値な寄生虫である人間が消えたおかげで皆の食事は多くなった。余暇も動物たちが経験したことのないほど増えた。それでも彼らは多くの困難に出会うこともあった・・・例えば、年の後半にとうもろこしを収穫した時には昔ながらの方法でそれを踏んで脱穀し、息でもみ殻を吹いて飛ばさなければならなかった。農場には脱穀機がなかったのだ・・・しかし頭の良い豚と素晴らしい筋肉の持ち主であるボクサーがいつも彼らを引っ張っていった。ボクサーには誰もが賞賛を送った。彼はジョーンズがいた頃もよく働いていたがいまや馬三頭分の働きをしていた。農場の全ての仕事は彼の力強い肩にかかっているように思われた。朝から晩まで彼は押したり引いたりといった力仕事をし、常にもっとも大変な仕事に従事した。彼は雄鶏の一羽に自分を皆よりも三十分早く起こすように頼み、普段の昼間の仕事が始まる前に何であれその時もっとも必要に見える勤労奉仕をおこなった。全ての問題、全ての後退に対する彼の答えは常に「俺がもっと働けばいい!」でこれが彼の口癖だった。
他の者たちはそれぞれの能力に応じて働いた。例えば鶏とあひるは収穫時に散らかったとうもろこしの粒から五ブッシェル[1]のとうもろこしを集めた。盗みを働く者はいなかったし、食事に不平を言う者もいなかった。かつての生活では当たり前に見られた言い争いや喧嘩、嫉妬はほとんどなくなった。誰も怠けなかった・・・いや、ほとんどの者は。実際のところ、モリーは朝寝坊で蹄に石が挟まるとすぐに畑仕事を中断していた。また猫のやり方は独特だった。仕事を始めようとする時になるといつも猫がいなくなることに皆は気づいた。彼女はしばらくの間姿を消し、仕事が終わった後の食事の時間になると何事もなかったのように再び現れるのだった。そして彼女はうまいこと言い訳をして彼女の善意を疑うことを不可能にするように優しげにのどを鳴らしすのだ。年寄りロバのベンジャミンは反乱後も変わらないように見えた。ジョーンズがいた頃にそうしていたのと同じ様にゆっくりと一徹なやり方で自分の仕事をおこなった。怠けることもなく余分の勤労奉仕をすることもなかった。反乱とその結果については何も言わなかったし、ジョーンズがいなくなって嬉しくないのか、と尋ねられるとただ「ロバは長生きだ。誰も死んだロバを見たことがない。」としか言わないので尋ねた者はこの謎めいた答えだけで満足しなければならなかった。
日曜日には仕事がなかった。朝食はいつもより一時間遅く、朝食の後には毎週欠かさずにセレモニーがおこなわれた。まず最初に旗の掲揚がおこなわれた。スノーボールが馬具室からジョーンズ夫人の古い緑のテーブルクロスを見つけてきて、そこに白く蹄と角を描いた。これが毎週日曜の朝になると農場の庭にある旗ざおに掲げられるのだった。スノーボールの説明によると緑の旗はイングランドの緑の大地を表し、蹄と角は最終的に人類が打倒された際に建国される未来の動物共和国を意味していた。旗の掲揚が終わると動物たちは皆、会議という名の集まりのために大納屋に集合することになっていた。そこで次の週の仕事が計画され、それについての提案がされ、議論がおこなわれた。議案を提出するのはいつも豚だった。他の動物は投票の仕方は分かったが独自の案を考え出すことなどとてもできなかった。スノーボールとナポレオンはとてつもなく激しい議論をし、この二人の意見が一致することは一度もなかった。どちらか片方がおこなった提案に対してはもう一方が必ず反対するのだ。誰一人反対する者がないような、まったく問題がない場合・・・例えば仕事ができなくなった動物たちの養老院として果樹園の後ろに小さな放牧場を作ろうといった案についてさえもそれぞれの動物の正しい引退の年齢について嵐のような議論があった。会議はいつも「イングランドの動物たち」の歌で終わり、午後は娯楽にあてられた。
豚は馬具室の横に自分たちの司令部をおいた。彼らは毎晩のようにここで鍛冶や大工仕事といった必要になる技術を農場の家屋から持ってきた本で勉強していた。またスノーボールは他の動物たちを動物委員会と彼が呼ぶものに編成することで忙しかった。彼は根気よくこの作業を続けた。読み書きのクラスを編成する一方で鶏には卵生産委員会、牛には清潔尻尾連盟、他にも野生同志再教育委員会(これはねずみとうさぎを仲間に取り込もうというものだった)や羊のための白い羊毛運動などを組織していた。全体的に見てこれらの計画のほとんどは失敗に終わった。例えば野生動物の取り込みはすぐに破綻した。彼らは以前とまったく変わらない行動をし、寛大に扱われた時にはただ単にその利益を享受するだけだった。猫は再教育委員会に参加して数日の間は積極的に活動をおこなっていた。彼女は一日中屋根に座りこみ手の届かない位置にいるすずめたちに語りかけていた。全ての動物たちはいまや同志でありすずめの君はこっちに来て彼女の手に止まることもこともできるんだ、と話しかけたがすずめたちは彼女との距離を保ったままだった。
しかし読み書きのクラスは大成功だった。秋には農場のほとんど全ての動物がある程度の読み書きをできるようになっていた。
豚たちは既に完璧に読み書きができていた。犬たちは文字の読み方はすぐに憶えたが七つの戒律を除いては読むことに関心を示そうとしなかった。ヤギのミュリエルは犬よりも読むのが上手く、ゴミ捨て場から見つけてきた新聞の切れ端を夜になるとときどき取り出して読んでいた。ベンジャミンは豚と同じくらい読むのが得意だったがその能力を積極的に使おうとはしなかった。彼が言うには自分の知る限りでは文字を読めて得なことは何もないというのだ。クローバーは全部の文字を憶えたがそれを単語にすることができなかった。ボクサーはというとDから後ろの文字を憶えることができなかった。彼はA、B、C、Dと地面に蹄で書いてから文字の前に立ち、耳を倒し、時には前髪を振り乱して次に何が来るかを必死に思い出そうとしたがそれが成功することはなかった。確かに何回かはE、F、G、Hを学んで憶えることができたのだがそうすると今度はA、B、C、Dを忘れてしまうのだった。最終的に彼は最初の四文字で満足することに決めて記憶を確かなものにするために毎日一、二回それを清書することにした。モリーは自分自身の名前の六文字(M、O、L、L、I、E)以外は何一つ憶えようとはしなかった。彼女はこの六文字を枯れ枝の切れ端できれいに作って数本の花で飾るとほれぼれとその周りを歩いて回った。
その他の動物たちはAから後を憶えることができなかった。また羊や鶏、あひるなどの特に頭の弱い動物は七つの戒律を憶えることすらできなかった。長い苦労の末、スノーボールは七つの戒律を短くまとめた一つの格言を発表した。それは「四本足は善い。二本足は悪い。」というものだった。彼によるとこれは動物主義の重要な原則を意味しており、誰であろうとこれをしっかりと理解している者は人間の影響から守られているのだった。問題は鳥だった。なぜなら彼らも二本足のように見えたからだ。しかしスノーボールは彼らにそれは違うということを説明した。
「同志諸君」彼は言った。「鳥の羽というのは推進のための器官であって物を操作するための器官ではない。従って足と見なせる。人間の目印は手だ。この手に握られた道具で奴らは全ての間違いを犯す。」
鳥たちはスノーボールの話す長い単語は理解できなかったが彼の説明を受け入れることにした。そして頭の弱い動物は新しい格言を憶えることになり、「四本足は善い。二本足は悪い。」は納屋の突き当たりの壁の七つの戒律の上に大きな文字で書かれた。いったん憶えると羊はこの格言をすっかり気にいってしまい、牧場で横になっている時によく皆で「四本足は善い。二本足は悪い!四本足は善い。二本足は悪い!」と何時間も鳴き続けて飽きることがなかった。
ナポレオンはスノーボールの委員会には無関心だった。彼は既に年をとった者に対して何かするよりも若者の教育の方が重要であると言った。そんな中、ジェシーとブルーベルが子犬を産んだ。それは干し草の収穫のすぐ後のことで彼らの間に生を受けたのは九匹の健康な子犬だった。ナポレオンは自分は彼らの教育に責任がある、と言って母親の元から彼らを連れ去り、引き離してしまった。彼が子犬を馬具室からはしごを使ってしか上がれない屋根裏部屋に連れていって隔離してしまったので農場の他の者はすぐに子犬のことを忘れてしまった。
ミルクがどこかに消えてしまった謎はすぐに解明された。豚の餌に毎日混ぜられていたのだ。またこんなこともあった。早成りのりんごが熟れて、果樹園の草の上に落ちた実が散らばっている頃のことだった。動物たちは当然のようにそれが平等に分け与えられるものだと思っていたが、ある日、落ちた実を全て集めて豚たちの使っている馬具室に持ってくるようにという命令が下された。一部の他の動物は不満をもらしたが仕方のないことだった。スノーボールとナポレオンを含めこれについては全ての豚の間で完全な合意ができていたのだ。そして他の者に説明をおこなうためにスクィーラーが駆りだされた。
「同志諸君!」彼は叫んだ。「私は我々豚が利己主義と特権意識からこんなことをしていると君たちに考えてもらいたくない。我々の多くは実際のところミルクとりんごが嫌いなのだ。私も嫌いだ。我々がこれらを食べる目的はただ一つ、我々の健康を保つためだ。ミルクとりんご(これらは科学によってもたらされたのだ、同志よ)は豚の健康には絶対的に欠かすことのできない物質を含んでいる。我々豚は頭脳労働者だ。この農場の全体管理と組織運営は我々にかかっている。我々は昼夜を問わず君たちの幸福な生活を見守っているのだ。我々がミルクを飲み、りんごを食べるのは君たちのためなのだ。我々豚が我々の義務を全うできなかった場合に何が起きると思うかね?ジョーンズが戻ってくる!そう、ジョーンズが戻ってくるのだよ!これは確かなことだ、同志諸君。」スクィーラーはまるで申し立てをするように叫びながら左右に駆け回り、尻尾を振り回した。「君たちの中でジョーンズに戻ってきて欲しい者いないだろう?」
動物たちにとって明らかに確かなことが一つあるとするならばそれはジョーンズに戻ってきて欲しくないということだった。それを持ち出されると彼らは何も言えなくなってしまった。豚を健康に保つことの重要性はあまりに明白に思えた。そしてそれ以上の議論がされることなく、ミルクと木から落ちたりんご(さらには熟した後に収穫するりんごも)豚だけのものになることが合意された。
^1ブッシェル:36.36872リットル(イギリス)
第四章
夏が終わる頃には動物農場で起きた事件は国の半分に知れわたっていた。スノーボールとナポレオンは近隣の農場の動物と情報を共有するために毎日のように伝書鳩を飛ばし、反乱の物語を伝えたり「イングランドの獣たち」の曲を教えたりしていた。
この頃、ジョーンズ氏は大半の時間をウィリンドンのレッドライオン酒場に座り込んで過ごしていた。彼はろくでなしの動物集団に財産を奪われたことで彼が味わっているとてつもない不公平についての不平を耳を貸す者皆に語った。他の農場主は基本的には彼に同情したがはじめは手助けをしようとはしなかった。内心で皆、どうにかしてジョーンズの失敗を自分の利益にできないだろうかと考えていたのだ。動物農場に隣接する二つの農場の農場主の仲が悪かったことは幸運だった。農場の片方はフォックスウッドという名で大きくて荒れ果てた昔ながらの農場だった。森に覆われ、牧草地は疲弊し、その生垣は見られた状態ではなかった。農場主のピルキントン氏は気楽な農場経営者で一日の多くの時間を季節に応じて釣りか狩りをして過ごしていた。もう一方の農場はピンチフィールドと呼ばれており、小さいながらもしっかり手入れが行き届いていた。農場主はフレデリック氏で彼は頑健で抜け目のない男だった。いつも訴訟を抱えこみ、強硬な交渉術をおこなうことで知られていた。この二人はお互いに大変嫌い合っており、例え共通の利益のためであっても何かに合意するなどということはありえなかった。
しかしながら彼らは二人とも動物農場で起きた反乱にはとても驚き、自分の農場の動物がその反乱について知ることがないように気を配っていた。最初のうち彼らは動物たちが自分自身で農場を管理するという考えを嘲笑し、こんなことは二週間もすればけりがつくと話していた。彼らはマナー農場(彼らは農場をマナー農場と呼び続けた。「動物農場」という名に我慢がならなかったのだ。)の動物たちは互いに争ってすぐさま飢え死にするだろうと考えていたのだ。時が経ち、動物たちが飢え死にしないことが明らかになるとフレデリックとピルキントンはやり方を変え、動物農場で現在おこなわれているという恐るべき行為について語るようになった。動物たちは共食いをしているだとか、他の動物を焼いた蹄鉄で拷問しているだとか、フリーセックスが横行しているといった調子だった。これは自然の法則に刃向かった結果なのだとフレデリックとピルキントンは語った。
しかしそういった話はまったく信用されなかった。人間が消え失せ、動物たちが自分自身で仕事を管理しているという素晴らしい農場のぼんやりとして不明瞭な噂は広がり続け、その年中、反乱の波は田園地帯を駆け抜けた。いつもは従順な雄牛が突然凶暴になり、羊は垣根を壊してクローバーを食べ続けた。乳牛はバケツを蹴ってひっくり返し、猟馬は垣根を飛び越えることを拒否して騎手を反対側に振り落とすようになった。それが起きる場所では必ず「イングランドの獣たち」の曲やあるいは歌詞が広まっていた。歌は驚くべきスピードで広がっていった。動物たちはその歌が単なる悪ふざけであるかのように振舞ったのでそれを聴いても人間たちには動物たちの熱狂を抑えることはできなかったのだ。人間たちは動物がどこでそんなくだらないゴミのような歌を憶えてきたのか見当もつかないとこぼした。その歌を歌っているところを見つかった動物はその場で鞭で打たれたが、それでもその歌が広まるのを押さえ込むことはできなかった。つぐみが垣根で歌い、鳩が並木道で歌った。鍛冶場の騒音の中にも、教会の鐘の音色の中にもその歌が聴こえた。そして人間たちはそれを聴くと将来起きるであろう悪夢を予感してひそかに身震いするのだった。
十月の初旬、とうもろこしが収穫されて積み上げられ一部は脱穀まで済まされた頃、鳩の一群が風を巻き上げて飛来し動物農場の庭にとても興奮しながら降り立った。ジョーンズとその下男たち、そしてフォックスウッドとピンチフィールドから来た半ダースの人間たちが門扉を通って農場に続く小道を上ってきたのだ。銃を手にして先頭を歩くジョーンズ以外は皆、棒切れを携えている。明らかに彼らは農場を取り返すつもりだった。
これはずいぶん前から予想されていたことだったので準備は既に整っていた。農場の家屋からみつけた古いジュリアス・シーザーの軍事行動の本を研究したスノーボールが防御作戦を指揮した。彼は速やかに指示を出し数分のうちに全ての動物が持ち場についた。
人間が農場の建物に近づいてくるのに合わせてスノーボールは最初の攻撃を開始した。三十五羽に及ぶ全ての鳩が飛び掛り、男たちの頭の周りを飛びまわりながら空中から糞を浴びせかけた。そして人間がそれに気をとられている間に後ろの生垣に隠れていたがちょうが殺到し彼らのふくらはぎを嫌というほどつついたのだ。
しかしこれはもともとけん制ための軽い小競り合いだったので男たちは棒切れで簡単にがちょうを追い払うことができた。そこでスノーボールは攻撃の第二波を繰り出した。スノーボールを先頭にミュリエルとベンジャミン、そして全ての羊が押し寄せ四方八方から男たちに殴りかかった。一方、ベンジャミンは向きを変えると彼らにその小さな蹄を浴びせかけていた。しかし棒切れを持ち、鋲釘を打ち付けたブーツを履いている男たちはやはり彼らの手に負える相手ではなかった。突然スノーボールが撤退の合図の金切り声を上げ、全ての動物が向きを変えて門から庭に撤退した。
男たちは勝利の叫び声をあげた。彼らは敵が逃げ出したと思いこみ先を争ってその後を追った。これはスノーボールの狙い通りだった。彼らが庭に侵入するとすぐに牛舎で待ち伏せしていた三頭の馬、三頭の牛、そして残っていた豚たちが彼らの後ろに現れ退路を断った。スノーボールは攻撃の合図を出すと自分自身もジョーンズに向かって突進した。ジョーンズはスノーボールが向かってくるのを見るやいなや銃を構えて撃った。散弾はスノーボールの背中に血の筋を残し、そばで一頭の羊が死んで倒れた。少しの躊躇もなく彼は十五ストーン[1]もの巨体でジョーンズの足に飛び掛った。ジョーンズは糞の山に放り出され、その手からは銃が吹き飛んでしまった。しかし最も恐ろしい光景を繰り広げているのはボクサーだった。彼は後ろ足で立ち上がると蹄鉄をつけたその巨大な蹄で種馬のように男たちを殴りつけていた。最初の一撃はフォックスウッドから来た馬丁の男の頭に当たり彼は気を失って泥の中に伸びてしまった。それを見た男のうちの何人かが棒切れを放り出して逃げ出そうとした。パニックが彼らを襲い、次の瞬間には全ての動物たちが一緒になって彼らを庭中追い掛け回し始めた。動物たちは突っつきまわし、蹴りつけ、噛みつき、踏みつけた。農場の全ての動物がそれぞれのやり方で人間たちに復讐をしていた。あの猫でさえ突然屋根から農場主の肩に飛び降りるとその首筋を爪で引っかいて恐ろしい悲鳴をあげさせた。入り口が見えると男たちは喜び勇んで庭から駆け出し、急いで街道に逃げ出していった。こうして攻め込んでから五分も経たずに彼らは来た時と同じ道を通って屈辱的な撤退を余儀なくされたのだった。彼らの後ろをがちょうの群れが騒ぎ立てながら追いかけそのふくらはぎをずっと突っつきまわしていた。
一人を除いて全ての男たちが逃げ去った。庭ではボクサーが泥の中で突っ伏した馬丁の男を起こそうと蹄で突っついていたが彼はぴくりとも動かなかった。
「死んじまった。」とボクサーが悲しそうに言った。「そんなつもりじゃなかったんだ。蹄鉄を着けていることを忘れてたんだ。わざとじゃないって。信じてくれ。」
「気を落とすな、同志!」スノーボールが叫んだ。彼の傷からはまだ血が滴り落ちている。「これは戦争だ。良い人間は死んだ人間だけだ。」
「俺は例え人間でも殺したいとは思わない」ボクサーは繰り返し、その瞳には涙があふれていた。
「モリーはどこだ?」と誰かが叫んだ。
たしかにモリーはどこにもいなかった。しばらく大変な騒ぎになった。皆、人間が何らかの方法で彼女に傷を負わせたり連れ去ったりしたのではないかと恐れたのだ。結局、彼女は自分の馬房で飼い葉おけの干し草の中に頭を突っ込んで隠れているところを発見された。彼女は銃が撃たれた瞬間に逃げ出していたのだった。他の者が彼女を探すのから戻ってくると実際は気絶していただけの馬丁の男はとっくに息を吹き返して逃げ去っていた。
動物たちは大変な興奮のしようだった。戦闘での自分の功績を声高に話しながら再び集まり、すぐに即席の戦勝祝賀会が始まった。旗が掲げられ、「イングランドの獣たち」が何度も歌われた。その後、殺された羊の厳粛な葬式がおこなわれ墓の上にはサンザシの苗が植えられた。そして墓の横でスノーボールが短い演説をおこない、全ての動物は必要な時には動物農場のために死ぬ覚悟が必要であると強調したのだった。
動物たちは満場一致で軍事勲章を設けることに決め、「動物英雄 勲一等」がその場でスノーボールとボクサーに与えられた。それは真鍮のメダル(馬具室でみつかった大変古い馬用の飾りだった)でできていて日曜日や祝日になると身に着けられた。また「動物英雄 勲二等」も設けられ、それは死んだ羊に与えられた。
この戦闘がなんと呼ばれるべきかについては多いに議論があったが、結局、待ち伏せの場所にちなんで牛舎の戦いと名づけられた。ジョーンズ氏の銃は泥の中からみつかった。農場の家屋に予備の銃弾があることがわかっていたので祝砲の代わりとして旗ざおの根元に銃を置いておき、牛舎の戦いの記念日である十月十二日と反乱の記念日である夏至の日の年に二回撃つことが決められた。
^1ストーン:6.35029318キログラム
第五章
冬が近づくにつれてモリーはどんどん厄介者になっていった。彼女は毎朝のように仕事に遅れて来ては寝坊したんだと言い訳をし、不可解な体調不良も訴えていたがその割には食欲は旺盛だった。そしてなにか口実をみつけては仕事から逃げ出し水飲み場に行っては水に映る自分の姿を馬鹿みたいに眺めているのだった。しかしもっと深刻な噂も流れていた。ある日、モリーが長い尻尾を振りつつ干し草の茎を噛みながら庭をぶらぶらと散歩しているとクローバーがそばに近寄ってきた。
「モリー」彼女は言った。「あなたにどうしても言わなくちゃならないことがあるんだけど。今朝あなたが動物農場とフォックスウッドの境の生垣に居るところを見たのよ。垣根の向こうにはピルキントンのところの下男の一人が立ってた。それで・・・遠くからだったんだけど確かに見たと思うの・・・そいつはあなたに話しかけてあなたはそいつに鼻をなでることを許していた。どういうことなの?モリー。」
「彼はそんなことしてない!私はそんなことしてない!そんなのありえない!」モリーは叫ぶと飛び跳ねて足を踏み鳴らした。
「モリー!私の顔を見て。あなたは本当にあの男があなたの鼻をなでていないと私に言うのね?」
「ありえない!」モリーは繰り返したがクローバーの顔を見ることはできなかった。そして次の瞬間、彼女は草原に駆け足で走り去った。
クローバーは自分の考えに急き立てられ、他の者には何も言わずにモリーの馬房に行って蹄で藁をかき回した。藁の下に隠されていたものは角砂糖の小山と何色ものリボンの房だった。
三日後、モリーは姿を消した。何週間も彼女の行方はわからなかったがある日、鳩たちがウィリンドンの向こう側で彼女を見たと報告した。彼女は酒場の外に停めてある赤と黒で塗られた優雅な二輪馬車の棹の間にいたという。チェックのズボンにゲートルを巻いた居酒屋の主人とおぼしき太った赤ら顔の男が彼女の鼻をなでながら角砂糖をやっていた、彼女のたてがみは切り揃えられ前髪には真紅のリボンを着けていて彼女は楽しそうに見えた、と鳩たちは語った。その後、動物たちは二度とモリーのことに口にすることはなかった。
一月になって天候はひどく荒れた。大地はまるで鉄のようで畑でできることは何もなかった。大納屋では多くの会議がおこなわれ、豚たちは来期の作業計画の立案を独占していた。これは豚が他の動物たちよりも明らかに賢く、また最終的には多数決によって採択されなければならないにしても農場の政策に関する全ての問題を彼らが取り仕切っていることを皆が認めていたからだった。この体制はスノーボールとナポレオンの間で論争が始まらない限りは十分に巧く働いていていた。この二頭は対立できる点では常に対立した。片方が大麦を蒔く面積を広げようと提案すればもう一方はオート麦の面積を広げようと要求したし、片方がこれこれの土地はキャベツに最適だと言えばもう片方はこんな土地には根菜しか生えないと断言した。それぞれに取り巻きがついて猛烈な討論がおこなわれていた。会議ではその素晴らしい演説でしばしばスノーボールが多数決に勝ったが、ナポレオンは合間の時間に自分の支援者を集めることに長けていた。これは羊の場合に特にうまくいった。最近では羊はところかまわず「四本足は善い。二本足は悪い。」と鳴きわめき、そのせいでしばしば会議は中断されていた。しかし、よく見るとスノーボールの演説が重要な部分で彼らは特に頻繁に「四本足は善い。二本足は悪い。」と鳴きわめくように思われた。スノーボールは人間用の住居でみつけた「農業従事者と牧畜業者」のバックナンバーを綿密に研究し、革新と改良を重ねた計画を描いていた。彼はまるで学者のように排水用の水道管やサイレージ、塩基性スラグについて語り、運搬の労働を減らすためにすべての動物が毎日、畑の違う場所で糞をするための入り組んだ計画を考え出していた。ナポレオンはそういった計画は持ち合わせていなかったが、スノーボールの計画は何の役にも立たない、と静かに語りあとは黙っていた。しかしそれらのすべての論争も風車で起きた事件に比べればまだ生ぬるいものだったといえる。
農場の建物からそう遠くない牧草地に小さな丘がありそこが農場で一番高い場所だった。地質を調べた後、スノーボールはここは風車に最適の場所であり、その風車で発電機を動かして農場に電力を供給することができると断言した。電気があれば獣舎を照らせるし冬も暖かい。それに丸ノコや藁の切断機、砂糖大根スライサーや電動の搾乳機を動かすこともできる。動物たちはそういった物について聞いたことがなかったので(この農場は昔ながらの農場で原始的な機械しかなかったのだ)スノーボールの語るすばらしい機械の話を驚きをもって聞いた。その機械は彼らが草原でのんびり草を食んでる間や本を読んだり討論をして学習している間に彼らに代わって彼らの仕事をしてくれるのだ。
数週間の間にスノーボールの風車の計画は完成した。機械の詳細のほとんどはジョーンズ氏が所有していた「家庭で使える千の便利な道具」「レンガ積みのために」「初めての電気」という三冊の本から取ってきたものだった。スノーボールは書き物に最適な滑らかな木の床があるかつてはふ卵室として使われていた小屋を研究室として使った。彼は一度そこに入ると何時間も出てこなかった。本を開いて石で押さえておいて両足でチョークを握り、すばやくあちこちに動き回りながら時には興奮のあまり小さな鳴き声をあげつつ何重にも線を描いていった。しだいに設計図は入り組んだたくさんのクランクと歯車になっていき、床の半分以上を埋め尽くしてしまった。それは他の動物たちには全く理解できなかったがなにかとても素晴らしい物に思われた。彼ら全員がスノーボールが設計図を描くところを一日に一回は見に来た。鶏とあひるさえ来て、チョークの印を踏まないように苦労していた。ただ一頭、ナポレオンだけが距離を置いていた。彼は内心ではじめから風車に反対だった。しかしそんな彼がある日突然、設計図を確かめにやってきた。彼は重々しく小屋の中を回り、設計図の詳細全てを近寄っては確認し、一、二回その匂いを嗅いだ。それから目の隅にそれを追いやり、しばらくの間そこに立って熟考すると突然足を上げて設計図の上に小便をした。そして彼は何も言わずに歩き去っていった。
農場全体が風車の問題で大きく分断されていた。スノーボールは風車の建設が困難な仕事であることを否定しなかった。石を運び壁を築く必要があるし、風車の羽を作らなければならない。その後には発電機とケーブルが必要になるだろう(それらをどうやって手に入れるのかについてスノーボールは何も言わなかった)。しかし彼はそれら全てを一年以内に完了することができると言い続け、そのあかつきには大量の労働を減らせ動物は週に三日だけ働けばよくなるのだと断言した。一方でナポレオンは最も必要なことは食糧生産を増やすことであると語り、もし風車作りで時間を浪費すれば皆飢え死にしてしまうだろうと主張した。動物たちは二つの派閥に別れた。二つの派閥のスローガンはそれぞれ「スノーボールに投票して週三日に」と「ナポレオンに投票して飼い葉おけを一杯に」だった。ベンジャミンはどちらの派閥にも属さないただ一頭の動物だった。彼は食べ物がより豊富になるという話も風車によって労働が減るという話も信じようとしなかった。彼は言った。風車があろうとなかろうと人生は変わるようにしか変わらない・・・つまり悪い方に。
風車の論争を別にすると農場防衛の問題もあった。牛舎の戦いに敗れたとはいえ人間たちが農場を取り返しジョーンズ氏を返り咲かせる別のもっとよく考えられた作戦を練っていることは十分に考えられたし、彼らにはそうする十分な理由があった。というのも彼らの敗北のニュースは田園地方一帯に広がり、隣近所の農場の動物たちをより反抗的な態度にさせていたのだった。いつものようにスノーボールとナポレオンの意見は対立した。ナポレオンによれば動物たちが今すべきなのは銃を手に入れその使い方の訓練をすることだった。一方、スノーボールは動物たちはもっと多くの鳩を送り、他の農場の動物たちに反乱を起こさせるべきだというのだ。片方はもし自分たちの身を守ることができなければ征服され捕まってしまうだろうと主張し、もう一方はそこら中で反乱が起きればもはや自分たちの身を守る必要はなくなると主張した。動物たちはまずナポレオンの話を聴き、次にスノーボールの話を聴いたがどちらが正しいのかわからなくなってしまった。彼らはそのとき演説している方の意見に常に納得してしまうのだった。
そんな中、ついにスノーボールの設計図が完成し次の日曜日の会議で風車の建設を開始するかどうかの投票がおこなわれることになった。投票の日、動物たちが大納屋に集まるとまずスノーボールが立ち上がり、ときどき羊たちの鳴きわめく声に中断されつつも風車建設を支持する理由を主張した。反対弁論にはナポレオンが立った。彼は静かにこの風車は無意味であり、その建設に投票すべきではないと語るとすぐに座ってしまった。彼の演説はほんの三十秒ほどで彼は演説の効果にまったく関心がないように見えた。次にスノーボールが跳ね起きるようにして立ち上がり、再び鳴きわめき始めた羊たちをやじり返してから情熱的に風車の支持を訴えかけた。それまで動物たちはどちらを支持するか決めかねていたがスノーボールの雄弁が彼らを引き込んでいった。彼は言葉を重ねて卑しむべき労働が動物の肩から降ろされた後の動物農場の姿を描き出していった。今や彼の想像力は藁の切断機やカブのスライサーに留まらなかった。電気によって脱穀機、鋤、砕土機、そしてローラーに刈り取り機にバインダーを動かすことができるし、全ての獣舎にそれぞれ電灯、温冷水、電気ヒーターを供給することもできるのだと彼は語った。どちらに投票すべきか疑いようがなくなるまで話すと彼は演説を終えた。その瞬間、ナポレオンが立ち上がり、独特なやり方でスノーボールを横目で見ながら今まで誰も彼がそんな鳴き声を出すところを聞いたことがないような高い声で鳴き声を発した。
その瞬間、恐ろしい吼え声が外で聞こえ真鍮の鋲をちりばめた首輪をつけた九頭の巨大な犬が納屋に跳ねるようにして入ってきた。彼らはスノーボールに向かってまっすぐ駆けていき、そのガチガチと音をたてる犬の牙を避けようと彼は逃げだした。彼はドアの外に逃げ出し、その後を犬たちが追った。驚きと恐怖のあまり声も出せずに動物たちは全員ドアに群がってその追跡劇を見守った。スノーボールは道路へと続く長い牧草地を横切って走っていった。彼は豚にできる全力で走っていたが犬たちはその足元にまで迫っていた。突然、彼は滑って転び犬たちが彼を捕らえたかに見えた。しかし彼は再び立ち上がると今までよりも速く走り始め、犬たちは再び彼に追いすがった。犬たちの一頭はほとんどスノーボールの尻尾に噛みつけるところまで近づいていたがスノーボールは尻尾を振ってそれを逃れた。そして彼は最後の力を振り絞って力走すると垣根に開いた穴をすり抜け、その姿は見えなくなってしまったのだった。
静寂と恐怖が訪れ動物たちは恐る恐る納屋に戻った。その時、犬たちが戻ってきた。最初は誰もこの恐ろしい怪物がどこから来たのかわからなかったがその謎はすぐに解けた。彼らはナポレオンが彼らの母親から取り上げ、こっそりと育てていた子犬たちだったのだ。まだ子供だというのに彼らは巨大でその恐ろしげな顔はまるで狼のようだった。彼らはナポレオンの傍らに控えた。よく見ると彼らがナポレオンに尻尾を振る様子はかつて他の犬がジョーンズ氏にそうしていたのとまるで同じだった。
ナポレオンは犬たちを引きつれメージャーがかつて演説をした時に立っていたのと同じ一段高い床に登った。彼は今この瞬間から日曜の朝の会議は取りやめると告げた。あれは不必要で時間の無駄だと彼は言った。これからは農場の労働に関わる全ての問題は彼が議長を務める豚たちによる特別委員会で審議すると言うのだ。特別委員会は非公開でおこなわれ、その後で彼らの決定が他の者に伝えられる。動物たちは旗を掲揚し「イングランドの獣たち」を歌うために引き続き日曜日の朝に集まりその週の指令を受けるがもはや議論はおこなわれない。
スノーボールの追放が彼らに与えた衝撃と同じくらい動物たちはこの告知に愕然とした。彼らのうちの数頭はもし上手く考えをまとめられれば抗議したことだろう。ボクサーでさえなにかがおかしいと思った。彼は耳を後ろに伏せて前髪を何回か振り、なんとか考えを整理しようとしたが結局は何も言えなかった。当の豚たちの何頭かはもう少し雄弁だった。前列にいた四頭の若い豚が反対の鋭い鳴き声をあげ四頭全員が跳ね起きると一斉にしゃべり始めた。しかしナポレオンの周りに座る犬たちが突然低い威嚇のうなり声を上げると豚たちは静かになって座りこんでしまった。その後、羊が大声で「四本足は善い。二本足は悪い。」とわめき始めた。それは十五分にも及び、ついに議論の余地は無くなってしまった。
その後、スクィーラーが新しい体制を他の者に説明するために農場中を回った。
「同志諸君」彼は言った。「ナポレオン同志が自ら余分な労働をかってでた自己犠牲に対してここにいる全ての動物が感謝していると私は信じている。同志よ、皆を指導することが楽しいなどと思わないでくれたまえ!反対に深くて重い責任がその身にのしかかってくるのだ。ナポレオン同志以上に全ての動物が平等であることを固く信じている者はいない。君たちが君たち自身でどうするのかを決定できれば彼はとても幸せだろう。しかしときどき君らは間違った決定をする。同志よ、そうなれば我々はどうなる?君たちがあの風車のたわ言のせいでスノーボールを支持したとしよう・・・今になってわかったことだが、スノーボールは犯罪者のようなものだったではないか?」
「彼は牛舎の戦いで勇敢に戦った」と誰かが言った。
「勇敢なだけでは十分でない」とスクィーラーは言った。「忠誠心と服従の心の方が重要だ。牛舎の戦いに関して言えばいずれそこでスノーボールが果たした役割が過大評価されていたと我々が気づく時が来るだろうと私は信じている。規律だ。同志諸君、鉄の規律だ!それこそが今の合言葉だ。一つの失敗で我々の敵は眼前に現れるのだ。同志諸君、まさかジョーンズに戻ってきて欲しいなどとは思ってないだろう?」
またしてもこの主張には誰も反論できなかった。確かに動物たちはジョーンズに戻ってきて欲しくなかったので、もし日曜の朝に議論をおこなうことが彼が戻ってくることにつながるのなら議論はやめるべきだった。今度はしっかり考える時間があったのでボクサーは感じたことを発言した。「ナポレオン同志がそう言ったのならそれは間違いない」。そのときから彼は口癖の「俺がもっと働けばいい」に加えてもう一つの言葉をよく言うようになった。「ナポレオンは常に正しい」。
その頃には季節も変わり、春の農作業が開始されていた。スノーボールが風車の設計図を描いていた小屋は閉ざされ床の設計図はこすれて消えたと思われた。日曜の朝の十時になると動物たちは大納屋に集まりその週の指示を受ける。メージャーじいさんのすっかり肉が消えた頭蓋骨が果樹園から掘り起こされ、旗ざおの根元の銃の横に安置されるようになっていた。旗の掲揚が終わると動物たちは列になって納屋に入る前に頭蓋骨の前を敬礼をして通り過ぎることを求められた。最近では彼らは以前のように一緒に座らなかった。ナポレオンとスクィーラー、そしてミニマスという名の歌と詩を作る特別な才能に恵まれたもう一頭の豚が演壇の最前席に座り、その周りを九頭の犬が半円を描くようにして囲んだ。その後ろに他の豚たちが座り、残りの動物たちは納屋の中央に彼らを前にして座った。ナポレオンが荒々しい軍人のような調子でその週の指示を読み上げ、「イングランドの獣たち」を一回歌うと動物は皆、解散するのだった。
スノーボールの追放から三回目の日曜日、やはり風車を建設するというナポレオンの通知を聴いて動物たちはとても驚いた。彼は考えを変えた理由を何も言わず、この余分な作業は大変な重労働で彼らの食料配給を減らす必要があるかもしれないと動物たちに警告しただけだった。ただし計画は既に細部に至るまで準備されていた。豚の特別委員会はこれまでの三週間、そのための作業をしており、さまざまな改良が施された風車の建設には二年の歳月を要することが見込まれていた。
その晩、スクィーラーは他の動物たちにナポレオンは実は風車に反対していなかったのだとに説明した。反対に最初に風車を考えついたのはナポレオンでスノーボールがふ卵器小屋の床に描いた設計図は本当はナポレオンの書類から盗まれたものであり、実際のところ風車はナポレオンのアイデアなのだと語った。誰かが「じゃあ、なぜあんなに強く風車に反対したんだ?」と尋ねるとスクィーラーは意味ありげな様子を見せ「それがナポレオン同志の狡猾なところさ」と言った。「彼はスノーボールを追放する策略のためだけに風車に反対する『振り』をしたんだ。スノーボールは危険人物で悪い影響を周りに与えていたからね。もうスノーボールはいなくなったのだから彼の影響を考えずに計画を進めることができるようになったんだ。」。これがタクティクス(戦術)と呼ばれる物だとスクィーラーは言った。「タクティクスさ、同志諸君、タクティクスなんだ!」。跳ね回り、陽気に笑いながら尻尾を振って彼は何回も繰り返した。動物たちはその言葉がどういう意味なのかよくわからなかったがスクィーラーの話には説得力があったし、たまたま彼と一緒にいた三頭の犬たちが脅すようにうなったので彼らはそれ以上の質問はせずにスクィーラーの説明を受け入れた。
第六章
その一年間、動物たちは奴隷のように働いた。しかし彼らには仕事も楽しかった。彼らは怠けることなく献身的に働いた。自分たちの労働は全て自分たち自身と自分たちの後に続く者の利益のためで、怠け者、盗人である人間たちのためではないということが分かっていたからだ。
春夏を通して彼らは週に六十時間も働いた。さらに八月になるとナポレオンは日曜日の午後も働くようにと告知した。この作業は完全に自主的なものだったが参加しなかった動物の食事は半分になった。そんな風にしてもどうしても完了しない作業が必ず見つかった。収穫は去年よりもいくらか少なかった。十分に耕し終わるのが間に合わず、二つの畑では初夏の種まきの時期にまくべきだった根菜の種をまけなかったのだ。次の冬が過酷なものになることは十分に予測できた。
風車では数々の予期せぬ困難に遭遇した。農場には良い石灰岩の採石場があったし、納屋で十分な量の砂とセメントが見つかったので建設に必要な材料は全て手にはいった。しかし問題は最初のうち動物たちが石をちょうどいい大きさに割ることができなかったということだった。石を割るためにはピックとバールを使うしかないように思われたが後ろ足で立つことのできる動物はいなかったので誰もピックとバールを使うことはできなかった。数週間の悪戦苦闘の末、誰かが重力の力を利用する方法を思いついた。そのまま使うには大きすぎる岩はまず採石場の地面に置かれる。つぎに動物たちはその周りにロープを結びつけ牛、馬、羊、どうしても必要なときには豚さえも参加してロープをつかむことのできる動物みんなで採石場の頂上に続く坂を絶望的な遅さで引っ張っていくのだ。そして採石場の頂上に到着すると崖から岩を落として砕くのだった。いったん砕いてしまえば石を運ぶのは比較的簡単になった。馬は荷車に積んで、羊はブロックを一つずつ引っ張ってそれぞれ運んだ。ミュリエルとベンジャミンですら古い二輪の荷車を着けて自分たちの担当分を運んだ。夏の終わりごろには十分な量の石が集められ豚の監督のもと建設が始まった。
しかし作業は大変で遅々として進まなかった。一つの岩を採石場の頂上に引っ張りあげるのに全力を振り絞っても丸一日かかることことがしばしばあったし、時には崖から落としても岩が砕けないこともあった。ボクサーがいなければ何もできなかっただろう。ボクサーの力は他の動物全てを合わせたのと同じくらいであるように思われた。岩が滑り落ち始め、動物たちが耐え切れずに岩に引っ張られて丘を引きずられていく時でも常にボクサーが力を込めてロープを引っ張って岩が滑り落ちるのを食い止めた。彼が着実に坂を登り、息がだんだん荒くなり、その蹄の先端が地面に食い込んで巨大なわき腹に汗が浮かぶのを見ると皆は驚きに包まれるのだった。クローバーはときどきがんばり過ぎないよう彼に忠告したがボクサーは彼女の言うことを聴こうとしなかった。全ての問題に対する彼の答えは彼の二つの口癖である「俺がもっと働けばいい」と「ナポレオンは常に正しい」で十分であるかのように見えた。彼は若い雄鶏に頼んで朝、三十分ではなく四十五分早く起きるようにした。そして今では少なくなってしまったちょっとした暇を見つけては一頭で採石場に行き、割れた石を集めると誰の助けも借りずに風車の建設予定地に引っ張っていった。
過酷な作業にも関わらず動物たちにとってその夏はそう悪いものではなかった。ジョーンズの頃に比べて食事が多いというわけではないにしろ少ないというわけでもなかった。食料は自分たちの分だけでよく、五人の無駄飯食らいの人間を養う必要がないという余裕が多くの失敗を補ってくれた。そして多くの点で動物たちの作業方法は効果的でより少ない労働で済んだ。例えば草取りのような仕事は人間にはできないような徹底ぶりでおこなわれた。また盗みを働く動物がいないため牧草地と畑を仕切る柵は不要で生垣と門を手入れするための多大な作業を省略することができた。しかし夏の終わりごろになるとさまざまな予期せぬ物資不足が起こり始めたことを彼らは感じた。パラフィンオイルや釘、紐、犬用のビスケットそして蹄鉄用の鉄、どれも農場では作ることのできないものだった。さらに種や人工肥料そしていろいろな農機具、最終的には風車用の機械類も必要だった。どうやってそれらを手に入れるのか誰も想像することすらできなかった。
日曜日の朝、動物たちが指示を受けるために集まるとナポレオンは彼が新しい政策を決定したことを告げた。今後、動物農場は近隣の農場と売買の契約を結ぶ。もちろん商業的な目的のためではなく必要不可欠な特定の物資を手に入れるためである。風車に必要なものは他のすべてに優先するのだと彼は言った。彼は既に一山の干し草と今年収穫した小麦の一部を売る手配を整えていた。もしさらに資金が必要な場合はウィリンドンの市場で卵を売って資金を作らなければならないという。雌鶏はこの犠牲を風車建設のための特別な貢献として喜んで受け入れなければならないとナポレオンは言った。
再び動物は漠然とした不安を感じた。人間と取引してはならない、売買の契約を結んではならない、金銭を使ってはならない・・・そういったことをジョーンズが追い出された後の勝利集会で最初に決議したのではなかったか?動物たちは皆、そういった決議を憶えていたし少なくとも自分たちは憶えていると思っていた。ナポレオンが会議を廃止した際に抗議した四頭の若い豚たちがこわごわ声を上げたが犬たちがすさまじいうなり声を上げるとすぐに静かになった。その時、いつものように羊たちが「四本足は善い。二本足は悪い。」と叫び始め、高まっていた緊張が解けた。最後にナポレオンが静かにさせるために足を上げ、既に全ての手配を終えていることを告げた。他の動物が人間と接触する必要はない。それは明らかにもっとも好ましくないことであった。彼は全ての負担を自分で背負うつもりだった。ウィリンドンに住む事務弁護士のウィンパー氏が動物農場と外の世界の間の仲介人として動くことに合意していて、毎週月曜日の朝にナポレオンの指示を受けるために農場を訪れることになっていた。ナポレオンは演説の終わりにいつものように「動物農場万歳!」と叫び、「イングランドの獣たち」を歌った後で動物たちは解散させられた。
その後、スクィーラーが農場を回って動物たちを安心させていった。彼は売買契約や金銭を使うことを禁じるような決議はされていないし、提案さえされていないことを動物たちに保証した。そんなものは純粋な想像の産物でおそらくはスノーボールによって流布された虚言だろうと言うのだ。動物たちの何頭かはそれでも最後まで疑問を感じていたが、スクィーラーは鋭く彼らに「それが君らの見た夢でないと確信できているのかね、同志諸君?そんな決議の記録をもっているのかね?どこかに書き記されているのかね? 」と尋ねた。確かに書き記したものはなかったので動物たちは自分たちが間違っていたということで落ち着いた。
毎週月曜日になると手配されていた通りにウィンパー氏が農場を訪れるようになった。彼は頬ひげを生やし狡猾そうな見かけをした男でとても小さな取引だけを扱う事務弁護士ではあったが、動物農場が仲介人を必要としていてその手数料がなかなかのものであるということに誰よりも早く気づく程度には有能だった。動物たちは彼が来るのを見ると恐怖のようなものに襲われできるだけ彼を避けるようにしていたが四本足のナポレオンが二本足のウィンパーに指示を出す光景は彼らのプライドを刺激し、新しい体制になんとなく折り合いをつけさせた。彼らと人間との関係はいまや以前と同じではなかった。ただし人間たちの動物農場への嫌悪は動物農場が栄えていた時と比べても少しも変わっていなかった。むしろ彼らは以前よりも動物農場を嫌っていた。人間たちは皆、遅かれ早かれあの農場は破綻するしあんな風車は絶対失敗するだろうと信じていた。彼らは酒場に集まってはあの風車は倒壊するに決まっているし、もし倒壊しなくても動かないであろうということを図まで描いて他の者に説明した。しかし彼らの思惑に反して動物たちは各自の作業を効果的にこなしていくことで一定の評判を得ていった。一つの兆候は彼らが動物農場をわざとマナー牧場と呼ぶことをやめ、その正しい名前で呼び始めたことだった。また彼らはジョーンズを擁護することもやめた。ジョーンズは農場を取り返す望みをあきらめ別の地方に移住してしまっていた。今のところウィンパーを通して以外は動物農場と外の世界の接触はなかったがナポレオンがフォックスウッドのピルキントン氏あるいはピンチフィールドのフレデリック氏と実際に事業契約を結ぼうとしているところだという噂は常にあった。ただし噂によると契約を結べるのはどちらか片方だけだった。
豚たちが農場の家屋に移動しそこで生活するようになったのはその頃だった。再び動物たちはそれを禁じる決議が最初の頃にされていたことを思い出し、再びスクィーラーがこれは何の問題もないことだと彼らを説得した。これは絶対に必要なことなのだと彼は言った。豚たちは農場の頭脳であり静かな作業場所が必要だし、単なる豚小屋ではなく家屋に住むことは指導者(最近では彼はナポレオンのことを話すとき「指導者」という呼び方をしていた)の尊厳を考えれば適切なことなのだと語った。しかし動物たちの一部は豚たちが台所で食事をとり客間を娯楽室として使うだけではなく、さらにはベッドで眠るということを聴いて困惑した。ボクサーはいつものように「ナポレオンは常に正しい!」と言って気にしなかったがクローバーはベッドを明確に禁じる決定を憶えており、納屋の突き当たりまで行くとそこに書かれている七つの戒律をなんとか解読しようとした。結局、自分では一文字以上読めないとわかると彼女はミュリエルを連れてきた。
「ミュリエル」彼女は言った。「私に四つ目の戒律を読んでちょうだい。ベッドで眠っていはいけない、というようなことが書かれていない?」
少し苦労しながらミュリエルはそれを読んだ。
「『動物はベッドで眠ってはならない。シーツを敷いては。』と書いてあるわね。」と彼女は告げた。
奇妙なことにクローバーは四つ目の戒律がシーツに言及していたことを憶えていなかった。しかし壁にそう書いてある以上、確かにそうだったに違いない。ちょうどその時、二、三頭の犬を連れたスクィーラーがそこを通りかかり、その問題全てに正しい説明をして見せた。
「同志諸君、君らは」彼は言った。「我々豚が家屋のベッドで眠っていることを聞いたのかね?そして疑問に思ったのだろう?以前ベッドを禁止する決定がされたはずなのにと思ったのではないかね?ベッドというのは単に寝る場所を意味するだけだ。獣舎の藁の山も正しくはベッドと見なされるね。この規則は人間の考案したシーツというものを禁止しているんだ。我々は家屋のベッドからシーツを取り除き毛布にくるまって眠っている。ベッドは非常に快適だ!しかし現在我々がおこなわなければならない全ての頭脳労働を勘案すれば快適すぎるということはないね。君らは我々から休息まで奪ってしまう気ではないだろう同志諸君?君らは我々が果たすべき義務で疲れ果ててしまうことを望んでないだろう?まさかジョーンズに戻ってきて欲しいとは思っていないだろう?」
この点では動物たちは彼をすぐに安心させ、もう豚たちが家屋のベッドで眠ることに対してなにも言わなくなった。さらにその何日後かにこれから豚は他の動物よりも朝、一時間遅く起きるという告知がされたときもそれに対する不満は一切でなかった。
秋になり動物たちは疲れきっていたが幸福だった。彼らは厳しい一年を過ごしていた。干し草ととうもろこしの一部を売った今、冬の食料は十分とは言えなくなっていたが風車が全てを補ってくれていた。その風車はといえばほぼ半分まで建設が終わっていた。収穫の後、よく晴れた天気が続いたので動物たちは以前にも増して精をだして働いた。一日中、石の塊を持って動き回ることが一番重要なことでそうすればもう一フィート[1]壁を高くできるのだと考えていたのだ。ボクサーなどは夜になってもやってきて中秋の月の光の下で一、二時間の間、自主的に働いていた。休憩時間には動物たちは半分までできた風車の周りを何度もまわっては壁のまっすぐな具合や頑丈さをほめたり、こんなにも立派な物を自分たちが建設できたことに驚いたりしていた。そんな中、ただ一頭、ベンジャミンだけは風車に夢中にならずにいつものように、ロバは長生きなんだ、と謎の言葉を言うだけだった。
猛烈な南西風と共にに十一月が来た。セメントを混ぜるには湿気が多すぎるため建設はいったん中止しなければならなかった。夜が来ると強風が吹き荒れ、農場の建物は土台の上で揺れ動き、何枚かのタイルが納屋の屋根から吹き飛ばされた。その物音を聞いた雌鶏は遠くで銃声が聞こえた夢を見て恐怖の悲鳴をあげて飛び起きた。朝になり動物たちが獣舎から出てみると旗ざおは風で倒れ、果樹園のふもとのニレの木が二十日大根のように引き抜かれてしまっていた。その時、動物たち全員の口から絶望の叫び声があげられた。その目には恐ろしい光景が映し出されていた。風車が破壊されていたのだ。
彼らはいっせいに風車に駆けていった。めったに駆け足にならないナポレオンが彼らの先頭を走っていった。確かに風車は倒れていた。彼らの悪戦苦闘の成果であり、土台として水平に積み上げ、大変な労働で砕き、運んだ石はそこらじゅうにまきちらされていた。誰も一言も発することができずに立ち尽くし、崩れ落ちて散乱した石を悲しげに見つめた。ナポレオンはときどき地面を嗅ぎながら沈黙したまま周囲を歩き回った。彼の尻尾はしだいに緊張しながら左右に振られ、彼の精神状態の緊張を表しているようだった。突然、彼は何かを決意したように止まった。
「同志諸君」彼は早口に言った。「この事態が誰のせいかわかるかね?夜中に現れ、我々の風車を打ち壊した敵がわかるかね?スノーボールだ!」。彼は突然大声で叫んだ。「スノーボールがこれをやったのだ!悪辣にも我々の計画を妨害し、不名誉な追放に対する復讐を企んであの裏切り者は闇に乗じて忍び込み我々の一年近い労働の成果を破壊したのだ。同志諸君、いまここでスノーボールに対する死刑宣告を言い渡す。奴に正義を執行した動物には『動物英雄勲二等』と半ブッシェルのりんごを与える。生きたまま奴を捕らえた者には一ブッシェル与えるぞ!」
動物たちはスノーボールがこのような罪を犯したことを知り、計り知れないほどの衝撃を受けた。怒りの叫び声があがり、皆、スノーボールが戻ってきた場合に彼を捕まえる方法を考え始めた。その後すぐに丘から少し離れた草の上で豚の足跡が見つかった。足跡は数ヤードで消えてしまったが生垣の穴に続いているように見えた。ナポレオンは足跡を十分に嗅ぎまわりそれがスノーボールのものであると断言した。彼は、どうやらスノーボールはフォックスウッド農場の方向から来たように思われる、と語った。
「同志諸君、もはや一刻の猶予もない!」ナポレオンは足跡を調べ終わると叫んだ。「果たさなければならない仕事がある。この朝から我々は風車の再建を開始し、天候に関わらず冬の間に建設を完了しよう。我々であの哀れな裏切り者にそう簡単に我々の仕事を止めることはできないということを教えてやろうではないか。その日まで働き続けようではないか。前進だ、同志諸君!風車万歳!動物農場万歳!」
^1フィート:30.48 センチメートル
第七章
厳しい冬だった。嵐の季節が過ぎるとみぞれと雪がそれに続き、二月になるまで解けずに硬く凍りついた。動物たちはできる限りの力を振り絞って風車の再建に取り組んだ。彼らは外の世界が自分たちを注視していることや風車が予定通りに完成しなければ自分たちを妬む人間が喜んで勝利を宣言するだろうことを良く知っていた。
動物たちへの敵意から人間たちは風車を破壊したのがスノーボールであることを信じようとしなかった。彼らは、壁が薄すぎたせいで風車が崩れ落ちたのだ、と言った。動物たちはそんなはずは無いとわかっていたが前回は十八インチ[1]だった壁の厚さを今度は三フィートにすることに決めた。それはつまりもっとたくさんの石を集める必要があることを意味していた。長い間、採石場には大量の雪が積もっていたので何もできなかった。乾燥した寒い天気が来てようやく作業は進みだしたが作業は過酷で動物たちは以前のように幸福な気持ちにはなれなかった。常に寒く、空腹だったがボクサーとクローバーだけが意欲を失っていなかった。スクィーラーは奉仕の喜びと労働の尊厳についてすばらしい演説をおこなった。しかし他の動物たちを鼓舞したのはボクサーの力強さと彼の変わらぬ「俺がもっと働けばいい!」という叫び声だった。
一月になり食料が足りなくなってきた。とうもろこしの配給は大きく減り、それを補うためにじゃがいもの配給が増やされることが告知されたが、その時になって山積みになっているじゃがいもの大部分が凍りついてるのが発見された。十分な覆いがされていなかったのだ。じゃがいもは柔らかくなったうえ変色しており、食べられる状態のものはほんの少しだった。何日も動物たちは切りわらと砂糖大根しか食べられなかった。飢餓が目前に迫っていた。
この事実は外の世界に対してはどうしても隠す必要があった。風車が崩壊したことに力を得て人間たちは動物農場に関する新しいでたらめを口するようになっていた。全ての動物が飢餓と疫病で死にかけているだとか常にお互い争っていて共食いと子殺しが蔓延しているといった噂が再び流された。ナポレオンは食糧事情についての事実が知れ渡った場合にその後に起こるであろう悪い結果について十分に気づいており、ウィンパー氏を使ってまったく反対の話を広めようと決めた。これまで動物たちはウィンパーが毎週訪ねてくる際に彼と少ししか接触していなかったか、あるいはまったく接触がなかった。しかし今では羊を中心とした少数の選ばれた動物たちにウィンパーが聞こえるところでさりげなく食料が増え続けているという発言をするように指導がされていた。さらにナポレオンは倉庫にあるほとんど空になった木箱の縁のあたりまで砂を入れさせ、穀物や他の食料でその上を覆うように命じた。そのうえで適当な口実をつけてウィンパーを倉庫に入らせてその木箱を目にする機会を与えたのだった。彼はまんまと騙され外の世界に動物農場では食料不足は起きていないと報告し続けた。
とはいっても一月の終わりが近づくにつれてどこからかいくらかの穀物を調達する必要があることが次第に明らかになっていった。その頃にはナポレオンはめったに皆の前に姿を現さず全ての扉を恐ろしげな犬が守る農場の家屋の中で一日の大半を過ごしていた。彼が姿を現すのは式典の時だったが彼はすぐ近くを囲む六頭の犬にエスコートされ誰かが近づきすぎるとその犬たちがうなり声をあげた。彼は日曜の朝でさえ姿を見せないことが頻繁になっていたが彼の命令は他の豚、大抵はスクィーラーを通じて出し続けられていた。
ある日曜の朝、スクィーラーは再び卵を産める状態になっている雌鶏たちに彼女たちの卵を引き渡すように告げた。ナポレオンはウィンパーを通じて週に四百個の卵を売る契約にサインをしていた。その金額は夏になるまで農場が持ちこたえられるだけの十分な穀物と食料をまかなえるものでそれによって今の状態が少しはましになるはずだった。
それを聞いた雌鶏たちは激しい抗議の声をあげた。彼女たちはそういった犠牲が必要になるかもしれないと最初の頃に忠告されていたが実際にそんなことが起きるとは思っていなかったのだ。彼女たちは春に向けて卵を産んだばかりで今、卵を持ち去るのは殺すのと同じことだと抗議した。ジョーンズの追放以来、初めて反乱のようなことが起きていた。三羽の若いブラックメノルカ種の雌鶏に先導され雌鶏たちはナポレオンの望みを断固として阻止することを決めた。彼女たちは梁まで飛び上がりそこで卵を抱くことにした。卵のいくつかは床に落ちて割れてしまった。ナポレオンは迅速かつ無慈悲に行動した。彼は雌鶏の食糧配給を停止するよう命じ、雌鶏にとうもろこしなどの穀物を与えた動物は死刑に処すと定めた。犬たちはそれらの命令が守られているかどうか見て回った。五日間、雌鶏たちは耐えたが結局は降伏して自分の巣箱に戻った。その間に九羽の雌鶏が死んだ。遺体は果樹園に埋められ皆には彼女たちはコクシジウム症[2]によって死んだと告げられた。ウィンパーはこの出来事について何も聞かされなかった。卵は予定通り提供され食料品商の荷車がそれを引き取りに週一回、農場に来るようになった。
こういった出来事の間でもスノーボールの姿を見た者は誰もいなかった。彼は隣の農場のフォックスウッドかピンチフィールド、どちらかに隠れていると噂されていた。ナポレオンはこの頃には他の農場と以前よりも少しばかりましな関係を築けていた。それはぶなの林が切り開かれてから十年もの間、庭に積まれたままになっていた材木の山が発端だった。材木はよく乾燥していてウィンパーはナポレオンにそれを売ることを勧めた。ピルキントン氏とフレデリック氏の両方がぜひともそれを買いたいと言い、ナポレオンは両者のどちらに売るか決めかねていた。気をつけて見ていると彼がフレデリックと契約を結ぼうと思っているときにはスノーボールがフォックスウッドに隠れていると宣言され、反対にピルキントンに気持ちが傾いているときはスノーボールはピンチフィールドに居ることになっていた。
それは春先のことだった。突然、驚くべきことが発見された。スノーボールが密かに夜中、農場を訪れているというのだ!動物たちは眠ることもできないほど不安になった。スノーボールは毎晩、闇に紛れてやって来てあらゆる悪事を働いているという話だった。彼はとうもろこしを盗み、ミルクの樽をひっくり返し、卵を叩き潰し、苗床を踏みにじり、果樹の樹皮をかじりとっているというのだ。いつでも何か悪いことが起きるとそれはスノーボールのせいになった。窓が割れたり排水管が詰まると誰ともなくスノーボールが夜中にやってきてやったんだ、と言った。また倉庫の鍵がなくなった時も農場全体がスノーボールが井戸に投げ込んだのだと確信した。奇妙なことに置き忘れた鍵が食料の袋の下から見つかった後も彼らはずっとそれを信じていた。牛たちは皆、スノーボールが彼女らの獣舎に忍び込み彼女らが眠っている間にミルクを絞っていると断言した。冬の間に彼らを悩ませたねずみも実はスノーボールと同盟を結んでいるのだということになっていた。
ナポレオンはスノーボールの活動を徹底的に調査する必要があると宣言した。彼は犬たちを引き連れて注意深く農場の建物を調べて回り、その後を距離を置いて他の動物が付いていった。数歩ごとにナポレオンは立ち止まりスノーボールの足跡を探すために地面を嗅ぎまわった。自分はにおいでスノーボールの足跡がわかるのだと彼は言った。彼は全ての曲がり角、納屋、牛舎、鶏小屋、菜園を嗅ぎまわり、ほとんどの場所でスノーボールの痕跡を見つけ出した。自分の鼻を地面に押し付け、何度か深くにおいを嗅ぐと恐ろしい声で「スノーボールはここにいた!はっきりとにおいが残っている!」と叫ぶのだ。「スノーボール」という出てくるたびに犬たちは皆、牙をむき出して血も凍るようなうなり声をあげた。
動物たちは怯えきっていた。まるでスノーボールは空気中を広まる目に見えない疫病かなにかで、あらゆる種類の危険を及ぼす物のように思われた。夜になるとスクィーラーが皆を集め警戒するような表情を浮かべながら自分が聞いたある深刻な知らせについて話した。
「同志諸君!」。スクィーラーは神経質に歩き回りながら叫んだ。「なんとも恐ろしいことが判明した。スノーボールはピンチフィールド農場のフレデリックに自分を身売りした。奴らは今頃、我々を襲撃して農場を奪おうと計画を立てているだろう。襲撃が始まればスノーボールはフレデリックの案内役をするはずだ。しかしそのことよりももっと悪い知らせがある。我々はスノーボールが反乱に参加したのは単に奴の虚栄心と野心のためだと考えていた。しかしそれは間違いだった。同志諸君。本当の理由がわかるだろうか?最初からスノーボールはジョーンズと結託していたのだ!奴はずっとジョーンズの秘密諜報員だったのだ。これらは奴が残していった書類に書かれていたことだ。それを今さっき我々は発見したのだ。これによって多くのことに説明がつく。同志諸君。奴が牛舎の戦いでいかにして我々を不利な状況に追い込み損害を与えようとしたか・・・それは幸運にも成功しなかったが・・・わかるかね?」
動物たちは呆然とした。これはスノーボールによる風車の破壊以上の所業だった。しかし彼らがそれを完全に信じるまでには少し時間がかかった。彼らは全員、牛舎の戦いでスノーボールが皆の先頭に立って攻撃に参加しているところを見ていたし、彼がいつも皆を元気づけ励ましてくれたことやジョーンズが撃った散弾で背中に傷を負っても止まろうとはしなかったことを憶えていたからだった。これらの事実と彼がジョーンズの手先であるという事実を結びつけることは難しかった。疑問を口にすることはなかったがボクサーでさえ困惑していた。彼は横になると前足を折りたたみ、目を閉じて考えをまとめようと努力した。
「信じられない」と彼は言った。「スノーボールは牛舎の戦いで勇敢に戦った。この目で見たんだ。だから『動物英雄勲一等』をあの後すぐに彼に与えたんじゃないか?」
「あれは我々の間違いだった。同志よ。我々が見つけた秘密書類に書かれていてわかったことだが本当は奴は我々を破滅させようとしていたのだ。」
「しかし彼は怪我をしていた。」ボクサーは言った。「彼が血を流しながら走りまわっていたところをみんな見ている。」
「それも計画の一部だったんだよ!」スクィーラーが叫んだ。「ジョーンズの撃った弾は奴をかすめただけだったんだ。奴の書類を読めば明らかなことだ。もし君が読めればの話だがね。スノーボールの計画では決定的な場面に戦場を離れるという合図を敵にするはずだったんだ。そして奴はそれにほとんど成功しかけていた。同志諸君。もし英雄的指導者である同志ナポレオンがいなければ奴は成功していたといってもいいだろう。ジョーンズと奴の下男たちが庭に侵入してきた瞬間、スノーボールが突然逃げ出し多くの動物がそれに続いたことを君は憶えていないのか?パニックが広がって全てが失われそうになったその瞬間に同志ナポレオンが『人間たちに死を!』と叫んで突進しジョーンズの足に牙を突き立てたことを君たちは憶えていないのか?そんなはずはない。憶えているはずだろう。同志諸君?」。左右に跳ね回りながらスクィーラーは叫んだ。
スクィーラーがその場面をありありと語ると動物たちはなんだかそんなことがあったような気がしてきた。ともかく戦いの決定的な場面でスノーボールが逃げ出したというのは確かそうだ。しかしボクサーはまだ納得していないようだった。
「スノーボールが最初から裏切っていたなんて信じられない。」ついにボクサーは言った。「彼がこれまでやってきたことはともかく牛舎での戦いでの彼は良き同志だった。」
「我々の指導者である同志ナポレオンは」スクィーラーはとてもゆっくりと確固とした口調で告げた。「スノーボールが一番初めからジョーンズの手先だったと断定した・・・断定だ、同志。そうとも反乱のずっと以前からだ。」
「ああ、誤解しないでくれ!」ボクサーが言った。「同志ナポレオンがそう言ったのならそれは正しいに違いない。」
「それは正しい心がけだ、同志!」スクィーラーは叫んだ。しかし彼はその小さなよく光る目でボクサーをにらむ様にして見つめていた。彼は立ち去ろうとしたが立ち止まってこう付け加えた。「この農場の動物、皆にしっかりと目を見開いているよう警告しておこう。今この瞬間にも複数のスノーボールの秘密諜報員が我々の中に潜んでいるという確かな証拠を我々は持っている!」
四日後の午後、ナポレオンは全ての動物たちに庭に集まるように命令をだした。彼らが全員集まるとナポレオンは家屋から姿を現した。彼は二つの勲章(彼はつい最近、自分自身に「動物英雄勲一等」と「動物英雄勲二等」を贈っていた)を着け、動物たちの背筋をぞっとさせるようなうなり声をあげながら彼の周りを跳ね回る九頭の犬を引き連れていた。動物たちは皆、自分の場所に縮こまり何か恐ろしいことが起きつつあることを予感していた。
ナポレオンは厳しい表情で聴衆を見回しながら立ちあがるとかん高い鳴き声をあげた。ただちに犬たちが四頭の豚の耳を引っ張りながらナポレオンの足元に進み出た。豚たちは痛みと恐怖のあまり金切り声をあげていた。その耳は破れ、犬たちは流れ出した血を舐めていて、まるで狂ってしまったかのように見えた。驚いたことにそのとき犬たちのうちの三匹がボクサーに向かって飛び出した。ボクサーは彼らが向かってくるのを見ると巨大な蹄を持ち上げ空中で犬を受け止めると地面に押さえつけた。押さえつけられた犬は許しを請うように金切り声をあげ、他の二頭は尻尾を巻いて逃げ出した。ボクサーは犬を踏み殺すべきか放してやるべきかを知るためにナポレオンを見た。ナポレオンが血相を変えて犬を放すようにボクサーに鋭く命じたのでボクサーが足を持ち上げると犬は傷だらけになってうなりながら逃げ出した。
混乱が収まり、四頭の豚は震えながら自分たちの自白が書かれた調書を持って待った。ナポレオンは彼らに自分たちの罪を自白するよう呼びかけた。彼らはナポレオンが日曜の会議を廃止した時に抗議したのと同じ四頭の豚だった。特に抵抗することもなく彼らは自分たちがスノーボールの追放以来、彼と秘密裏に接触を続けてきたこと、風車の破壊で彼と共謀したこと、動物農場をフレデリック氏に手渡すという協定を彼と結んでいたことを自白した。さらに彼らはスノーボールが自分は何年も前からジョーンズの秘密諜報員であったことを彼らに認めたということも付け加えた。彼らの自白が終わると犬たちがただちに彼らののど笛を食い破り、ナポレオンは恐ろしい声で他の動物たちも自白すべきことがあるのではないかと尋ねた。
その時、卵をめぐる反乱の首謀者だった三羽の雌鶏が前に進み出てスノーボールが彼女らの夢に現れナポレオンの命令に背くようにそそのかしたのだと述べた。彼女らも皆、殺された。次に一羽のあひるが前に進み出て昨年の収穫のときに六本の小麦の穂を着服し夜中に食べたことを告白した。その次は一頭の羊でスノーボールにそそのかされて(彼女はそう言った)飲み水用の溜め池に小便をしたことを告白し、他の二頭の羊はナポレオンの特に熱心な信奉者であった年寄りの雄羊を彼が咳で苦しんでるときにかがり火の周りを何周も追い回して殺したことを告白した。彼らは皆、その場で殺された。告白と処刑は死体の山がナポレオンの足元に積みあがり、空気が血のにおいでいっぱいになるまで続いた。それはジョーンズの追放以来、誰も体験したことのないものだった。
全てが終わると豚と犬を除く残った動物たちは群れになって静かにその場を立ち去った。彼らは動揺し、みじめな気持ちだった。スノーボールと結託していた動物たちの裏切りとつい先ほど目撃した残酷な処刑のどちらも彼らにはショックだった。かつても同じように恐ろしい殺害の場面を目にすることはしばしばあった。しかしそれと比べても今回彼らの身に起こったことはひどかった。ジョーンズが農場を去ってから今日まで他の動物を殺した動物はいなかった。ねずみでさえ殺されなかったのだ。彼らは半分出来上がった風車が立っている小さな丘へと足を向けた。そしてあたかもお互いを暖めあうかのように皆で寄り合って横になった。クローバー、ミュリエル、ベンジャミン、牛たち、羊たちそしてあひると雌鶏の群れ・・・ナポレオンが動物たちに集合を命じる直前に突然姿を消していた猫を除く全員がいた。しばらくは誰も何も話そうとしなかった。ボクサーだけは立ったままだった。彼はその黒く長い尻尾を左右に振り、ときどき驚いたようないななき声をあげながら落ち着かない様子で歩き回っていたがとうとう口を開いた。
「俺にはまったく理解できない。こんなことが俺たちの農場で起きるなんて信じられないよ。俺たちが何か失敗をやらかしたせいに決まっている。俺にわかるのはもっと働けばいいってことだ。これからは俺はまる一時間は早く朝起きなきゃならない。」
そう言うと彼は重い足どりで採石場に向かい、そこで石を二山ほど集めると夜遅くまで風車に運び続けた。
動物たちは黙ってクローバーの周りに集まっていた。彼らが横になっている丘からは田園の風景が遠くまで見渡せた。動物農場のほとんどが彼らの目に映った。街道まで続く牧草地、干し草畑、雑木林、飲み水用の溜め池、若い麦が青々と茂る耕された畑、農場の建物の赤い屋根とその煙突から吐き出される煙。晴れた春の夕べだった。芝生と生い茂った生垣は水平線に沈もうとする太陽に照らされ金色に輝いていた。農場が・・・それが自分たちの農場であり、その隅々まで自分たちの所有物であるという驚きとともに・・・これほどにも望ましい場所に見えたことは今まで無かった。クローバーは丘陵を目に涙をためて見下ろした。彼女が自分の考えを言葉できたならば、これは私たちが何年も前に人間たちを打ち倒した時に目指したものではない、と言っただろう。あの恐ろしい虐殺の光景はメージャーじいさんが初めて彼女たちを反乱というものに目覚めさせた時に彼女たちが望んだものではなかった。彼女自身の持っていた未来像は鞭と飢えから解放された動物たちの社会、皆が平等で各自が各自の能力に応じて働き、ちょうどメージャーが演説した夜に彼女が迷子のあひるの雛をその前足で守ったように強い者が弱い者を守るという世界だった。それとは反対に(彼女にはそれがなぜかわからなかったが)実現されたものは誰も自分の考えを話そうとはせず、獰猛にうなる犬がいたるところをうろつき、衝撃的な罪の告白をした同志のばらばらに引き裂かれた姿を目にしなければならない世界だった。反乱や不服従という考えは彼女の頭にはなかった。たとえ現状がこうなってしまってもジョーンズがいた頃に比べればはるかにましだったし、なによりもまず人間たちの復活を阻止する必要があった。なにが起ころうと彼女は誠実で、熱心に働き、彼女に与えられた命令を果たしてナポレオンの指導体制を受け入れてきた。しかしそれは彼女や他の者たちがそう望み、そのために努力したからではなかった。風車を建てるためでもジョーンズの銃の弾丸に対抗するためでもなかった。彼女の考えるところでは、それは彼女に言いたいことを表現するだけの言葉がなかったからだった。
彼女は今の気持ちを言い表すことができずその代わりに「イングランドの獣たち」を歌いだした。彼女の周りに座っていた他の動物たちもそれに続き、彼らは三回続けてそれを歌った。歌は今までにないほど美しい旋律でゆっくりと悲しげに歌われた。
彼らが三度目を歌い終わるのとスクィーラーが二匹の犬を連れて何か重要なことを言いたげに近づいてきたのは同時だった。同志ナポレオンの命令により「イングランドの獣たち」は廃止されることになった、と彼は告げた。今後、「イングランドの獣たち」を歌うことは禁止されると言うのだ。
動物たちは不意のことに驚いた。
「なぜ?」ミュリエルが叫んだ。
「もう必要ないからだよ、同志」とスクィーラーは堅い口調で言った。「『イングランドの獣たち』は反乱の歌だ。しかし今や反乱は達成された。今日の午後におこなわれた裏切り者の処刑が最後の仕上げだったのだ。外と内、両方の敵が敗北したのだ。『イングランドの獣たち』で我々はいずれ到来するであろう我々の切望するより良い社会を表現した。しかしその社会は今や確立されたのだ。この歌がもはや不要なことは明らかだ。」
彼ら自身も驚いたことに動物たちの一部はこれに抗議の声をあげた。しかしその瞬間、羊たちがいつもの「四本足は善い。二本足は悪い。」の叫びを始め、数分間それを続けて議論を終わらせた。
「イングランドの獣たち」の音色はもはや聞かれることはなく、その役職にあるミニマスによって別の歌が作られた。その歌はこんな風に始まった。
動物農場 動物農場
私は決して汝に害をなさないだろう!
この歌は毎週日曜の朝、旗の掲揚の後に歌われた。しかし、その歌詞も曲も「イングランドの獣たち」には到底及ばないもののように動物たちには思われた。
^1インチ:2.54センチメートル
^コクシジウム症:寄生虫を原因とする感染症
第八章
数日後、処刑による恐怖がおさまると動物たちの中に六番目の戒律が「動物は他の動物を殺してはならない。」であったことを思い出した・・・あるいはそう記憶している者が出てきた。そのことを豚や犬たちに聞こえる場所で言おうとする者はいなかったがあの虐殺はその戒律と矛盾するように思われた。クローバーはベンジャミンに六番目の戒律を読んでくれるように頼んだ。ベンジャミンはいつものようにそんな面倒事に関わるのはごめんだ、と拒絶したので彼女はミュリエルを引っ張り出した。ミュリエルは彼女にその戒律を読んでくれた。そこには「動物は他の動物を殺してはならない。理由なくして。」と書かれていた。どうしたことか最後の一文は動物たちの記憶からはすっぽり抜け落ちていた。とにかく戒律が犯されていないことは明らかになったのだった。裏切り者を殺す適切な理由は明らかにあった。彼らはスノーボールと結託していたのだ。
その一年、動物たちはその前の年と同じくらい懸命に働いた。風車の再建では壁の厚さは前の二倍にも達し、普段の農場の作業をおこないつつ再建を予定の期限までに終わらせるのは途方もない重労働だった。ジョーンズの頃と比べても労働時間が長く、食べ物が粗末であると動物たちが感じる時もあった。日曜の朝にはスクィーラーが長い紙を手に持ち、各食料品目の生産量が二百パーセント、三百パーセント、あるいは五百パーセントも増えたことをそこに書かれた表から読み上げた。動物たちには彼の言うことを疑う理由が無いように思われた。革命の前の状態がどんなものだったのかもうはっきりとは思い出せなくなってからは特にそうだった。しかしそれでも表の数字は少なくていいからもっと食べ物が多い方がいいと思う時もあった。
今では全ての命令はスクィーラーか他の豚によって出されていた。ナポレオン自身は二週間に一回ほどしか皆の前に姿を現さず、姿を現すときは従者の犬と黒い雄鶏を連れていた。この雄鶏は彼の前を歩きながらトランペット役を務め、ナポレオンが話し始める前には「コケコッコー」と大音量で鳴くのだった。農場の家屋の中でさえナポレオンは他の者とは隔てられた場所で寝起きしていた。彼は二頭の犬をそばに待機させて客間のガラス食器棚にあったクラウンダービー[1]のディナー食器を使って一頭で食事をした。またナポレオンの誕生日には他の二つの記念日と同様に毎年、祝砲を撃つようにという告知がされた。
ナポレオンはもはや単に「ナポレオン」と呼ばれることはなかった。彼のことを話すときは常に格式ばった「我らの指導者である同志ナポレオン」という呼び名が使われた。さらに豚たちは「全ての動物の父」、「人間にとっての恐怖」、「羊の群れの守護者」、「あひるの子の友」など彼の新しい敬称を考えだすのが好きだった。スクィーラーは演説の中で涙ながらにナポレオンの精神の気高さと思慮深さ、そして全ての動物、とりわけいまだに無知で奴隷的生活にある他の農場の不幸な動物に対する彼の深い愛情について語った。成功裏に達成されたことや幸運な出来事はすべてナポレオンのおかげであるということになった。雌鶏が他の雌鶏に「我らの指導者である同志ナポレオンの指導のおかげで六日間に五個も卵を産むことができたわ」と語る言葉や、二頭の牛がため池で水を飲みながら「こんなに素晴らしい水を飲めるなんて、同志ナポレオンの指導力に感謝せねば」と叫ぶのがしょっちゅう聞こえるようになっていた。農場のそういった雰囲気はミニマスによって作られた同志ナポレオンという題名の詩に上手く表現されていた。それはこんな風だった。
みなしごの友!
幸福の泉!
残飯バケツの主!ああ、汝の穏やかで頼もしい
まるで空の太陽の様なその眼を見ると
私の魂は燃え上がる
同志ナポレオン!
汝の愛す者たちに全てを与える者
一日に二度の満腹、清潔な藁に寝転がる
大きな者も小さな者も
全ての獣が安らかに眠れるのは
汝が全てを見張っているおかげ
同志ナポレオン!
子豚を産んだなら
その子は成長して
一パイントびんや麺棒の大きさになる前に
汝に忠実で誠実であることを学ばなければならない
そう、その子の最初の一言はこうだ
「同志ナポレオン!」
ナポレオンはこの詩を気に入り、大納屋の七つの戒律の向かいの壁に書かせた。さらにその詩の上にはスクィーラーによって白いペンキでナポレオンの横顔の肖像画が描かれていた。
そんな中、ナポレオンはウィンパーの仲介でフレデリックとピルキントンを相手に込み入った交渉をおこなっていた。材木の山はいまだに売られていなかったのだ。二人の中ではフレデリックの方が材木を欲しがっていたがなかなか良い値段を申し出ることができなかった。同じ頃、新しい噂が広まりだしていた。噂によるとフレデリックとその下男たちが動物農場を襲撃し風車を破壊しようと計画しているというのだ。風車の建設が彼に強烈な嫉妬心を生み出したという話だった。スノーボールはまだピンチフィールド農場に逃げこんでいると思われていた。夏の中頃、動物たちは三羽の雌鶏が前に進み出てスノーボールにそそのかされてナポレオン暗殺の計画を練っていた、と自白するのを聞いて驚いた。彼女たちは即刻処刑されナポレオンの安全を守るための新しい警戒態勢がとられた。夜も四頭の犬が彼のベッドのそれぞれの角で警戒し、毒を盛られた場合に備えてナポレオンが食べる前にその全ての食事の毒見をする役目がピンクアイという名の若い豚に与えられた。
同じ頃、ナポレオンは材木の山をピルキントン氏に売るように手はずを整えた。さらに彼は動物農場とフォックスウッド農場の間で特定の品目についての正式な契約を結ぶつもりでいた。ナポレオンとピルキントンの関係はウィンパーを通じてしかなかったにも関わらず今では友好的といってよかった。動物たちは人間であるピルキントンを信用していなかったが彼らが恐れ、憎んでいたフレデリックに比べればずっとましだった。夏が過ぎるとともに風車は完成に近づき、裏切り者による襲撃が迫っているという噂は日増しに強くなっていった。フレデリックは動物たちに対抗するために銃で完全装備した二十人の男を連れて来るつもりだとか、動物農場の不動産権利書を手に入れたときに文句をつけられないように既に判事と警官に賄賂を贈っているだとかいったことが囁かれていた。さらにはフレデリックが自分の動物におこなっている残酷な行為についての恐ろしい話もピンチフィールド農場からはもれ聞こえていた。彼は年老いた馬を鞭で打ち殺し、牛を飢えさせ、犬をかまどに投げ込んで殺し、夜には鶏の足にかみそりの刃を結びつけ、闘わせて楽しんでるというのだ。彼らの同志におこなわれるそういった行為のことを聞くと動物たちの血は怒りで煮え立った。彼らは何度も人間を追い出して動物たちを解放するために遠征してピンチフィールドを攻撃することを許して欲しいと要求した。しかしスクィーラーは性急な行動は慎み、同志ナポレオンの戦略を信頼するようにと動物たちに説いた。
しかしフレデリックに対する敵意は高まり続けていった。ある日曜日の朝、ナポレオンは納屋に現れ材木の山をフレデリックに売るつもりは金輪際ない、と説明した。あのような悪党と取引をおこなうことは自分の尊厳に反することだと彼は言った。あいかわらず革命の知らせを広めていた鳩たちはフォックスウッドの土地に降り立つことを禁じられ、「人間に死を」という彼らの以前のスローガンの代わりに「フレデリックに死を」というスローガンを落とすよう命じられた。夏の終わりごろにはまた別のスノーボールの陰謀が明らかになった。小麦畑は雑草でいっぱいになっていたが、実は夜、忍び込んだ時にスノーボールが雑草の種を作物の種に混ぜていたことがわかったのだ。計画に内通していた見張り役は自分の罪をスクィーラーに自白し、その後すぐにベラドンナ[2]の実を飲み込んで自殺した。動物たちの間では(かつて自分たちがそう信じていたのとは異なり)スノーボールは「動物英雄勲一等」の勲章など授与されていないことになっていた。それは牛舎の戦いの後でスノーボール自身が広めた単なる作り話なのだ。そんな華々しさとは程遠く、戦いで臆病風に吹かれたことで彼は非難されていたという話になっていた。以前と同様、動物の一部は困惑しながらこの話を聞いたが、スクィーラーはすぐに彼らの記憶の方が間違っているのだと彼らを説き伏せることができた。
秋になった。収穫作業とほとんど同じ時期だったせいもあって皆、疲れきっていたもののすさまじい努力によって風車の建設は終了した。まだ機械類は設置されておらず、ウィンパーがその購入のための交渉にあたっていたが建物は完成していた。未経験、貧弱な道具、不運、そしてスノーボールの裏切り。数々の熾烈な困難にも関わらず作業はまさに予定通りの日に終了した。疲労困憊しながらも誇らしげに動物たちは自分たちの傑作の周りを何度もまわった。彼らの目にはそれは一番最初に建てたものよりも美しく見えた。もちろん壁は以前の二倍は厚かった。今度は爆弾でも使わない限り倒すことはできないだろう!自分たちがどれだけの労働をしたか、どれだけの困難を打ち負かしたか、そして風車の羽が回りだし、発電機が動き始めたたらどれだけ生活が変わるか・・・それら全てを思うと疲労は吹き飛び、彼らは風車の周りを勝利の叫びをあげながら跳ね回った。ナポレオンも彼の犬と鶏を連れて完成した仕事を調べるために降りてきていた。彼は動物たちの仕事が達成したことに対してじきじきに動物たちを祝福し、風車をナポレオン風車と名付けることを宣言した。
二日後、動物たちは納屋での特別集会に召集された。そこで彼らはナポレオンが材木の山をフレデリックに売ったと知らされ驚きのあまり呆然とした。明日にはフレデリックの荷車がやってきて材木を運び出し始めるという。表面上、ピルキントンに対して友好的に振舞っている間にナポレオンは本当は秘密裏にフレデリックと契約を交わしていたのだった。
フォックスウッドとの間の全ての関係が絶たれ、侮辱的な声明がピルキントンに送られた。鳩たちはピンチフィールドを避けるように言われ、彼らのスローガンは「フレデリックに死を」から「ピルキントンに死を」に変わった。同じ頃、ナポレオンは動物農場への攻撃が迫っているという話は全くの嘘であり、フレデリックが自分の動物たちにおこなっている残酷行為の話も多分に誇張されたものだと断言した。おそらくそういった話は全てスノーボールと彼の手先が作りだしたものだろうというのだ。今ではスノーボールはピンチフィールドに隠れているどころかそこに立ち入ったことさえないということになっていた。彼はフォックスウッドで生活しているというのだ・・・それもとても贅沢な暮らしをしているという話だった。そして本当は何年も前からピルキントンから金を貰っていたということになっていた。
豚たちはナポレオンの狡猾さに夢中になっていた。ピルキントンと友好関係を結ぶように見せかけて彼はフレデリックの言い値を12ポンドも多くしたのだ。しかしナポレオンの頭の良さは彼が誰一人として信頼していないということなのだ、そうフレデリックさえもだ、とスクィーラーは言った。フレデリックは材木の支払いを小切手と呼ばれる支払いの約束が書かれた紙切れのようなものでおこないたがった。しかしナポレオンは彼よりも賢かった。彼は支払いを本物の五ポンド紙幣で、それも材木を運び去る前におこなうように要求したのだ。そしてフレデリックは既に支払いを終えていた。彼の支払った額はちょうど風車用の機械類を買うのに十分な額だった。
材木は速やかに運び去られていった。材木が全て無くなるとフレデリックの払った紙幣を調べるために再び納屋で特別集会が開かれた。ナポレオンは二つの勲章を両方ともつけて満面の笑みを浮かべながら壇上の藁のベッドでくつろいでいた。紙幣は農場の家屋の台所にあった陶磁器の皿にきっちりと積まれて彼の横に置かれていた。動物たちは列になってゆっくり進み、飽きるほどそれを見つめた。ボクサーが鼻を近づけて紙幣を嗅ぐとその薄っぺらい白い物は息で渦巻いてかさかさ音を立てた。
三日後、大変な騒ぎが起きた。ウィンパーが顔を真っ青にして自転車で道を駆け上がってくると彼は自転車を庭に放り出しまっすぐに家屋に駆け込んだ。次の瞬間、怒りの金切り声がナポレオンの部屋から聞こえた。事件の報せは農場中を山火事のように広がった。紙幣が偽物だったのだ!フレデリックはただで材木を手に入れたのだ!
ナポレオンはただちに動物たちを呼び集め、恐ろしい声でフレデリックの死刑を宣言した。彼を捕まえたら生きたまま釜茹でにしてやると彼は言った。同時に彼は動物たちにこの裏切り行為によって予想されていた最悪の事態が起きることが証明されたと警告した。フレデリックとその下男たちは彼らが待望していた攻撃をいつでも開始できるのだ。農場の全ての入り口に見張りが立てられた。さらに四羽の鳩がフォックスウッドに和解の親書を届けた。そこにはピルキントンと再び良い関係を結びたいとの思惑があった。
次の日の朝早く攻撃は開始された。見張りが駆け込んできてフレデリックとその部下が既に門扉を突破したことを告げた時、動物たちは朝食の最中だった。動物たちは彼らに対峙するために力強く出撃した。しかし今回は牛舎の戦いの時の様に簡単に勝利をおさめることはできなかった。相手は十五人の男で六丁の銃を持っており、五十ヤードほどの距離に近づくとすぐに撃ってきたのだ。動物たちはその恐ろしい銃声にも体を刺す散弾にも耐えることができなかった。ナポレオンとボクサーが必死に励ましたがすぐに彼らは後退を余儀なくされた。彼らの多くが既に負傷していた。動物たちは農場の建物に逃げ込むと隙間や節穴から用心深く外を覗いた。風車を含む広大な牧草地のほとんどは敵の手中に落ちていた。ナポレオンでさえ途方に暮れているようだった。彼は無言でそわそわと歩き回り、その尻尾は緊張で痙攣していた。何かを待つようなまなざしがフォックスウッドに向けられていた。ピルキントンとその下男たちが助けに来てくれればまだ勝つことができるだろう。その時、前日に飛び立った四羽の鳩が戻ってきた。そのうちの一羽はピルキントンからの紙切れを持っていた。そこには鉛筆でこう書かれていた。「ざまあみろ」。
その間にフレデリックと下男たちは風車の周りに集まっていた。それを見ると動物たちの間で動揺のつぶやきがおこった。男たちのうちの二人はバールと大きなハンマーを取り出していた。彼らはそれで風車を打ち壊そうとしているのだ。
「不可能だ!」ナポレオンが叫んだ。「我々は壁をとても厚く作った。奴らは一週間かけても打ち壊すことなどできはしない。怯えるな、同志諸君!」
しかしベンジャミンは男たちの動きを注意深く観察し続けた。ハンマーとバールを持った二人は風車の土台の近くに穴を開けているようだった。ゆっくりとまるで楽しんでいるかのようにベンジャミンはその長い顔を振った。
「思うんだが」彼は言った。「彼らがやっていることを見てみたら?次はあの穴に爆薬を詰めようとすると思うよ。」
恐怖の中、動物たちは待ち続けた。たてこもっている建物から思い切って外に出ることはもうできない。それから数分後、男たちは四方に走って行ったように見えた。次の瞬間、耳をつんざくような大音響が起きた。鳩たちは空に飛びあがり、ナポレオンを除く全ての動物たちが腹ばいに伏せて顔を隠すようにした。再び彼らが起き上がってみると風車のあった場所には大きな黒い煙が立ちこめていた。ゆっくりとその煙が消えていくとそこにあったはずの風車は消え去ってしまっていた!
この光景を見て動物たちに勇気が戻ってきた。さっきまで感じていた恐怖と絶望はこの卑劣で恥ずべき行為に対する激しい怒りに飲み込まれてしまっていた。報復の力強い叫び声が沸き起こり、命令を待つまでも無く彼らは全身の力を振り絞って敵に向かって突進した。今度は体にあられのように降り注ぐ強烈な散弾にも頓着しなかった。すさまじく壮絶な戦いだった。男たちは何度も銃を撃ち、動物たちが近くまで来ると今度は棍棒と重いブーツで打撃を浴びせかけた。一頭の牛、三頭の羊、二羽のがちょうが殺され、ほとんどの者が傷を負っていた。後方で指揮をとっていたナポレオンですら散弾によって尻尾にかすり傷を負った。しかし男たちも無傷ではなかった。彼らのうちの三人はボクサーの蹄の一振りによって頭に大怪我を負っていたし、別の者は牛の角で腹を突き刺されていた。また別の者はジェシーとブルーベルによってズボンをぼろぼろに引きちぎられていた。そして生垣に隠れて回りこむよう指示されたナポレオン専属のボディーガードである九頭の犬たちが男たちの側面から突然現れると猛烈に吠え掛かって彼らをパニックに陥れた。自分たちが包囲されつつあることに気づくとフレデリックは下男たちに今のうちに退却するよう叫び、次の瞬間、敵の一群は命からがら逃げ出した。動物たちは彼らを草原の端まで追いかけ蹴りを浴びせかけたので彼らは棘の生えた生垣を通って逃げだすしかなかった。
勝利はしたものの彼らは疲れ果て、傷だらけだった。彼らは農場に向かってゆっくりと足を引きずるようにして戻っていった。草の上に横たわる死んだ仲間を見て涙を流す者もいた。かつて風車が建っていた場所では皆立ち止まって、悲しげに押し黙った。風車は消えうせていた。彼らの労働の成果のほとんどが消え失せたのだ!土台さえ一部は破壊されていた。再建しようにも今度は前回のように崩れ落ちた石を使うわけにはいかなかった。石さえも消え去っていたのだ。爆発によって石は数百ヤードもむこうに吹き飛ばされていた。風車の再建は不可能に思われた。
農場に近づくと戦いの間、どうしたわけか姿を消していたスクィーラーが尻尾を振って満足げな笑顔で彼らに向かって駆けて来た。農場の建物の方向からは祝砲の銃声が聞こえてきた。
「なんで銃を撃っているんだ?」ボクサーが言った。
「我々の勝利を祝うためさ!」スクィーラーが叫んだ。
「勝利だって?」ボクサーが答えた。彼はひざから血を流し、蹄鉄が取れて蹄は裂けていた。後ろ足にはいくつもの散弾を受けていた。
「同志、勝利だよ?我々は敵を我々の土地・・・動物農場の神聖な土地から追い払ったじゃないか?」
「奴らは風車を壊していった。二年もかけて作ったのに!」
「なにが問題だ?また作ればいい。やろうと思えば風車は六つでも作れるんだ。君は我々がおこなった偉業を理解していないようだな、同志。敵はいままさに我々が立っているこの土地を制圧していたんだ。それを、同志ナポレオンの指導力のおかげで、一インチ残らず取り戻したんだぞ!」
「それならば前に持っていた物を勝って取り戻したということだ。」とボクサーは言った。
「これは我々の勝利だ!」スクィーラーは言った。
彼らは足を引きずりながら庭に入っていった。ボクサーの足に入り込んだ散弾はずきずきと痛んだ。彼は土台から風車を再建するための重労働を前向きに考え、頭の中では既に仕事に向かって自分を鼓舞しようとしていた。だが最初に頭に浮かんだのは彼は十一歳でおそらくその強靭な筋肉もかつてのようではないだろうということだった。
しかし緑の旗がひるがえるのが見え、再び銃が撃ち鳴らされ(全部で七回、撃ち鳴らされた)、彼らの功績を称えるナポレオンの演説を聞くと最後には動物たちは自分たちが偉大な勝利をおさめたように感じられてきた。まず戦いで死んだ動物たちの葬儀が厳粛にとりおこなわれた。ボクサーとクローバーが棺を積んだ霊柩車代わりの荷車を引き、ナポレオンが葬列の先頭を歩いた。そのあと丸二日間が祝賀にあてられた。多くの歌や演説がおこなわれ、さらに銃が撃ち鳴らされた。特別な恩給として全ての動物にりんご一個、鳥たちにはそれぞれ二オンスの小麦、犬たちにはそれぞれ三枚のビスケットが贈られた。この戦いは風車の戦いと呼ばれることになった。ナポレオンは緑旗勲章という新しい勲章を作りそれを自分自身に贈った。この祝賀の雰囲気のなかであの紙幣に関する不都合な出来事は忘れ去られてしまっていた。
豚たちが農場の家屋の地下室からウィスキーの箱を持ち出してきたのはそれから数日後だった。それは家屋が最初に占拠された時には見落とされていたのものだった。夜になると大きな歌う声が家屋から聞こえてきた。驚いたことにその中には「イングランドの獣たち」の旋律も混じっていた。九時半ごろにはジョーンズ氏の古い山高帽子をかぶったナポレオンが裏口から姿を表すのがはっきりと目撃された。彼は庭を早足で駆け回ると再び部屋の中に消えた。翌朝、家屋は深い静寂に包まれ、豚たちは一頭も姿を現さなかった。ようやくスクィーラーが姿を現したのは九時近くになってだった。彼はゆっくりと意気消沈したように歩いていた。彼の目はどんよりと濁り、その尻尾は力なく垂れ下がっていた。その姿はどこから見ても深刻な病気のようだった。彼は動物たちを呼び集め恐ろしい知らせがあると話した。同志ナポレオンが死にかけているというのだ!
悲嘆の叫びが沸き起こった。藁が家屋のドアの前に敷かれ、動物たちは爪先立ちで歩いた。動物たちはお互いに彼らの指導者がいなくなったらどうしたら良いのだ、と目に涙をためてささやき合い、スノーボールがついにナポレオンの食事に毒をいれることに成功したのだという噂が駆け巡った。十一時になるとスクィーラーが別の発表をするために出てきた。最後の言葉として同志ナポレオンは厳粛な法令を言い残した。酒を飲む者は死によって罰せられる。
しかし夕方になるとナポレオンは回復の兆しを見せ、次の日の朝、スクィーラーは皆に彼は順調に回復しつつある、と告げた。その日の夕方にはナポレオンは執務に戻り、次の日、彼がウィリンドンで醸造と蒸留についての本を何冊か購入するようにウィンパーに命じたことが知れわたった。一週間後、ナポレオンは以前に仕事の後の動物たちのための牧草地として設けられた果樹園の上の放牧地を耕すように命じた。理由は土地が疲弊し再び種を蒔く必要があるためとされたがすぐにナポレオンがそこに大麦を蒔くつもりであることが知れ渡った。
ちょうどその頃、よくわからない奇妙な出来事があった。ある晩の十二時ごろ、物をひっくり返したような大きな音が庭でして動物たちは自分の獣舎から飛び出してそこに駆けつけた。月の晩だった。大納屋のつきあたりにある七つの戒律が書かれた壁の下に真っ二つに折れたはしごが転がっている。その側には呆然とした表情のスクィーラーがだらしなく倒れており、近くには倒れたランタン、ペンキブラシそして白のペンキがはいっている壷がひっくり返っていた。犬たちがただちにスクィーラーの周りを囲み、彼が歩けるようになるとすぐに農場の家屋まで付き添っていった。動物たちは誰も何が起きたのかわからなかった。ベンジャミンを除いては。彼はなるほどといった調子でその長い顔でうなずき、何か理解したようだったが何も言おうとはしなかった。
数日後、ミュリエルは七つの戒律を読んでいてその一つを動物たちが間違って憶えていることに気づいた。彼らは五番目の戒律を「動物は酒を飲んではならない。」だと思っていたが、見落としている言葉があったのだ。本当の戒律はこうだった。「動物は酒を飲んではならない。過度には。」
^クラウンダービー:ロイヤルクラウンダービー。イギリスの陶磁器ブランドの一つ。
^ベラドンナ:毒性を持つ実をつける多年草。和名はオオカミナスビ。
第九章
ボクサーの裂けた蹄が治るまでには長い時間がかかった。風車の再建は勝利のお祝いが終わった次の日には始まっていた。ボクサーは一日たりとも休むことを拒否し、彼が痛みを感じているそぶりを見せない様子は賞賛に値した。しかしその晩、彼はクローバーに蹄の傷が自分を困らせていることを密かに認めた。クローバーは噛んでやわらかくした薬草の湿布を蹄にしてやり、彼女とベンジャミンはボクサーに仕事の量を減らすように勧めた。「馬だって永久にがんばれるわけではないのよ」と彼女は彼に言った。しかしボクサーは聞こうとしなかった。自分には一つだけ志がある、と彼は言った。それは自分が引退の歳になる前に風車が動いているところを見ることだと言うのだ。
最初に動物農場の法律が制定された時、引退の歳は馬と豚は十二歳、牛は十四歳、犬は九歳、羊は七歳、雌鶏とがちょうは五歳と定められていた。引退の後には十分な老齢年金が約束されている。まだ実際に引退して年金を受け取った動物はいなかったがその話題は時間がたつごとに頻繁に取り上げられるようになっていった。果樹園の上の小さな畑は大麦のために使われるようになっていたので今度は広い牧草地のすみが囲われて引退した動物のための放牧地になるのだともっぱらの噂だった。馬の場合、年金として一日五ポンドのとうもろこし、冬には十五ポンドの干し草、公式の祝日にはにんじん、もしくはりんごが与えられると言われていた。ボクサーの十二歳の誕生日は来年の夏の終わり頃だった。
そうしている間にも生活は厳しくなっていった。冬は去年と同じくらい寒く、食料も少なかった。豚と犬を除く動物の食糧配給が再び減らされた。食料配給を厳密に平等にすることは動物主義の原則に反することだとスクィーラーは説明した。どんなに食料が不足しているように見えても実はそうではないのだ、と他の動物たちを納得させるのは彼にとってはいつでも簡単なことだった。確かにしばらくの間は食料配給を再調整する必要がある(スクィーラーはいつも「再調整」という言葉を使い、「削減」とは絶対言わなかった)。しかしジョーンズの頃と比べれば改善されたことは山ほどあるのだ。彼はかん高い声で早口に表を読み上げて詳細に語った。オート麦、干し草、かぶの収穫はジョーンズの頃より多い。労働時間は短くなっている。飲み水の水質は良くなっている。寿命ものびているし、子供が死ぬ割合も低くなっている。それぞれの獣舎には昔より多くの藁があり、蚤の被害も減っている。動物たちはその言葉を全て信じた。本当のことをいうとジョーンズやその頃のことは彼らの記憶の中からほとんど消えかけていたのだ。彼らだって今の生活が厳しく貧しいことはわかっていた。しょっちゅう空腹だったし、寒さに凍えていたし、眠っている時を除けば常に働いていた。しかし昔より悪くなっているのではないかという疑問は全く無かった。彼らは言われたことを喜んで信じていた。ともかく昔は自分たちは奴隷だったし今は自由の身なのだ。これはまったく違うことなのだ、とスクィーラーは指摘するのを忘れなかった。
養わなければならない者の数も増えていた。秋に四頭の雌豚がほとんど同時に出産をし、全部で三十一頭の子豚が産まれていた。子豚はまだら模様だったし、農場で去勢されていない雄豚はナポレオンだけだったので子豚の父親は簡単に推測できた。子豚が生まれた後、レンガと材木が購入され、農場の家屋の庭に学校が建設されることが発表された。それまでの間は子豚は家屋の台所でナポレオン自身から指導を受けることになった。彼らは庭で運動をし、他の動物の子供とは遊ばないように言われていた。そのころには道で豚と他の動物が出くわした場合には他の動物が道を譲らなければならないという規則ができていたし、豚は程度の差はあれ皆、日曜日には尻尾に緑のリボンをつけるという特権を持っていた。
その年、農場はなかなかの収穫をあげたが財政的にはまだまだ苦しかった。学校建設のためのレンガ、砂、コンクリートを買わなければならないし、風車に置く機械のための貯金を再び始める必要もあった。しかし家屋用のランプオイルやロウソク、ナポレオンのテーブルに置かれた砂糖(彼は太るという理由で他の豚にはそれを禁じていた)はそのままで、もっぱら大工道具、釘、糸、石炭、針金、くず鉄、犬用ビスケットといったものが代用品でまかなわれるようになった。干し草の刈り残しとじゃがいもの一部が売り払われ、卵の売買契約は一週間に六百個にまで増えていた。そのせいでその年には雌鶏たちはようやく自分たちの数を維持するだけの卵しか孵すことができなかった。十二月に食料が減らされ、二月に再び減らされた。油を節約するために獣舎では灯りをつけることが禁じられた。しかし豚たちはずいぶん快適そうに見えたし実際のところ体重が増えてさえいた。二月の終わりのある午後のこと、動物たちがいままで嗅いだことのない暖かく豊潤で食欲をそそる匂いが小さな醸造蔵から庭を横切って漂ってきた。その醸造蔵は台所のむこうに建っており、ジョーンズの頃から使われていなかったものだった。これは大麦を炒っている匂いだ、と誰かが言い動物たちは腹をすかせながら匂いを嗅ぎ、暖かい食べ物が自分たちの夕食として用意されているのではないかと思いをめぐらした。しかし暖かい食べ物は現れなかった。次の日曜日、これからは大麦は全て豚のものになるという発表がされた。果樹園の上の畑にはすでに大麦が植えられていた。それからすぐにもれ聞こえるようになった話では全ての豚に一日に半パイント[1]のビールが配給され、ナポレオン自身にはいつも半ガロン[2]のビールがクラウンダービーのスープ皿で出されているということだった。
困難に出くわしても今の生活が昔に較べて尊厳に満ちているという事実が彼らの気を紛らわした。歌や演説、行進をする機会は増えていた。ナポレオンは動物農場の奮闘と勝利を祝うために週に一回、自発的デモと呼ばれるものを開くように命じていた。事前に知らされていた時間になると動物たちは仕事の手を止め、農場の周りを軍隊式に行進した。先導役は豚たちでその後ろに馬、牛、羊、鳥たちが順に続いた。犬たちは行進の隣を歩き、隊列の一番先頭はナポレオンの黒い雄鶏だった。ボクサーとクローバーはいつも二頭で蹄と角と「動物農場万歳!」という文字が描かれた緑の旗を運んだ。行進の後にはナポレオンを称える詩の朗読や、スクィーラーによる食糧生産の増加の最新情報についての演説があり、時には銃が撃ち鳴らされた。羊たちはこの自発的デモの熱心な信奉者だった。もし誰かが時間の無駄だとか寒い中で立っているのは無意味だとか不平を言い始めると(豚や犬がそばにいないときに一部の動物たちはときどき不平を言った)、羊たちは「四本足は善い、二本足は悪い!」の大合唱を始めて相手を黙らせてしまうのだった。しかし動物たちの多くはこの催し物を楽しんでいた。それはこの催しによって自分の主人が自分自身であることや自分のやっている仕事が自分自身の利益になることを思い出して落ち着きを取り戻せるからだったし、歌や行進やスクィーラーの読み上げる表、銃声や雄鶏の鳴き声、ひるがえる旗によって少なくともしばらくの間は自分の胃が空っぽであることを忘れることができたからだった。
四月、動物農場は共和国となる宣言をおこない大統領を選出しなければならなくなった。候補者は一頭だけで全会一致でナポレオンが選出された。同じ日、スノーボールとジョーンズの共謀関係の詳細を明らかにする新たな文書が見つかった。それによるとスノーボールは以前に考えられていたように単に策を弄して牛舎の戦いで動物たちを敗北に追いやろうとしただけでなく、公然とジョーンズ側について戦っていたというのだった。実際のところ、彼は人間側勢力のリーダーであり「人間万歳!」と言いながら戦場に突進していったというのだ。一部の動物がまだ憶えているスノーボールの背中の傷もナポレオンの牙によってつけられたものだということになっていた。
夏の中ごろ、ワタリガラスのモーゼスが数年ぶりに突然農場に現れた。彼は全く変わっていなかった。働こうとせず、昔と同じ口調でシュガーキャンディーマウンテンについて語った。切り株に止まって黒い羽根を羽ばたかせながら話を聴く者がいれば彼は何時間でもしゃべった。「あそこだ、友よ」彼はその大きなくちばしで空を指して厳かに言った。「あそこだ。あそこに見える黒い雲のちょうど反対側だ。そこにシュガーキャンディーマウンテンはある。そこは哀れな動物たちが永遠に労働から解放される幸福の国だ!」。高く空を飛んだときに彼はそこに行き、絶えることなく生い茂るクローバーの草原と亜麻仁かすと角砂糖が生えている生垣を見たと言い続けた。多くの動物は彼を信じた。自分たちの今の生活は飢えと労働に満ちている。これは不条理なことではないのか?ここではないどこかにもっとましな世界があるのではないか?そう彼らは考えたのだ。わからないのは豚たちのモーゼスへの態度だった。彼らは皆、シュガーキャンディーマウンテンの話は大嘘であると軽蔑したように断言したが彼が農場に留まることや働かずにいることを許し、一日に一ジル[3]のビールを与えていた。
足が治った後、ボクサーは今までにもまして熱心に働くようになった。その年、動物たちは全員、まさに奴隷のように働いた。普段の農場の仕事の他に風車の再建もあったし、三月に始まった仔豚たちのための学校もあった。十分な食事ができない耐え難い期間がときどき続いたがボクサーはくじけなかった。力の衰えを示すような言動はまったくなく、ただ毛並みの艶が昔に較べて少しなくなり巨大な臀部が縮んだように見えただけだった。他の者は「春草の季節が来れば元に戻るさ」と言った。しかし春が来てもボクサーの体は元に戻らなかった。採石場の頂上に続く坂道で彼が巨大な石の塊に力を振り絞っているとき、ときどき彼を支えているのはその不屈の意志だけのように見えた。そんな時、彼の口は「俺がもっと働けばいい」という言葉を声に出さずに言っているように見えた。クローバーとベンジャミンは彼にもっと自分の健康に気をつけるようにと再び注意したがボクサーは聴こうとしなかった。彼の十二歳の誕生日が近づいていた。彼は引退する前によりたくさんの石を集めるということ以外、何が起ころうと興味がなかったのだった。
夏のある夜の遅く、ボクサーの身に何かが起こったという噂が突然、農場を駆け巡った。その時、彼は石を風車に運ぶために一頭で外に出て行っていた。そして確かに噂は本当だった。数分後、二羽の鳩が争うように知らせを運んできた。「ボクサーが倒れた!倒れたまま起き上がれないでいる!」
農場の動物の半数ほどが風車の建つ丘に駆けつけた。そこにボクサーは倒れていた。荷車をつけたままで首はぐったりと伸び、頭を上げることすらできない様子だった。目は虚ろで体は汗でぬれ、口からは一筋の血が流れ出ていた。クローバーは急いで彼の傍らに寄り添った。
「ボクサー!」彼女は叫んだ。「大丈夫なの?」
「肺をやられた」ボクサーは弱々しく言った。「問題ない。俺なしでも風車を完成させられるよ。石はたっぷりあるからな。引退が一月早まっただけさ。本当のことを言うとそろそろ引退したかったんだ。ベンジャミンもいい歳だし、彼らも老後仲間として彼を一緒に引退させてくれるだろうさ。」
「すぐに助けを呼ばなくちゃ。」クローバーは言った。「誰か、走ってスクィーラーに起きたことを報せてちょうだい。」
他の動物たちはスクィーラーに事件をしらせるためにすぐさま農場の家屋に駆け戻って行き、クローバーとベンジャミンだけがその場に残った。ベンジャミンはボクサーの側に横になり何もしゃべらずにその長い尻尾でハエを追い払っていた。十五分ほどして同情と心配の様子を全身にまとってスクィーラーが現れた。同志ナポレオンは農場で最も忠実な労働者に不運にも降りかかった深い苦痛を知り、既にボクサーをウィリンドンの病院に送って手当する手配を整えた、と彼は言った。動物たちはかすかな不安を感じた。モリーとスノーボールを除けばいままで農場を離れた動物はいなかったし、病気の同志を人間の手に渡したいとは思わなかったのだ。しかしスクィーラーはボクサーの症状は農場で治療するよりもウィリンドンの獣医に任せた方が十分な治療ができると言って彼らを簡単に納得させた。三十分ほどして容態が少し落ち着き何とか立てるようになると、ボクサーは足を引きずってクローバーとベンジャミンが彼のために整えた藁のベッドのある自分の房に戻っていった。
ボクサーはそれから二日間、房で寝ていた。豚たちはバスルームの薬棚にあった大きなボトルに入ったピンク色の薬を持ち出してきて、それをクローバーが一日二回、食事の後にボクサーに与えた。夜になると彼女はボクサーの獣舎で横になり彼と話をし、ベンジャミンが彼の周りのハエを追い払った。ボクサーは自分の身に起こったことを残念だとは思っていない、と言った。回復すればあと三年は生きられるだろうし、広い牧草地の隅で平穏な日々を過ごすのも悪くないだろう。そうなれば勉強して頭をよくするための時間を産まれて初めて持つことができるだろう。彼が言うには余生はまだ憶えていない残りのアルファベット二十二文字を憶えることに使いたいということだった。
しかしベンジャミンとクローバーがボクサーと一緒にいられるのは仕事の後の時間だけで、荷馬車が来て彼を連れ去ったのは昼間のことだった。動物たちが皆で豚の監督の下、カブ畑の草むしりをしている時だった。ベンジャミンが農場の建物の方から大声で叫びながら駆けてくるのが見えて皆、仰天した。ベンジャミンがそんなに興奮しているのを見るのは初めてだったし、彼が走っているところを見るのすら全員、初めてだったのだ。「急げ、急げ!」彼は叫んだ。「すぐに戻れ!奴らがボクサーを連れていってしまう!」。豚が止める間もなく動物たちは仕事を放り出して農場の建物に駆け戻った。確かに庭には側面に文字が書かれた大きな幌付きの荷馬車が二頭の馬にひかれて止まっていた。その側面には文字が書かれており、低い山高帽をかぶったずる賢そうな男が御者席に座っていた。そしてボクサーの房は空っぽだった。
動物たちは荷馬車の周りを取り囲み「さようなら、ボクサー!」と声を揃えて言った。「さようなら!」
「馬鹿者!大馬鹿者!」ベンジャミンは叫びながら彼らの周りを歩き、その小さな蹄で地団駄を踏んだ。「馬鹿者!荷馬車の横になんと書かれているか見えないのか?」
それを聞いた動物たちはしゃべるのをやめ、あたりが静かになった。ミュリエルがそこに書かれた言葉を読み始めようとしたがベンジャミンが彼女を押しのけ、死んだような静寂のなかでそれを読み上げた。
「『アルフレッド・シモンズ、馬肉処理とにかわ製造、ウィリンドン。馬皮と肉骨粉の取り扱い。犬舎向け配達。』これがどういう意味かわからないのか?奴らはボクサーを馬の解体業者に連れて行こうとしているんだ!」
全ての動物が恐怖の叫びを上げた。ちょうどその瞬間、御者席の男が馬に鞭をいれ荷馬車は軽快に庭から出て行った。全ての動物が大声で叫びながらその後を追った。クローバーが荷馬車の前にでようとしたが荷馬車が速度を上げた。クローバーはその頑丈な足で力の限り走った。「ボクサー!」彼女は叫んだ。「ボクサー!ボクサー!ボクサー!」。外の騒ぎが聞こえたのだろう。ちょうどその時、荷馬車の後ろの小さな窓から格子の影が映ったボクサーの顔がのぞいた。
「ボクサー!」クローバーは恐ろしい声で叫んだ。「ボクサー!そこを出て!すぐに出てきて!奴らあなたを殺そうとしている!」
動物たちは皆で「そこを出ろ、ボクサー、そこを出るんだ!」と叫んだ。しかし荷馬車はスピードを上げて彼らを引き離していった。クローバーの言葉がボクサーに届いたかどうかはわからなかったが、一瞬の間をおいてボクサーの顔が窓から消え、荷馬車の中から蹄を打ちつける大きな音が聞こえた。彼は扉を蹴破ろうとしたのだ。かつてであればボクサーの蹄による蹴り数回でこんな荷馬車は粉々になっただろう。しかし、ああ!彼の強靭な力は既に消え失せていた。蹄を打ちつける音は次第に弱くなり、仕舞いには聞こえなくなった。必死になった動物たちは荷馬車をひく二頭の馬に止まるように訴えはじめた。「同志、同志よ!」彼らは叫んだ。「君たちの兄弟を死に追いやらないでくれ!」。しかしその愚かな獣たちはあまりに無知で何が起きているのか全く気づかず、ただ耳を伏せて走る速度を上げただけだった。ボクサーの顔は窓から消えたまま現れなかった。遅まきながら誰かが先回りして門扉を閉じることを思いついたが、次の瞬間には荷馬車は門扉を通り過ぎ、あっという間に街道に消えていった。ボクサーの姿を見ることはそれ以来、二度と無かった。
三日後、皆の願いも虚しく彼がウィリンドンの病院で死んだことが発表された。スクィーラーは他の者にその報せを発表するために現れ、自分はボクサーの臨終に立ち会ったと語った。
「今まで目にした中であれほど心を打たれる光景はなかった!」スクィーラーは涙を拭きながら言った。「私は彼の最期の瞬間に立ち会ったのだ。最期に彼はほとんど聞こえないような弱々しい声で唯一つの心残りは風車の完成に立ち会えないことだ、と私の耳元で言った。『前進せよ、同志たちよ!』彼は囁いた。『反乱の名の下に前進せよ。動物農場万歳!同志ナポレオン万歳!ナポレオンは常に正しい』これが彼の最後の言葉だ。同志諸君」
そこで突然、スクィーラーの態度が変わった。彼はしばらく黙り込み、次に進む前にその小さな目で疑わしげな眼差しをあたりに投げかけた。
私の知るところではボクサーの離別に際して馬鹿げた悪質な噂が飛び交っているようだが、と彼は言った。動物たちの中にボクサーを連れて行った荷馬車に「馬の屠殺」と書かれているのに気がつき、一足飛びにボクサーが廃馬の解体業者に送られたと結論したいた者がいるそうだな。信じがたい愚かさだ。スクィーラーはそう言った。彼は尻尾を振り回し、あたりを飛び回りながら憤然と叫んだ。君らの敬愛する指導者である同志ナポレオンがそんなことをするはずがないとわかっているだろう?そんなことには簡単に説明がつく。荷馬車はもともと廃馬の解体業者の物だったのを獣医に買われたのだ。彼は元の名前をまだ塗り替えていなかったのだ。そのせいでこんな間違いが持ち上がったわけだ。
動物たちはそれを聞いて救われる思いだった。ボクサーの臨終の細かな様子や彼が手厚い手当てを受け、ナポレオンが金を惜しまずに高価な薬を買い与えたことをスクィーラーが語ると彼らの疑いも最後には晴れた。彼らが同志の死に対して感じていた悲しみも彼が安らかに亡くなった思えばやわらいだのだった。
次の日曜日の会議にはナポレオンも姿を見せ、ボクサーを称える短い演説をした。動物たちの哀悼を受ける同志の遺体を埋葬のために農場に運ぶことはできない、と彼は言った。しかし農場の家屋の庭園に生える月桂樹で大きなリースを作り、ボクサーの墓に供えるように指示したという。また数日の間、豚たちはボクサーを称える記念晩餐会を開くつもりだといった。ナポレオンは演説の最後にボクサーのお気に入りだった二つの口癖を取り上げた。「俺がもっと働けばいい」と「同志ナポレオンは常に正しい」、この言葉こそ全ての動物が実践するべきものだ、と彼は言った。
予定されていた晩餐会の日になると食料雑貨商の馬車がウィリンドンから来て、大きな木箱を農場の家屋に運び込んだ。その晩、にぎやかな歌い声が聞こえ、それに続いて激しく言い争うような音が聞こえた。物音はガラスの割れる大きな音と共に十一時頃に終わった。次の日、昼になるまで家屋の中からは物音一つせず、自分たちのためのウィスキーをさらに買うために豚たちがどこからか金を工面したらしいという噂が広がった。
^1パイント:0.56826125リットル(イギリス)
^1ガロン:4.54609リットル(イギリス)
^1ジル:118.5ミリリットル(イギリス)
第十章
数年が過ぎた。季節は巡り、寿命の短い動物は消えていった。クローバーやベンジャミン、鴉のモーゼスそして豚たちの多くを除けば反乱前の日々を記憶している者はいなくなってしまった。
ミュリエルは死んだ。ブルーベル、ジェシーそしてピンチャーが死んだ。ジョーンズも死んだ。彼は別の地方にあるアルコール依存症の治療施設で死んだ。スノーボールのことは忘れ去られてしまった。ボクサーのことも彼を知る数頭を除いては忘れ去られていた。クローバーは今では年老いて太った雌馬になっていた。関節は強張り、その目は潤みがちだった。彼女は二年前に引退の歳を迎えていたが、実際のところ農場でちゃんと引退をした動物は一頭もいなかった。引退した動物のために牧草地の隅に広場を設ける話はもう長いこと話題にあがっていなかった。ナポレオンは今や二十四ストーンもの体重の壮年の雄豚になり、スクィーラーは肉に埋もれて彼の目が隠れてしまうほど太っていた。年寄りのベンジャミンだけが昔と変わっていなかった。ただ鼻面が少し灰色になり、ボクサーの死以来、前にも増して不機嫌で寡黙になっていた。
今では農場には多くの動物がいたがかつて期待されたほどに増えているわけではなかった。多くの動物は反乱が単なるおぼろげな昔話になり話題にならなくなってから産まれていた。またよそから買われてきた者は農場に来るまで反乱のことなど聞いたことも無かったのだった。農場には今、クローバーの他に三頭の馬がいた。彼らは元気で素直な性格だったし真面目に働く良き同志だった。しかしとても頭が悪く、一頭としてBより先のアルファベットを憶えることができなかった。革命や動物主義の原則についての話、特に親のように尊敬しているクローバーが話すことは全て受け入れたが、ちゃんと理解しているのかどうかは多いに疑問だった。
農場は前よりも豊かでよく組織されていた。ピルキントン氏から買った二枚の畑のおかげで広くなってもいた。風車も最終的にはちゃんと完成していたし、自前の脱穀機やエレベータ付きの干し草倉庫もあった。その他にも色々な新しい建物ができていた。ウィンパーは自分用に一頭立て二輪馬車を買っているほどだった。しかし風車は電力を生み出すためには全く使われていなかった。とうもろこしを挽くために使われていたのだ。それによってかなりの利益がもたらされていた。動物たちは一つ目の風車が完成するともう一つ風車を作るためにさらなる重労働を課せられた。もう一つの風車には発電機が設置されるという話だったがかつてスノーボールが動物たちに語った夢のようなぜいたく品である電気の灯りがともりお湯や水が供給される獣舎、週に三日の労働はもはや語られなかった。ナポレオンはそのような考えは動物主義の精神に反すると非難した。真の幸福とは懸命に働き、質素に暮らすことの中にあるのだと彼は言った。
農場が豊かになったにも関わらず、どうしたわけか動物たち自身は少しも豊かになったようには見えなかった・・・もちろん豚たちと犬たちは別だったが。おそらくその理由の一端は豚と犬がとても多くいるためだった。彼らが働いていないという訳ではなく、彼らは彼らなりのやり方で働いていた。スクィーラーが飽きることなく説明するところでは、それは農場の監督と組織運営のための終わりの無い仕事だった。仕事の大部分は他の動物たちの頭では理解できないようなものだった。例えばスクィーラーが彼らに語るところによると豚たちは毎日、膨大な労働力を「ファイル」や「報告書」、「議事録」や「メモ用紙」と呼ばれる不思議な物に費やさなればならないのだという。文字がたくさん書かれた膨大な量の紙があり、それらは文字で埋め尽くされるとすぐにかまどで焼かれるのだった。スクィーラーが言うにはそれらは農場の繁栄のために最も重要な物なのだった。しかし豚たちも犬たちも労働によってなんら食料を生産しておらず、彼らの数は多く、食欲は常に旺盛だった。
他の者はというと彼らが知る限りその生活は常に同じだった。いつも腹をすかし、藁の上で眠り、溜め池から水を飲み、畑で働いた。冬には寒さに悩まされ、夏にはハエに悩まされていた。ときどき彼らの中でも年をとっている者はかすかに残る記憶を探り、今に比べてジョーンズが追放されてすぐの革命の初期の頃は良かったのか悪かったのか思い出そうと試みていた。しかし思い出すことはできなかった。今の生活と比較できるものは何もなかった。それができる物はスクィーラーのリストにある表だけで、それはいつも全てのことがどんどん良くなっていることを示していた。動物たちは解決不可能な問題に捕らわれていた。どんな場合でも現在の状態について考えをまとめるだけの時間が短すぎたのだ。年寄りのベンジャミンだけは自分の長い生涯を克明に記憶していると公言していて、事態は良くも悪くもなってないしこれからも変わらないだろうと言った。飢え、苦労、失望。彼が言うにはそれは生きていくうえでの普遍の法則だった。
しかし動物たちは希望を捨てようとはしなかった。それどころか一瞬たりとも動物農場の一員であるという誇りと名誉を失わなかった。彼らはいまだ、動物によって所有され、運営されている全国で(全イングランドで!)たった一つの農場だったのだ。もっとも若い者でも、数十マイル先の農場から売られてきた者でも、そのことに驚かない者は一頭たりともいなかった。銃声が轟くのを聞き、緑の旗が旗ざおの先ではためくのを見ると彼らの心臓は不滅の誇りで高鳴り、いつもジョーンズの追放や七つの戒律の成立、侵略者である人間が撃退された偉大な戦いなどの過去の英雄的な日々に話は向かうのだった。過去の夢は一つとして忘れ去られなかった。メージャーが予言した動物の共和国やイングランドの緑の大地から人間が消え去る日々はいまだに信じられていた。いつの日にかそれは実現する。すぐには実現しないだろう。現在生きている動物の生涯のうちには実現しないだろう。だがいつかは実現するのだ。「イングランドの獣たち」の曲がいつでもあちらこちらで口ずさまれていた。誰もそれを大声で歌うことはしなかったが農場の全ての動物がその歌を知っていた。生活が厳しく、希望が全ては叶わなくとも彼らは自分たちは他の動物たちとは違うと思っていた。たとえ彼らが飢えていてもそれは横暴な人間に搾取されているためではないのだ。たとえ過酷な労働であろうとも少なくとも自分たちのために働いているのだ。彼らの中に二本足で歩く者はいないのだ。他の者を「ご主人様」と呼ぶ者はいないのだ。全ての動物は平等なのだ。
初夏のある日、スクィーラーは羊たちに自分についてくるように命じ、農場のはずれの樺の若木が生い茂った空き地に連れて行った。スクィーラーの監督の下で羊たちはそこで一日中、葉っぱを食べながら過ごした。夕方になるとスクィーラーは農場の家屋に戻っていったが、暖かい季節であったので羊たちにはその場所に留まるように言った。結局、羊たちは一週間の間そこに留まることになり、その間他の動物たちが彼らを目にすることは全く無かった。スクィーラーは毎日の大部分を彼らと過ごしていた。彼が言うには羊たちに新しい歌を教えていて、そのためには邪魔されない環境が必要なのだった。
それは羊たちが戻ってきたすぐ後のことだった。平穏な夕暮れに動物たちは仕事を終え、農場の建物に戻っていくところだった。庭から恐ろしい馬のいななき声が起きた。驚いて動物たちは足を止めた。それはクローバーの声だった。彼女が再びいななき、動物たちは皆で庭に駆けていった。そこで彼らはクローバーの目にしたものを見た。
それは後ろ足で歩く豚の姿だった。
それはスクィーラーだった。少しぎこちなく、まるでその巨体をそんな風に支えるのには馴れていない、というようにしかし完璧にバランスをとって彼は庭を横切っていった。少し遅れて家屋のドアから豚の長い列が現れた。彼らは皆、後ろ足で歩いていた。ある者は他のものより巧く歩き、一、二頭は少し不安定で杖の助けが必要そうに見えたが、皆、ちゃんと庭を歩いていった。最後に犬たちの盛大な吼え声と黒い雄鶏のかん高い鳴き声が聞こえ、ナポレオンが姿を現した。堂々と直立し、尊大な目つきで左右に視線を走らせる。彼の周りを犬たちが跳ね回っていた。
彼は手に鞭を携えていた。
その場は死んだように静まり返った。驚きと恐怖に襲われ、動物たちは群れになって庭の周りを行進する豚たちの長い隊列を見守った。まるで世界がひっくり返ったようだった。最初の衝撃が去ると犬たちに対する恐怖や長年のうちに培われた何が起きても決して不平や批判を口にしない習慣にも関わらず彼らは抗議の言葉を口にしだした。しかしその瞬間、まるで合図したかのように全ての羊たちが大きな鳴き声をあげ始めた。
「四本足は善い、二本足はもっと善い!四本足は善い、二本足はもっと善い!四本足は善い、二本足はもっと善い!」
その鳴き声は五分間も続いた。そして羊たちが静まったときには抗議する機会は完全に失われており、豚たちは隊列を組んで家屋に戻っていった。
ベンジャミンは肩に誰かの鼻先が押し付けられるのを感じで辺りを見回した。クローバーだった。彼女の老いた目は今までよりもさらに力なく見えた。何も言わずに彼女は彼のたてがみをそっと引っ張り、彼を七つの戒律が書かれている大納屋の突き当たりに連れて行った。二、三分の間、彼らは白い文字が書かれた壁を見つめて立っていた。
「私の目は悪くなっているわ」と彼女がしゃべりだした。「若い頃だってあそこに何が書かれているかわからなかったけれど、私にはなにか壁の様子が違って見えるの。七つの戒律は前と同じかしら、ベンジャミン?」
今回に限ってベンジャミンは自分に課したルールを破ることにして壁に書かれていることを彼女に読んで聞かせてやった。そこには何も書かれていなかった。一つの戒律を除いては。そこにはこう書かれていた。
全ての動物は平等である。
ただし一部の動物はより平等である。
そういったことがあったので次の日、農場の仕事の監督をする豚たちが皆、手に鞭を持っているのを見ても誰も驚かなかった。豚たちが電話を設置するために無線電信機を買い、「ジョン・ブル[1]」や「ティット・ビッツ[2]」、「デイリーミラー[3]」を購読し始めたことを知っても誰も驚かなかった。ナポレオンが口にパイプを咥えて農場の家屋の庭園を散歩しているの見ても、いや、豚たちがジョーンズ氏の服をタンスから持ち出して着るようになり、ナポレオンが黒いコートを着てねずみ取り屋のズボンと皮のレギンスを履いて姿を現し、その隣には彼のお気に入りの雌豚がかつてはジョーンズ夫人が日曜日になると着ていた波模様のついた絹のドレスを着て立っているのを見てさえ誰も驚かなかった。
一週間後の午後、たくさんの一頭立ての二輪馬車が農場にやってきた。近隣の農場の代表が視察のために招かれたのだ。彼らは農場中を見て回り、目にするもの全てに大きな賞賛の声をあげた。特に風車はそうだった。動物たちはかぶ畑の草取りをしているところだった。彼らは地面から顔を上げることもできないほど勤勉に働いていて、豚たちと人間の訪問者とどちらを恐れればいいのかもわからなかった。
その晩、大きな笑い声と大きな歌声が農場の家屋から聞こえてきた。突然聞こえてきた動物と人間の入り交じった話し声に動物は好奇心に襲われた。あそこで何が起きているのだろう。まさか動物と人間が対等の立場での初めての会合が開かれているのだろうか?皆は一緒になってできるだけ静かに農場の家屋の庭園に忍び込んだ。
動物たちは門をくぐるとおっかなびっくりクローバーを先頭に進んでいった。家屋まで爪先立ちで歩いて行くと背が届く動物は台所の窓から中を覗き込んだ。そこでは長いテーブルの周りの半分に十二人の農場主が、もう半分には十二頭の地位の高い豚が座っており、テーブルの先頭の主人の席にはナポレオンが座っていた。豚たちは自分の席で完全にくつろいでるように見えた。彼らはカードゲームに興じていたようだったが今は乾杯のための小休止をしていた。大きな酒ビンが回され、空いたジョッキにビールが注がれていった。誰も窓からのぞいた動物たちの驚いている顔には気がつかなかった。
フォックスウッドのピルキントン氏がジョッキを片手に立ち上がり、ここにいる皆で乾杯をしよう、と言った。しかしその前に何か話しをすべきだと感じて彼は話しを始めた。
長い間の不信と誤解が今、終わりを告げたことを思うと私やここにいる他の全ての者は非常にうれしく感じます、と彼は言った。長い間、動物農場のこの尊敬すべき経営者たちは近隣の人間から疑念(彼は敵意とは言わなかった)の目で見られていました。もちろん私やここにいる仲間たちはそんなことはしていませんがね。不幸な事件が起き、誤った考えも広まっていました。豚によって所有され経営されている農場の存在はなんとも異常に思われましたし、近隣を動揺させたことは間違いありません。ちゃんと調べることもせず多くの農場主はそんな農場では無法と無規律が横行しているだろうと考えました。彼らは自分たちの動物への影響、いやそれだけではなく自分たちの雇い人に対する影響さえ心配していたのです。しかし今やそんな疑いは全て晴れました。本日、私と私の友人が動物農場を訪ね、その隅々まで自分の目で調べて目にしたものは何でしょうか?その最新の技術、規律と秩序は全ての農場主が手本とすべきものです。私は自信を持って言うことができますが動物農場の下層動物たちはこの国のどの動物よりも少ない食べ物でどの動物よりもよく働いています。間違いなく本日、私と私の同行者たちは自分たちの農場でもすぐに取り入れたい多くのことを目にしました。
動物農場とその近隣との友好関係の継続を再び強調して彼は締めくくりにこう言った。豚と人間の間には利益上の衝突は何もありませんし、またその必要もありません。我々の努力すべきことと立ち向かうべき難問は一つです。労働問題、それはどこでも同じではないでしょうか?ここでピルキントン氏は慎重に用意してきたしゃれを同席者に言うつもりだったが、そのおかしさのあまり自分で笑い出してしまって言葉を言えなくなってしまった。笑い声でのどを詰まらせ、顔を真っ青にしながらも彼なんとかこう言った「あなた方に戦うべき下層動物がいるとしたら、私たちには下層階級がいる!」。この機知に富んだ言葉にテーブルは大いに沸きたった。ピルキントン氏は彼が動物農場で見た少ない配給、長時間労働、低福祉に対してもう一度、豚たちに賛辞を述べた。
最後に彼は同席者にジョッキを満たして掲げるよう頼んだ。「紳士諸君」ピルキントン氏は締めくくりに言った。「紳士諸君。動物農場の繁栄に乾杯!」
歓声が挙がり、足が踏み鳴らされた。ナポレオンはたいそう満足げで、ジョッキを空ける前にピルキントン氏と乾杯をするために自分の席を立ち、テーブルを回っていった。ナポレオンは自分も語ることがあると言いいたげに立ったまま歓声が静まるのを待った。
これまでのナポレオンの演説と同様、彼の話は短く、要点が絞られていた。私も長い間の誤解が解けてうれしい、と彼は言った。長い間、私や私の同僚たちは何か破壊的で革命的な思想をもっていると噂されていた・・・私は悪質な敵がこれを流したのだと考えている。我々は近隣の農場の動物たちに対して革命を扇動しようとしていると信じられてきた。これほど真実からほど遠いものはない!我々の願いは過去も現在も一つだけで、それは平和に暮らし、隣人たちと普通の取引関係を結ぶことなのだ。私が管理する栄誉を預かるこの農場は協同組合企業なのだ、と彼は付け加えた。彼が管理するその不動産権利は豚たちが共同で所有しているものなのだ。
私は過去の疑惑が完全に晴れたと信じている。しかし我々に対する信頼をよりいっそう促進するために近々、農場の活動にいくつか変更を加えるつもりである、と彼は言った。これまでこの農場の動物たちは他の者を「同志」と呼ぶ非常に馬鹿げた習慣を持っていた。これを禁止するつもりである。またその由来は良くわからないが庭にある柱に釘で打ち付けられた雄豚の頭蓋骨の前で毎週、日曜日に行進をおこなうという非常に奇妙な習慣もある。これも禁止しするし、その頭蓋骨はすでに埋めてしまった。また来訪者の皆さんは旗ざおの先に緑の旗が掲げられているのを目にしたかもしれない。もし目にしていたらかつてそこに描かれていた白い蹄と角が無くなっていることに気づいただろう。これからはただの緑の旗になるのだ。
ピルキントン氏の友好的で素晴らしい演説に一つだけ反論がある、と彼は言った。ピルキントン氏は「動物農場」という名前を使った。これはここで初めて発表されることなので、もちろん彼は知らなかっただろうが「動物農場」という名前は廃止されるのだ。いまこの瞬間からこの農場の名前は「マナー牧場」になる。これこそが由緒正しい名前であると私は信じている。
「紳士諸君」。ナポレオンは最後に言った。「先ほどのように乾杯しよう。ただし少し違うやりかたでだ。グラスを満たしてくれ。紳士諸君、マナー牧場に乾杯!」
先ほどと同じようににぎやかな歓声が起き、ジョッキが空けられていった。しかし外の動物たちがその光景を覗き込んでいると、奇妙な変化が起きているように見えた。豚たちの顔が何か変化していないだろうか?クローバーは老いてかすんだ目を顔から顔へと移していった。ある顔は五重に見え、ある顔は四重、あるいは三重に見えた。しかし何か溶け出して変化しているようではないだろうか?ちょうどその時、歓声がやんで列席者がカードを取り上げて中断していたゲームを再開したので動物たちは静かに立ち去ろうとした。
しかし二十ヤードも進まずに彼らは立ち止まった。農場の家屋から叫び声が聞こえてきたのだ。彼らは駆け戻って再び窓を覗き込んだ。そこでは猛烈な口論の真っ最中だった。叫び声、テーブルを叩く音、疑いのまなざし、猛烈な罵声。騒動の原因はナポレオンとピルキントン氏が同時にスペードのエースを出したことのようだった。
十二の声が怒りで鳴り響き、それはどれも同じように聞こえた。今度は豚たちの顔に起きた変化は明らかだった。その動物の外見は豚から人へ、人から豚へ、そして再び豚から人へと変わっていった。もうどちらがどちらか区別することはできなかった。
おわり
^ジョン・ブル(John Bull):イギリスの週刊誌。
^ティット・ビッツ(Tit-Bits):イギリスの週刊誌。
^デイリーミラー(The Daily Mirror):イギリスの日刊タブロイド誌
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